燐々
2023-09-13 13:41:23
5303文字
Public 供養
 

DOLLHOUSE

若博士の顔がお綺麗だから、たぶん綺麗なお姉様に囲われてたんじゃないかと思ったので妄想を詰めてみました。
綺麗に着飾ってステータスにされたりはしてそう。だなと思います。

「フリード君」
甘ったるい声に呼ばれて振り返ればそこには、見慣れた赤い爪をした女が立っていた。
「今日はお時間あるかしら?」
「分かって声かけてるだろ」
「話が早くて助かるわ」
カツカツとヒールの音を綺麗に立てて距離を縮めてくる姿はモデルか女優かそういう存在に見える。
スっと首筋を爪でなぞって見上げてくる視線に、見下ろされているような気すらして思わず眉間に皺が寄る。
「少しは楽しそうにしなさい?綺麗な顔が台無しよ」
「よく言うぜ。俺の気持ちに興味なんか無いくせに」
微笑む女は決して否定しない。俺の顔にしか興味がなくて、飾り物としか思わないこの女との出会いは今より少し前に遡る。
 

あれだけルッカ先生に夢を語って入ったはずの研究室には仕事という枷がキツく絡まっていた。
自由に研究が出来ない。
愛したポケモン達は、この場所ではただのデータでしかない。
やっている事自体は夢の延長線なのに、現実で出来る事との間に酷い乖離がある。それが気持ち悪くて、精神は日々すり減っていた。

明日は何を見るんだったっけな……この資料を提出して………
一人で暮らす部屋に帰る道中もひたすらに仕事の事を考えていた。
ポケモンの事じゃない仕事の事を考えていた。
その事に一度でも気がつくと吐き気がしてきて、誰もいない道端にしゃがみ込んだ。スピードを重視してロクな固形物を摂っていない体では吐ける訳もなく、気分が悪いだけで、歩みが進まないだけ。
……最悪だ」
「あら、何が?」
呟いた独り言に返事が返ってきた。ぎょっとして振り返ると見た事もない女性が立っている。
この深夜に近い時間に声を掛けて来る様な奴は男でも女でも信用できない。かといって、立ち上がる事もできずに無言で睨みつけるしか出来ない。
「不躾ね」
口元に手を寄せ、眉を顰めた女性は顔をじっと眺めた。
「ねえ、貴方お暇かしら?」
「は?」
今の俺の何処を見てそんな事を聞くのか理解できない。
「貴方の時間を買わせてくださる?」
「何言って
「そこの会社の方は知り合いだから、明日の事は気にしなくていわ」
首から外し忘れた社員証を赤い爪で指差して首を傾げる姿は、断られるなんて全く思っていない。ただ呆気に取られていると肯定にでも取られたのか、にこりと笑われる。
「そこで、そうしているよりはマシな時間を約束してあげる」
手を差し出すでもなく微笑むだけの不気味な女。
でも、疲労で焼き切れた頭では、ここでこうしているよりマシか。と確かに思ってしまって……誘いを断らなかった。
 
重い体を引き摺って着いて行った車の中には、運転手が待っていて尚更この女が何者か分からない。
何処かへ向かう車中でも俺の名前を聞いただけで、それ以上は話す事もしない。辿り着いた立派な屋敷に連れて行かれた頃には、深く考えることをやめてよく分からない金持ちの道楽で拾われたと開き直っていた。
「今日は遅いから客間を使って。お遊びは明日にしましょう」
「俺に何をさせるつもりだ?」
俺の問いかけに女は頭の先から爪先までを順番に指で指した。
「お人形遊びよ」
それだけ告げて、カツカツとヒールの音が遠ざかって行く。全く理解できない言葉への溜息と、放り込まれた風呂場の豪華さの落ち着かなさで、慣れない柔らかなベッドへ倒れた後は気を失うように眠った。
 

翌日は、さらに意味のわからない事の連続だった。
十分すぎる朝食は、ロクに固形物を摂っていなかった体にはキツかったし、無駄に広い様にしか見えない部屋一面のクローゼットには目が回るかと思った
「昨日から思っていたのだけれど、あのスーツはやめた方がいいわ。上下も適当なのかサイズも合っていないし、何よりもセンスが無い」
……
「素材の無駄遣いは嫌いなの」
バッサリとセンスのなさを指摘されると何も言い返せない。無言のまま、女に差し出されたスーツを着ると誂えた様にピッタリだった。袖から少し覗くシャツにも遊び心があるのか鏡に映った自分は洒落て見える。
「うん、思ってた通りね」
女は満足だと頷きながら後ろの服の山を指差した。
 
