shirajira
2024-02-17 21:05:44
4291文字
Public
 

全部溶けちゃえばいいのに

2024.2.17ビマヨダワンドロにて。お題「バレンタイン」マスターからのチョコをイチャイチャに使ってるのでご注意ください

 お前との食事は、つらい。
 そうビーマから言われたのは、カルデアに英霊として召喚されるという形で再会し、紆余曲折あって交際を始めて半月ほど経った頃のことである。
 ビーマが作ってきた料理をドゥリーヨダナの部屋に持ち込んで、それをうまうまとドゥリーヨダナが食べていた時のことだ。大食いで知られている男が、見ているばかりで食べないでいるから、ドゥリーヨダナは言ったのだ。お前は食べないのか? と。
「それは、お前のために作ってきたもんだからな。俺が食う必要はねえ」
「ほーん……殊勝な態度、褒めてやろう。だがなあ、わし様一人に寂しい食事をさせるな。ほれ、わし様が食わせてやろう、あーん」
 特に深く考えてのことではなかった。ドゥリーヨダナが摘まんだ食事を近づければ、ビーマはぎこちなく屈んで、口を開けた。だが。
「っ、悪い」
 ドゥリーヨダナがビーマの口に食事を放り込む前に、ビーマが手で口を抑えた。その顔が真っ青で、おまけにわずかに指先が震えているのを見れば、さすがにドゥリーヨダナも異変に気付く。どうしたのだと尋ねると、ビーマはどこか拙い口調で、言った。
……お前との食事は、つらい。どうしても、あの時のことを――お前に、毒を盛られた時のことを思い出しちまって。毒は効かねえって、お前もこの期に及んで俺に毒なんて盛りやしねえって、わかっちゃいるんだが」
 ビーマの言葉に、ドゥリーヨダナはただ驚愕した。それは英雄ビーマがそのような傷を抱えていることに対する驚愕であったし、傷の原因が自分であることに対する驚愕であった。ついでに、そんな傷を抱えてなお、この仮初めの生でドゥリーヨダナを求めたビーマに対する驚愕でもあった。
 付き合い始めてすぐに、ドゥリーヨダナはアルジュナに殺気を孕んだ瞳で睨まれたことがある。
「兄ちゃんが選んだことですから、私は文句を言いません。だが、もし貴様がまた兄ちゃんを傷つけるようなことがあれば――その時は貴様を殺す」
 言われた時は、逆だろうと思ったものだ。ビーマがドゥリーヨダナを傷つけることはあっても、逆はない。生前を省みればすぐわかる。そう思っていたけれど。
 あのビーマが。ドゥリーヨダナにとってはただビーマがパワーアップした苦い思い出でしかなかったことで傷ついているとは、思ってもみなかった。
 ざまあみろ、というような歓喜は特に湧いてこなかった。かといって、申し訳ない、というような悔恨もない。ただただ驚愕と困惑、それから居心地の悪さだけがあり、ドゥリーヨダナは辛うじて「何か、わし様にしてほしいことはあるか?」と尋ねたが、ビーマは首を横に振るだけだった。
 それからもビーマはドゥリーヨダナに何度も料理を振る舞ったが、共に食事を楽しむことはなかった。ビーマはドゥリーヨダナが食事をするのを幸せそうに見ていたから、もうそういうものなのだとドゥリーヨダナは思うことにした。
 寂しいと、物足りないと、そう言う資格は自分にないことくらいはわかっていた。


 バレンタインというものは、好きな人に気持ちを伝えたり、お世話になっている人に感謝の気持ちを伝えたりする意味で、贈り物をする行事なのだと言う。特にカップルの間では愛の贈り物をし合う。マスターの故郷ではもっぱらチョコレートを贈り合うそうだ。
 そういう知識はあったが、あるだけだった。ドゥリーヨダナの現在の恋人はビーマだったが、共に食事をするだけで駄目なのだ、ドゥリーヨダナから食べ物を贈るだなんて、もっと駄目であろうことは考えなくともわかった。
「ほらよ。バレンタインのチョコ」
 夜半にドゥリーヨダナの部屋に訪れたビーマは、そう言ってラッピングされた袋をいくつも取り出した。こっちはガトーショコラ。こっちはフォンダンショコラ。これはブラウニーで、それからこれがトリュフ、生チョコ。あとはドライフルーツのチョコがけに、チョコレートバー。
「随分あるな」
「ちょうどバレンタイン用の料理教室があちこちで開かれててな。面白そうだったから全部参加したんだ。どれもそれなりにうまくできたと思うが……チョコは嫌いか?」
「いや。甘くてうまいやつだろ。好きだ」
「そいつはよかった」
 ドゥリーヨダナがチョコ菓子たちを受け取ると、ビーマは嬉しそうに目を細めた。ラッピングの青いリボンを指先で弄りながら、ドゥリーヨダナは考える。
「バレンタインのプレゼントには、お返しをするのが礼儀だったな」
 とは言え、ドゥリーヨダナからビーマへのチョコの用意はない。むしろこの場合、ない方が正解なのである。
 礼の品に苦しめる物を与えるのは、本意ではない。
「で、だ。ビーマよ、何が欲しい? 何を望む? わし様が叶えてやろうではないか」
 ドゥリーヨダナがビーマの顔を覗き込むと、ビーマはやけにゆったりとした口調で、「……そう言うと思ったぜ」と言った。それから後ろ手に、何かを取り出す。箱のように見えた。青い箱に銀のリボンがかかっている。差し出されたそれを、受け取る。
「開けてみてくれ」
 言われるがままに開けると、中にはチョコレートが入っていた。一口サイズのそれは八個。どれも形と色が違って、なかなか凝った見た目をしている。
 ドゥリーヨダナはその、舌だけでなく目も楽しませるチョコに、見覚えがあった。
「マスターが作ったものではないか」
 同じものを、ドゥリーヨダナももらった。ただし箱は赤い色で、リボンも金色であったが。チョコの意匠も違うものがいくつかあるようだった。
「それを、な」
 ビーマの手に顎を掬われて、ドゥリーヨダナは強制的にビーマの方を向かされた。唇を親指でそっとなぞられる。
「俺に、食わせてくれ。お前の口から」


