ふみかぜ@壁打ち
2023-12-18 22:44:02
6168文字
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【Δドラロナ】深更のシーサイドメモリー【12/17無配再録】

「Drunk in Long Night DR2023」お疲れ様でした!/こちらはΔドラロナ無料配布本の再録になります。紙版からの変更はありません/できてないΔドロが出先の海辺で会話するだけの話。えっちな要素はありませんが隊長がロ君の裸足に触ったりはします/無配本の残部については次イベント参加時にも持って行く予定です

 澄んだ夜空から、心が高揚する月の光が降り注ぐ。
 踏めば崩れて靴底の形に沈む砂。自分もいつか死んだら、こんな感じになるのだろうか。
 砂を握り込んで、ぱっと放す。ここから蘇り、畏怖い姿を見せつけることを想像すると楽しい。
 新横浜の港とは違う気がする潮の香り、波の音。
 穏やかでほんのり寂しい暗闇の海辺を進めば、何か楽しいことが起きる予感がした。
*
 雲一つない月夜の下、ざん、ざざぁんと波の音が響く。
 砂浜に付けられて間もない足跡と、ゆっくりと移動を続ける吸血鬼の気配を辿って、ドラルクは無言で海岸を歩き続けていた。やがて、見慣れた吸血鬼のマントと月光に照らされた銀の髪が暗闇の中から浮かび上がり、知らずきつく握り締めていた手の力が抜ける。
「ロナルド君」
 名を呼んでみると、波打ち際に沿って前進していた彼の足が止まる。振り返ってこちらを見たロナルドは、たった今こちらへ気づいた風にキョトンとした表情をドラルクへ向けた。
「あれ、ドラ公? どうかしたのか」
「それはこっちのセリフだ、一人でほっつき歩くなと言っただろう」
 ここは新横浜じゃないんだぞと言えば、ばつが悪くなったらしい吸血鬼はそっと目を逸らした。彼の視線の先に広がる海原は夜空を映して黒々とした色に染まり、寄せては返す潮が自分たちのすぐ近くまでの砂を濡らして少しずつ削り取っていく。
 ――近隣地域の署から応援要請を受け、チームデルタは管轄外のエリアにて吸血鬼の掃討作戦をつい数時間前まで展開していた。海辺の洞窟に巣くっていた下等吸血鬼の巣は無事駆除され、終電を過ぎる前には事態の収拾も完了。二〇歳未満の者を含む退治人チームは早々に電車へ乗車し、ドラルク隊のメンバーもパトカーに乗って署へ戻っていった。
 そんな中、ドラルクとジョン、ロナルドにメビヤツは現地に留まり海辺のビジネスホテルにて一泊している。理由は単純、いけすかないヒゲ上司が「そこの吸対はノウハウが不足気味らしいから優秀なドラルク隊長が指導してはいかがかな」と、ほぼ命令の提案を下しやがったからだ。
 かくしてドラルクとジョンは明日の夕刻から急遽よその吸血鬼対策課で講習会を開催する羽目となり、有事の要員かつ吸血鬼視点のアドバイザーとしてロナルドも参加の流れで滞在することになったのである。
 そんなわけで、明日に備えてホテルのベッドで寝ようとしたドラルクだったが。眠りに落ちる寸前にロナルドの気配が不自然に遠ざかっていくのに気づき、慌てて寝間着から隊服へ着替え、外に出てすぐにある海岸へ足を踏み入れた――そして今。
「君が監視もつけずにぶらついてることを知られたら、私が面倒なことになるんだ。せめて一声かけるぐらいのことはしてくれ」
「う……でもお前、もう寝るところだったじゃん」