次はこれ。その次はそれ。
 
ひたすらに、指示されたものを着るだけ。
それが、この女の人形遊びだった。
俺を着せ替え人形にする為だけに金を払う神経が理解できない。

「こんな事の何が楽しいんだ
「綺麗な物は綺麗にしておくべきよ」
「意味が分からない」
「理解しろなんて言わないわ」
女が満足するまで一通り着せ替え人形にされて、言われていた額を受け取りながらの問答は平行線で終わる。
「またよろしくね」
よろしくはしたくない。なんとか口には出さずに溜息を吐いた。

これがこの女との出会い。
 
それから何度か呼ばれるまま人形遊びに付き合ったが、分かった事はただ一つ。コイツは俺個人に興味が全く無い。ひたすらに俺の顔と体格だけを買っている。

それは、女を理解出来ないままに慣れだけ進んだある日の事だった。
「夜の相手でもさせられるのかと思ってたんだがな」
着替えの間の暇つぶしの俺の言葉を女は鼻で嘲笑った。
「貴方みたいな熱の無い人間、頼まれたってお断りだわ」
熱が無い。鋭角に心を抉られたような気がして、着せられていた服の袖を弄った。
「お前は熱も無い、抜け殻の人形だ」そう言われたような気がしてならなかった。
 
やりたかった事から遠ざかって、人に言われるまま仕事をする。それは、自分の意思も無く動かされる人形と何が違う?
何が俺の手に残ってるって言うんだ。
夢は?夢を語り合った仲間は?夢を追っていた日々のあの熱は?
「なんにも残ってねぇな」
なーんにもねぇ空っぽの抜け殻になってしまったんだ、俺は。
どうしようも無い虚無感に襲われて、お綺麗に飾られた自分を抱き締めながら蹲った。
 
飾り立てられただけの人形に何が出来るって言うんだ。

突き付けられた絶望感にギリギリ保っていた境界線が限界を迎えた。
この日を境に俺は仕事場に行けなくなった。引継ぎだけは何とか済ませて、デスクに置いてあった物は全て捨ててもらった。
次に人形遊びに付き合えば心が壊れる気がしたから、女の連絡先も消して二度と会わなかった。


「リコはなんでも似合うな」
「そ、そうかな!」
モリーとオリオがリコの事を着飾ろうとするのは、妹分を可愛がりたいからだろう。ミーティングルームに衝立まで用意して開かれているファッションショーを、順調な航路のせいで暇を持て余した俺も眺めていた。
白のワンピースから、彼女にはまだ早そうなフォーマルなパンツスーツまで。なんだかんだと着せられては、リコが周りに見せる様にくるくる回っている。
「フリードも、きっとなんでも似合うよね。だって、かっこいい、し」
「んーそうでもないぞ」
頬を染めながら言われた「かっこいい」という言葉は聞かないフリをした。彼女に好意を持たれている事は知っている。そして、俺も彼女の事が特別大事だと気付いている。
けれど、応えたくても応えられない想いの壁は年齢差を考えると、容易には越えられない。
頬杖をついたまま、次々変わっていく服を見ていると一昔前の出来事を思い出して軽い頭痛に襲われる。
眺めていたい気持ちに蓋をして目をしばらく閉じていると、ひたりと額に手を当てられてびくりと肩が跳ねた。
「あ、ごめんね。体調良くないのかと思っちゃった」
見慣れたいつもの青い服のリコが随分近くで俺を心配そうに見ていた。
「なんでもない。着せ替えごっこは、もう終わったのか?」
「うん。結構楽しかったよ」
「良かったな」
緩んだ表情をするリコの前髪あたりを無意識のうちに指先で軽く撫でた。ふわりと赤くなる彼女の頬に「また、やってしまった」と反省するのは何度目なのか
「フリード」
「ん?」
名前を呼ばれた割に話がその後続かなくて、首を傾げる。白い肌を首まで赤くしたリコは、ぱくぱくと何か言いたそうに口を動かしていた。
「良ければ、なんだけど今度の街で買い物に一緒に行きたくて」
……
「無理ならいいんだよ!モリーとかにお願いするから」
必死な姿につい笑みが浮かぶ。この姿を見てしまうとどうしても、辛くは当たれない自分の情けなさに呆れながらリコの誘いを受け入れた。
「服のセンスは無いらしいから当てにしないでくれよ」
「えっ、誰に言われたの?」
「昔の知り合いだ」
そう、友人でも何でもない昔の知り合い。それ以上の言葉が当てはまらない赤色を記憶の隅に押しやりながら次の街へ思いを馳せた。
 

