寺の裏だった。
大学の最寄りの駅への帰り道、近道の、山の、舗装されてない、獣道に平らな石を段々に積んだような路だ。その山の途中に寺があり、その路は、その寺の裏を通る。
裏の裏は、小さいが同時に、墓地の裏でもあった。
この日は午後に講義一つでまだ昼間の空気で石段を上がっていくと人が立っていた。
墓地のいくつかの墓の周りには塀もなく、山の斜辺にただ数個の墓が剥き出しで並んで、山の雑木林のなかで墓石は少し浮いて変な話、場違いに見えた。卒塔婆が刺さっている先にボロボロと何か引っかかって、風もないのに山からの振動か、微かに震えている。
石段の中腹で、腕組みをして墓地を見つめて立っている青年は、同じ大学の、知っている顔だったが、なんという名前だったか思い出せなかった。
なんだか、喧嘩の仲裁に入らないで、黙って殴り合いを冷たく眺めているような横顔だった。
昇る足は止めずに、見上げていたら、彼は視界で動く物に気づいたように、こちらを向いた。
「
……やあ」
低い声で、むこうも、こっちの顔を知っているようだったが名前までは出てこないらしかった。
腕組みを解いて、両腕をぶらりと前に伸ばして下ろした。綺麗な薄い紫色のシャツの袖をまくった、腕がだらりと垂れる。
あと数段、という位置でとまる。近い距離で、彼は細い毛をひとつにまとめていて、後れ毛がゆったり耳にかかっている。
ここで彼を追い抜いていくか、彼が石段を昇っていくのをちょっと待つか、迷った。
そして彼が数段上からこちらを、昇ってくるのを待っているみたいな表情で見下ろしているのを見て、昇っていった。
「墓というのは嫌なものだね。骨が入った壺をおさめるというのが
……誰が考えたのやら
……」
林のあいだ、狭い路の石段を昇りながら、ひそひそと、まるで墓から誰かが聞いているのを用心しているみたいに、彼は小声でしゃべった。
「ラムネ、食べる?」
あらためて大学の学科について話して、上がりの石段から獣道をならしたような下り坂の道になるところで急に彼が言った。
カバンの外ポケットから駄菓子のパッケージを出してくる。
蓋をぱちと開け、手のひらに数粒、ラムネ菓子が落ちる。こちらの手にも数粒、落とす。
「さっき、食べようとしたら横に墓地があって
……食べるのを忘れていた」
彼が手のひらを押しつけるように口に放りこむ。それを見て、口に入れる。硬い粒を噛み砕いた。ラムネの味がする。
山を下りて、最寄りの駅への通りの商店街を歩く。
なんとなく、商店街の賑わいにほっとした。
ここまで、隣の彼を、この世の者ではないのではと少しだけ思っていたから。
がやがやと人が多い商店街で、居酒屋チェーンを指して「あそこ、入ったことある?」と訊く彼に、ほっとした。
床屋チェーンの前を通り過ぎるときに彼はクルクル回るサインポールに目を向けて、ほんの少し顔をくしゃとしかめて、視線をそらした。
「あれ、目が回るのに、見てしまう」
ぼやくように言った。
スーパーのスピーカーのメロディに耳をすます顔をして、商店街から交差点に差し掛かる歩道で、彼はそばの花屋を見て、つぶやいた。
「骨を連想して食べたくなかったんだ。ラムネを」
また顔をくしゃとしかめて、肩をすくめた。
明日また、とでも言うように、駅で別れた。
わりと道すがら話をしたのに、互いに名前だけ訊かなかったと電車に乗ったあとで気づいた。
それから、またなんとなく、少しだけ怖くなり、翌日おそるおそる大学へ行ったら、学食のホールで食券を買う列に彼の姿を見つけて、ほっとした。
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