 口の中でチョコを溶かす。オーソドックスなミルクチョコは、シンプルだが飽きの来ない、質のいい味がした。
 口に広がる甘味を反射で飲み込んでしまわないように苦労しながら、ドゥリーヨダナは膝立ちになって、口を開けてこちらを見上げているビーマに、口付けをする。
 少しずつ流し込むように溶かしたチョコを送りこんでやれば、ビーマはうっとりと目を蕩かせた。片手を喉にあててやると、ごくごくと嚥下のために動いているのが伝わってくる。
 やがて舌が伸びてきて、ドゥリーヨダナの口の中をまさぐる。性感を高めるものではなく、あくまでチョコの味を求めて動くそれに、まるで躾のなっていない犬に顔を舐め回されているみたいだと、ドゥリーヨダナは思う。
「ん、ぷはっ。待て、もうチョコの味はせんだろう」
 散々舐め回されて無理やり口を引き離せば、ビーマは物足りなさそうな顔をして、「じゃあ次だな」と言った。褐色の指が箱からチョコを掴もうとするのを、制止する。
「待てと言っておるだろうが。少し休ませろ。口が疲れた」
 普段しないことというのは、強い疲労を感じさせるものである。キスなら何度もしているし、閨で水の口移しくらいはやったことがあるが、ドゥリーヨダナはいつも口移しされる方でする方ではなかったし、チョコとは言え固形物の口移しなんて初めてやった。
 まず口の中でチョコを溶かすところから気を遣う。早く早くと急かすような目で見られて、チョコを味わうどころではない。そもそもこれはマスターからビーマに与えられたもので、本来ドゥリーヨダナが楽しむものでもなかった。
 雛鳥のように口を開けてドゥリーヨダナからの給仕を待つビーマは、まあ、多少は可愛らしくはあったが、遠慮なくじゅうじゅう吸われて、口の中をべろべろ舐め回されるのは、なかなか体力気力を使う。
 しかしまあ、口移しとは。ドゥリーヨダナはぼんやりと、次のチョコを選んでいるらしいビーマの旋毛を見下ろした。
 なるほど、確かにドゥリーヨダナが自ら口に入れた後のものなら、毒が入っている恐れはないだろう。安心ではある。
 そこまで自分は疑われているのかと思うと、怒りや悲しみなんかよりも、呆れの感情の方が強いし、それで口移ししてもらおうという発想が出るビーマには、呆れ以外の感情がなかった。
 よって今、ドゥリーヨダナはとてつもなく呆れている。呆れてはいるが、ビーマの望みを叶えてやる気ではいる。
 今さら過去のことを詫びる気はないし、やり直すことはできない。変えられるのはこれからのことだけだ。後悔するだけ無駄なのだから、どうこう言ったって意味のないことだ。
 何が因果でこうなったのやら、かつての宿敵が今や情人である。優しくしてやることは難しくとも、ちっぽけな願いくらいは叶えてやりたい。痛む傷を抱えながらもドゥリーヨダナに手を伸ばした男に、そのくらいは報いてやってもいいだろう。
 ぼんやりしていたら、ふにりと唇に何かが触れた。見ればビーマが、ドゥリーヨダナの唇にチョコを押し付けている。
「なあ、もうそろそろ、休憩は終わりでいいだろ」
 仕方ない。ドゥリーヨダナは大人しく口を開けた。ちょっとした意趣返しで、チョコを口内に招き入れると共に、ビーマの指を甘噛みし、ぺろりと舐めてやる。ごくり、とビーマの喉が動くのを見て、ヴリコーダラめと内心笑った。
 チョコは八個ある。その全てを今日中に食べ終わることはないだろう。どうせそのうち、他の物を味わいたくなるに決まってるのだ、この男は。
 思いながら、また口の中で溶かしたチョコを、口移しで与える。この上なく幸せそうに目を細めた表情が、幼い頃に手づから食事をさせてやった時の顔とダブった。
 お前、もしかしてあの頃から、わし様のこと。
 呆然としていると、ちゅう、と口の中を吸っていた唇が、離れていく。つ、と唾液が橋を作った。ビーマが笑う。
「はあ、おいしいなあ、ドゥリーヨダナ」
……マスターに、言ってやれ」
「当然、マスターには後日きちんと礼をするぜ。でも俺は、お前とこれおいしいなって、そういう話をしたかったんだ」
 そんなの、自分だって。言う権利はないことはわかっていた。なので、ドゥリーヨダナはこの時間をただ、楽しむことにした。
……そうか。で、もういいのか? まだ口の中にチョコの味が残っている気がするのだが」
 わざとらしく口を開け、ちろりと舌出せば、喜色を浮かべた顔が近づき、ちゅう、と舌に吸い付いてくる。
 口の中を舐め回されながら、ドゥリーヨダナはそっとビーマの頭を撫でた。今だけは、過去のわだかまりも互いの傷も、溶けてなくなってしまえばいいのにと思いながら。