そのはずなのに
「どうして、アンタがここにいる!」
「あら」
リコと降り立った目的地で、少し彼女から目を離した隙に、遠い過去に置いてきたはずの赤い爪がリコに迫っていた。慌ててその手を払いながら二人の間に割込めば、記憶の中と寸分変わらない顔が首を傾げた。
「随分久しぶりの顔ね。お元気そうでなによりよ」
形式的な挨拶も程々に女は俺が背中に庇ったリコを覗き込んだ。
「ねぇ、お嬢さん。貴女の時間を私に買わせてくださらない?」
「えっ?」
「却下だ!許すわけないだろ」
腕を組んで俺を見上げた女は変わらない爪を俺へ向けた。
「フリード君、貴方に聞いてないんだけど。私は、そのお嬢さんと遊びたいの」
「この子は俺の大切な人だ。アンタの遊びに付き合わせる気はない」
……あらそう」
赤の爪は下ろされて、代わりにヒールの音を響かせながら女は俺に数歩近づいた。
「お人形さんはやめたの?」
「お陰様でな」
「貴方もその子も纏めて買ってあげるわよ?」
「遠慮させてもらう。俺も彼女も人間だからな」
熱が無い空っぽの俺とはもう違う。リコもこれから先、輝く夢が詰まった熱の塊のような少女だ。
着せ替え人形になんてさせられない。
「随分人らしくなったのね」
ふぅ、と溜息を吐いて女は引き下がった。
「お嬢さん、そんな顔をしないで大丈夫よ」
女に言われて、初めて後ろのリコを振り返ると、彼女はギュッと俺のジャケットの裾を握り、不安そうに眉を下げていた。
「さようなら、フリード君。熱が戻ってよかったわね」
ひらりと手を振り、女はヒールの音をさせながら姿を消した。二度と日の目を見ることは無いと思っていた遺産を突き付けられたような気分になって、どっと疲れに襲われる。

「あの人、フリードの彼女だった人?」
「違う」
「じゃあ、なんの人?」
「あーいや、それはだな」
純粋な子供に説明出来る関係だったかと言えば難しい。身体的な接触は無かったが、金銭は貰っていた訳だし健全な知り合いではなかった。
「綺麗な人だったなぁ」
「リコ
「フリードとお似合いだったんだろうね!」
掴んでいたジャケットは離されて、彼女は後ろ手を組みながら笑っていた。無理をしているとすぐ分かる顔で笑っている。

それは無視できる事じゃない。見ないフリをしていい事じゃない。
 
「俺は、空っぽだった。そんな俺を拾ったのがあの人で、言われるまま着せ替え人形をしてたんだ」
あの女との日々はトラウマではない。ただ彼女に知られたくはない格好のつかない昔話だ。
「服を着て、着飾られて、金を貰う。君にはよく分からない関係だとは思うよ。でも、俺とあの人の関係はそういうものだったんだ」
話した後まともに彼女の青い目を見れなくて、そっと逸らしたまま俯いた。
信頼を寄せていた、好意を寄せていた大人の昔話がこんなロクでもないものだと理解したリコの視線が変わるんじゃないかと怖かった。
「だから、お人形?」
どくりと胸が嫌な音を立てて、頷きながら右手で口元を覆った。
こんなはずじゃなかったのにな。リコと出掛けて、彼女が選ぶ服を見て、何か甘い物でも食べて帰るつもりだった。それなのに、どうして
ぐるぐると頭を回る不平に目眩がしていた。
「今のあなたは空っぽじゃないよね」
ぽつりと落とされた言葉にハッとして顔を上げる。
「好きな物があって、仲間がいて、空が似合ってすっごく笑顔が素敵な人」
リコが緩く目を細めて微笑んでいた。
優しい言葉の一つ一つに昔の自分が救われる気がして、短く息を吐く。
「私、そんな今のフリードが好きだよ。もちろん、昔のあなたも知りたいけどたぶん、今は難しいから。またいつか教えてね」
……あぁ」
柔らかい手が俺の左手を掴む。彼女にそっと手を引かれて足を動かした。
「行こ」

リコと歩く道の途中で、一人の男を通り過ぎたような気がした。その草臥れた姿でしゃがみこむ男は確かに俺だった。
(お前ばかり……
睨み付けてきた金色から目を逸らした。
空っぽの人形はいつでも俺の傍にいる。一歩踏み間違えれば、またあの暗い日々に落ちると知っているから常にその恐怖を抱えながら歩くしかない。

それでも、リコという光を見失わなければきっと大丈夫だ。
だから、この手を離す口実を探す事はもうしない。