古書の貸本屋兼深夜喫茶を営んでいる俺は、自分の趣味で椅子、ソファ、棚を選んでいる。
ビジネス街の雑居ビルの並びのあいだでそこだけぽつんと小さく背の低い、元はうどん屋だった建屋を、ほぼ居抜き状態で始めたのが、少しずつ店内を自分の好みのイメージになるよう変えて、家具を揃えていった。
営業開始から今年で、四年目になる。
経営状況は、貸本業と喫茶を合わせて、うれしいことにまだまだじゅうぶんに続けられるくらいのもので、やりたい展示企画案もいくつかあり、手配を始めている。
常連と呼べる客もいる。でも、何時間も長居していく客はそれほど多くない。そして長居していく客でも大概、せいぜい二時間程度だ。
しかし、四時間以上居る客が一人いる。しかも週三の頻度で。
当初は、ここを仮眠室と勘違いしているんじゃないかと少し思ったが、そいつはいつも過労のビジネスマンにはひとつも見えない風体でやって来て、奥の小上がりの席で、おもに居眠りをしながら、たまに起きて本を読む、という行動でその日の営業終了時刻までいる。
四時間以上という、そこまで長居したら料金だって安くはない。
そう、初めて来たときから、そいつは金払いは悪くない。毎回、飲み物も注文するし、席の固定ができるプレミアム会員にはすぐなるし、『ご好意で』と書いてある「本を買うカンパ箱」にも帰り際に、豪儀に札を置いていく。
今時そんな奴がいるのかわからないが、家が地主とか、金持ちの息子で働かなくてもいい、金が余っているほどの生活をしているのかもしれない。
だけども、そうも見えない風体だ。おそらくカタギではない、とは言えないが、カタギと断言もできない。
今夜も来ている。
半分サンダルのような靴を脱いで小上がりのローソファ席に寝て、しばらくして起き上がり、ポケットに手を突っこみ歩いて棚の間をうろつく。
二十代半ばくらいの、うなじが隠れるほどの明るい色の髪、小顔の、ニットを一枚だらっと着ている日も薄いふわふわとした生地のシャツ姿の日もある。ファッションにはあまり金持ちの道楽息子といったかんじはない。今夜は丸襟の派手なミントカラーのシャツにカーディガンを羽織っている。
営業終了時刻まで一時間を切って、店内に人がいなくなる。
ぐるっと店内を回ってきたそいつは
「前から思ってたけどさあ」
初めて来たときから、かなり馴れ馴れしい態度で絡んでくる。プレミアム会員というシステムもこの男が「このソファ、僕専用に予約させてくんない?」と言ってきたから、できたものだ。現在この男しかプレミアム会員はいない。
「この店、趣味良いから、来てんだけど、
……」
棚から壁へ、ゆっくりと視線を移し、そいつは言った。
店についての褒め言葉は何人もの常連客からいただいているが、なんとなく、この男に言われると、四年目にして、何かが実った気がした。
謎の喜びの気持ちが顔に出ないようにして「ありがとうございます」とカウンターの俺は返した。
そいつはよいしょ、とカウンター近くの椅子に腰かけて、番台の板に両腕をおいて頬杖をついて気怠そうに手のひらに顎をのせ、言った。
「メニューに、サイダー追加してよっていうより僕のプレミアムにサイダー、入れて」
俺は飲み物メニュー一覧に目をやってコーラがあるのは確認して、顔を上げた。
ここで即答はできない。
「
……わかりました。検討してみます」
言うと、男はちゃんちゃらおかしいとでもいうふうに笑う顔になり
「僕しかいないんだから
……用意しといてって言ってんの」
少し、むうと頬をふくらませるような顔をして声は低く凄んで、それからまた、気怠そうな表情にもどった。
ふらっと立ち上がり、「会計」と言った。
払い終えても、今夜はすぐに出ていかなかった。
何か考えているみたいにぼやっと天井に目線を向けるようなかんじでしばらく突っ立ち
「あと
……」と言い、「ホラー」と続けた。
「置いてよ」
かすかに笑ったあと、男はぼそっと、誰かの名前をつぶやいた。
ホラー作家の名前かと思って、俺は一度聞き返した。今度は、はっきりと男はその名前を言った。俺はメモをとる。
「よろしく」
最後に男はひとこと残し、店を出ていく。
とりあえず、サイダーか、と俺は仕入れについて調べようとして、どこのメーカーのサイダーが一番好みなのだろうと店の出入り口のガラス戸の向こう、深夜の静まった路地を見つめた。
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