「こんなの、いつものクソッタレな退勤時間と比べたら夜更かしにもならん。一人で出歩かせたのがバレて髭の嫌味とデスクワークが増えるよりは、君の突発的な散歩に付き合った方がずっとマシだ」
「んぐ……だ、だけどさぁ」
 分かる? とロナルドへ距離を詰めながら問うも、押されつつある吸血鬼は尚も反論を試みてくる。微妙に往生際が悪い。
「ドラ公、いつも言ってるじゃん。その、俺の気配が」
「ロナルド君の気配?」
「圧が強いとか、きつい、うるさい、やかましいとか」
……んん?」
 内心首を捻るドラルクに対し、顔を俯かせたロナルドは両手の指を合わせては離してもじもじしながら言葉を続ける。
「気配の強さを褒められるのは嬉しいんだけど、お世辞じゃなくて本当にドラ公が強く感じてるなら、寝る時ぐらいは離れてやった方がいいかなー、って」
……君ねぇ」
 思わず溜め息が出る。そういった殊勝さ、いじらしさは普段の勤務中に発揮してくれればいいのにと思いかけ、縮こまって大人しいロナルドを想像しても全くしっくりこないどころか微妙な苛立ちを覚えたので、やっぱり今のままが一番マシだなと考え直した。
「確かにロナルド君の気配は眉間がヒリつくぐらい強烈だが、そういうものだと理解し馴らしていけば隣で寝れない程じゃあないさ。むしろ、変に気を遣われてあっちこっち動き回られた方が落ち着かない」
「そういうもんか?」
「そういうものだよ」
 だから、何処かへ行く前にちゃんと自分に連絡しろ、こっちが寝てたなら起こせと念を押せば、漸くロナルドは頷いて見せた。
「ええっと……悪かったよ。ドラ公もう寝るんだよな? 俺が近くにいても大丈夫なら戻った方がいいか?」
……いや、もう少しここにいても構わんよ。君だって、慣れない土地でいつもより気が塞いでいるんだろう?」
 周囲を軽く一瞥し、彼を除いて吸血鬼の気配がないことを確かめながら言う。ドラルクの言葉が意外だったのか、ロナルドが赤い目をぱちぱちと瞬かせた。
「いいの?」
「私の目が届く範囲に限るがね。監督責任だ、多少の気分転換に付き合ってやる」
「っ、じゃあさ」
 ぱっと明るい笑顔を見せたロナルドが、左腕を伸ばしてぶんぶんと上下に振りながら指差しをする。その先にあるのは、潮の塩辛い匂いと冷たい風を運んでくる真っ黒な海。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ海ん中入ってもいいか?」
……いいよ。ただし、膝下より深いところには行くなよ? 万に一つでも君が溺れたら私では救助不可能だからな」
「わかった!」
 いそいそとマントに靴、靴下を脱ぎドラルクの足下へ置くと、ロナルドはスラックスの裾を膝までたくし上げて、寄せてくる波へ素足を勢いよく突っ込んだ。
「うっわ、冷た……へへ、波がくすぐってぇ」
……楽しいかい?」
「おう!」
 波が靴に当たらないギリギリと位置から声をかけると、元気な返事が帰ってくる。彼が地面へ置いてったものを拾って濡れないように待避させた後、砂浜に腰を下ろしたドラルクは月の光を浴びて海にはしゃぐ吸血鬼を静かに眺めた。
「全く……靴下までこっちに取らせておいて、よくもまぁあんなに元気でいるものだ」
 彼が古くからの特性に囚われない新時代の吸血鬼だからか、古い新しい関係なく多少の弱体化など物ともしない程に生命力が有り余っているからか。
 あるいは――ドラルクが預かることは、ロナルドの中で奪われたことに入らない?
