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いを
2024-02-14 22:32:22
2057文字
Public
刀神
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Happy Valentine!
定之さん【higasa_onink】
八雲さん【yasuinokikaku】
お借りしています。
冬の透ける音(菊司と定之さん)
今日は俗に言うバレンタインという日なのだが、いつものお礼と称して手のひらに簡単に収まるくらいの買い溜めしていたチョコや飴、クッキーを配り歩いていた。礼を言うにはちょうどいい日だ。由来などは知らんぷりをする。白衣のポケットに手を突っ込んで、菓子がもうなくなったのを確認した。適当に配り歩いたらもうこんな時間になってしまった。時計は終業を知らせている。息をついて、後頭部をすこし割れてしまった爪で掻いた。指先に触れる硬質な感触。ふと口もとをゆるめる。俺をこんなふうに浮き足立たせるなんて、きみくらいなものだよ。
「菊司さんっ」
廊下を控えめに歩く足音と同時に聞こえた声に振り返る。わずかに甘い匂いが漂った。包み紙を持って俺の名前を呼んだその子をみとめて、笑う。
「どうしたの、そんな緊張した顔して」
「そんな顔、してる?」
「うーん。ちょっぴり。ほんの、ちょっとだけ」
それくらいきみの顔を見ているのだなあと思うと、なんだか感慨深かった。
「菊司さんに、これ」
控えめな色の包みを受け取ると、「ああ」と頷く。
「ありがとう、定之くん。ココアのいい匂いがする」
そっと顔を近づけると、ほんのり甘い匂いがした。次に彼の顔を見ると、まだすこし緊張した表情をしていた。出そうか迷っていた片手を、定之の右肩に置く。
「俺のためにつくってくれたんでしょ?」
「うん」
「
……
うーん、フフ。ここが天照じゃなかったら思いっきり抱きしめちゃったんだけど」
残念ながらここ、仕事場だから。と、呟いて手を引いた。俺はいつだってきみを抱きしめたいし触れていたいと思うんだけども、今言ってしまったら加減が分からなくなる気がするから、やめておく。脳裏の片隅に、いつもブレーキとアクセルがあることを忘れてはならない。
彼はすこしくちびるを開いて、迷ったように視線を下げた。
「菊司さん、ありがとう。いつも」
「どういたしまして」
最近、この子は表情をほころばせることが多くなった、気がする。いい兆候だとも思う。
俺が、彼になにか与えられていたのなら嬉しい。
――
そして俺も、間違いなく彼から与えられていたのだ。
言葉にできない、大切なものを。
きれいな名前の石よりも(小夜子と八雲さん)
男の人がなにが好きかなんて分からないけれど、あの人が甘いものが好きだということは分かる。わたしが買ってきたのは有名な店のチョコレートだ。四角い形と丸い形をしたチョコレート。フレーバーはミルク、ダーク、ホワイト、キャラメル、プラリネ。5つの味が四角い箱に行儀良く収められている。それを小さな紙袋に入れて天照の中庭をぶらぶらと歩いている。だいたいあの人がいるとしたら、この中庭にあるベンチだ。けれども今は不在のようだった。まあ、あの人、モテるみたいだし。前に美人な顔だちの女の人と仲よさそうに歩いているところ見たし。ぐるぐるとまるで回遊魚のように歩く。風がむだに冷たい。木の枝には葉さえ見えない。もうじき梅が咲きそうだというのにこの木は、葉を実らすにはまだまだ先のようだ。その木のすこし上に、白い影が視界の端で見えた。
「主様はもう少しでこちらに来ますよ。なにやらそわついていたようですが」
ぎし、と枝がきしんだ音とともに声が降ってきた。わたしが顔をあげると、髪の毛が白い、軍服を着た刀神が枝に座っている。軍刀白映。軍刀天霧の弟、らしい。
「ああ
……
、そう」
「何なんですか今日は。あちこちで甘ったるい匂いをさせて。あなたの手からもしますね」
「いいでしょべつに」
「まあいいですが。僕には関係ありませんので」
白映は枝の上で器用に立ち上がって、「お伝えしましたので」とご丁寧に伝えてから、白い鴉になって空へ飛び去っていった。
「
……
」
なんなのだろうあの刀神は。わたしには刀神の考えていることは分からない。分かろうと思ったけれど、やっぱり分からないままだった。
「小夜子ちゃん?」
ふいに声をかけられて、思わず肩をすくめた。その声の主を知っているから、ちょっとした失態だ。目に力を入れて、ぐるりとその人に向き直る。
「
……
はい、これ。義理で、買ったやつだから」
「あ、バレンタイン? ありがとう、小夜子ちゃん」
ほぼ彼の目の前に押しつけたかたちになった小袋を、そっと笑って受け取った。まるで微笑ましいものを見るような目だった。もっとも、彼の目はここからだとよく見えないのだけれど。
――
一本の針で身体の中をちくりと刺された感覚になった。
「これ、有名なところのだ。俺、ここのチョコよく食べるのよ」
「そう。
……
八雲さん」
「ん?」
「ハンカチ、大事に使ってるから。
……
それだけ」
彼はぽかん、とした顔をしたあとサングラスの奥の目がかすかに細まったのを見た。
「
……
じゃあ」
小夜子はもう一度後ろをむいて、中庭を大股で歩いた。そういえばさよならと言うのを忘れたわね、と思いながら。
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