「いかんいかん、私まで浮かれポンチになってどうする」
 頭を降って、最後に浮かんだ都合が良すぎる想像を掻き消す。いくら立場上のロナルドが吸対の備品でありドラルクの監督下に置かれているとはいえ、当人の認識をそこまで縛れているとは到底思えない。今だって勝手にふらりと何処かへ行こうとしているのを、彼の甘さにつけ込んでどうにか言いくるめているに過ぎない。
 やろうと思えばドラルクの定めた制限など振り切って、本当は何処へだって行けてしまうのだ、ロナルドという吸血鬼は。
「ドラ公!」
 それでも、彼は濡れた足で砂に跡をつけながら自分のところへ駆け足で戻ってくる。その光景が人懐こい犬みたいだと思いながら、ドラルクは無自覚に口角を吊り上げていた。
「見ろよ、貝拾った!」
「貝?」
 両の掌を広げる彼の手元を覗き込むと、大きく欠けることなくそれなりに原型を留めた平たい貝殻が三枚収まっている。右手でスマホをかざしライトで内側を照らすと、光が屈折して薄らと虹みたいな色が浮かび上がった。
「綺麗だろー」
……そうだな」
 貝から視線を上げて、すぐ傍で顔をほころばせるロナルドを見ながらドラルクは頷く。
「これ、持ち帰ってもいいか?」
「ふーむ……まぁ、流石に吸血鬼化は……少なくとも、凶悪な吸血鬼にはならんだろう流石に。構わないよ」
「やった! へへ、メビヤツとジョンのお土産にする」
「そう」
 今はホテルの部屋ですやすやと眠っている一匹と一機に思いを馳せる。メビヤツは言うまでもなく、ジョンも弟分からのプレゼントに喜ぶに違いない。ドラルクの目を盗んでロナルドと一緒に食べていたドーナツの限定パッケージの切り抜きみたいに、彼秘蔵の缶詰へ大事に仕舞われるならば、この貝殻も幸運な余生を送れる筈だ。
「それから、これ」
「うん? っ」
 スマホを持っていない左手を取られ、硬質の小さい何かがそっと乗せられる。取り落とさないよう慎重に腕を動かし掌を広げてみれば、ついさっきまでロナルドの手にあった貝殻の一枚が己の薄い皮の上に置かれている。
「もう一枚は、てめぇにやる」
……私に?」
「こ、ここまで一緒に来てくれたから、その礼……
 ごにょごにょ言いながら恥ずかしげに俯くロナルドの姿と、手の中にある貝殻を交互に見遣る。別に何の希少性もない、ごくごくありふれた石灰質の塊。全く、それをこんなにも魅力あるものへ見せるとは、彼はやっぱり畏怖すべき吸血鬼なのかもしれない。
「ふーん。これを、私にかぁ」
「い、いらねーなら返せよ」
「そんなこと一言も言ってないだろうが」
 返せと言われたら返したくなくなるのが己のサガ。ロナルドが差し出してきたものなら、尚更のことだ。
「ありがとう、ロナルド君。大事にするよ」
「ん」
 微笑んで感謝を伝えれば、ぎこちなくロナルドは頷く。それから彼はぐいっと伸びをすると、ドラルクが畳んで置いておいた自身のマントを手に取った。
「もういいのか?」
「おう」
……自分用のお土産は、拾っていかないのかね?」
「いいよ。散歩楽しかったから、それで十分だ」
 当の吸血鬼がいいと言っているなら、ドラルクが口を挟むまい。彼の気が済み早めに寝に戻ることができるなら、それに越したことはないだろう。
 ばさばさと振って雑に砂を振るい落としたマントを肩にかけ、スラックスの裾を戻して靴下を足先に通そうとしたロナルドを、
――待って」
「あ?」
 咄嗟に制止したドラルクに、訝しげな視線が向けられる。
「何だよ」
「何だよじゃない、海水でべちゃべちゃな足のまま靴下を履く気か?」
「って言われてもな、拭くもんないし……あ、そうだ」
「待て待て待て、マントを使おうとするな!」
 器用に足を持ち上げ、爪先にマントの裾を宛がおうとするロナルドを再度止める。そしたら次はスラックスに足の裏を擦りつけようとするので、みたび待ったをかけた。
「んだよ、じゃあそのまま履くしかねぇじゃん。それとも、乾くまで待つってのか?」
……はぁ。もし次があったらタオルを持っていくべきだな」
 本来、ロナルドの衣類が塩水で痛もうがドラルクの知るところではないのだが。滞在延長が急に決まったせいで現在の彼には替えの服がほぼない。つまり、明日の講習会も今と同じ服で出る必要があるのだ。ホテル備え付けの除菌スプレーを使うにしても限度がある訳で、海水の被害は最小限に抑えておきたい。
 付け加えて、己の隊で管理している備品を手入れするのは監督役である自分であるに違いない訳で。だからこれは、必要な手間だ。
「仕方あるまい。ロナルド君、ちょっと片足持ち上げて。そのまま前に出してくれる?」
「んん? こうか?」
「そうそう。そのままキープでよろしく」
 右足を持ち上げ爪先を前に出したロナルドの下で片膝立ちの姿勢となり、目の前にある足首をそっと掴んだ。
「ん゛っ?!」
「こら動くな、すぐ終わるから」
 隊服のポケットに入れていた白いハンカチを当て、彼の足を濡らす海水を拭い、砂粒も適当に払っていく。ぷるぷると震えながら姿勢を維持するロナルドに楽しさが込み上げてくるのを感じながら、指の付け根に溜まっていた滴を布へ吸い込ませた。
「よし次、逆の足も上げて」
「それ……ドラ公のハンカチ、汚していいのかよ」
「何かあった時用の予備はあるから平気だ。ほら左足、早く」
……ん」
 渋々といった態度でロナルドが上げる足を交代させる。ドラルクは水を吸った布を一度絞った後、先程と同じようにハンカチを爪先から足首まで滑らせた。
「んく、んんっ、ぁ」
 尚、頭上から聞こえてくる何かを誤解しそうな声は聞こえていないものとした。
「はい終わり。多少塩や砂は残るだろうが、さっきよりはマシだろう」
 左足も一通り拭き終わり、ロナルドを解放する。靴下を差し出してやれば暗闇の中でも分かる程にはっきりと睨みつけてきた後、ひったくるように受け取ってもぞもぞと履き始めた。
……なぁ、ドラ公」
 海水を吸い上げてべったりとしたハンカチをポケットに戻すかどうか迷っている矢先、靴下を装着して靴へ足を入れながらロナルドが口を開く。
「何かね」
「さっきの話。俺は……それがいい」
「さっきの?」
「っ、てめぇが言ったんだろ。俺用のお土産、貰っていいなら、それがいい」
「それって……これ?」
 靴を履き終えて立ち上がったロナルドへ半信半疑にハンカチを広げて見せれば、間髪入れずに頷きが返ってきた。
「いやこれ、ただのハンカチなんだが」
「俺が拾ってきたのだって、ただの貝殻だろうが」
「そういう問題じゃ……いや待て、そういう問題か?」
 塩水で汚れた布きれから視線を外さないロナルドに呆れかけ、はたとドラルクは考える。つい先程、いらないなら返せと言われた貝殻を絶対に返すものかと思った自分と、身体を丁寧に拭くのに使ったハンカチを所望するロナルド。表出する形は違えど、相手から貰えるものに執着するという点においては、同じようなものかもしれない。
……分かった。一度洗ってからになるが、このハンカチは君にあげよう」
「べっ、別にこのままでも」
「知らないのかねロナルド君、海水に浸して放置した布には吸血セロリが寄ってくるんだよ」
 吸血セロ、の時点でロナルドからサーッと音を立てて血の気が引き、見る見る間に顔面が崩壊した。ドラルクの適当な嘘を真に受けた不死の吸血鬼は砂浜に倒れ、もんどり打って苦痛の絶叫を上げる。
「オンボロロロロアギャピギャーーー! ぜ、ぜぜぜ絶対に洗ってくれ! 洗って下さりやがれドラ公この野郎ォーーー!」
「よろしい」
 鷹揚にドラルクは頷き、左手に固く絞ったハンカチを握った。ホテルまで距離は大したものではないし、このまま持ち帰ることとしよう。
 それからロナルドが落ち着いて立ち上がるのを待ってから、ドラルクたちは来た道を引き返し始めた。
「なぁドラ公、それそのまま持ってて大丈夫か? アレが寄ってきたりしないか?」
「一二時間以内だったら平気平気。戻ったらシャワーで熱湯消毒するから安心したまえ」
「ほ、本当だな? 嘘だったら泣いて暴れるからな?」
「はいはい」
 小さなお土産と執着を手に、彼らは一時の寝所を目指す。
 砂浜に付いた二人分の足跡は海水と風に削られ、朝を迎える頃には何も残らなかった。
*
「アバピギャロッバーーーーー! 嘘つきやがったなこのクソポリ公ぉー!」
「誤解だ落ち着け! ア゛ーーー始末書ォー!!」
 翌朝、偶然部屋に迷い込んだ吸血鬼セロリによって破壊されたホテルの修繕費を、どうやって経費として落とすか頭を抱えるドラルク隊長の姿があったとか何とか。