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鹿
2022-06-30 23:01:02
3176文字
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花と、クローバーと、庭と、
土斎WEBオンリー展示した短編です。
お花をもらうなら、何本ほしいですか?
四つ葉のクローバーは、いくつ見つけられますか?
唐突な問いを発したのは、かつての同僚の可能性の果ての水着姿に子どもの姿になった愛刀を添えて、という何が何やらな存在。しかしそういうこともなくはないか、と受け入れられる程度には、斎藤一はカルデアに順応していた。
「僕ぁきっと、もらえるだけもらうよ」
故にいわゆるイベント周回程度なら、例え場所が見知らぬカリブの街であろうと、こうして合間に世間話の一つもしながらこなせるのである。
「ふむふむ。ヘラヘラした人は、お花が好きですか?」
「ヘラヘラした人って
……
ま、咲いてるの見たら綺麗だなって思うだけで、詳しいとかじゃないよ。花に限らず、もらえるものを逃すのはもったいないって質なだけさ」
世の中手に入らないものの方が多いんだし、と、余計な一言を付け加えそうになった自分に気づき、斎藤は視線を後衛の土方に向けた。
「あんたはどうです? 豊玉師匠」
「
……
庭の広さによる」
わざわざ雅号で呼ぶ斎藤のからかいを無視して、土方はずいぶん素直に答えた。
「庭がなきゃもらっても咲く場所がねえだろ」
どういう風の吹き回しかと思ったが、そういえば彼はそっけない態度に見えて、この沖田総司の別側面に対し随分と優しいのだった。大元の沖田がこの場にいれば、私には無駄口叩くな働けって言うくせに私差別だとまた騒いだだろう。
「ははあ副長、さては梅の木を想定してます?」
何の花か言われてないなら好きな花でいいだろうと土方は言うが、花をもらうって状況で木を要求するのはなかなかに図々しい態度だと斎藤は笑った。
「なるほど、木なら一本でもたくさんお花が咲きますね。これはかしこい、かしこみ
……
違う?四つ葉のクローバーはどうでしょう。庭にたくさんありますか?」
「四枚目の葉に幸運がとかいう西洋の言い伝えか? 別に進んで探しやしねえよ」
首を傾げるオルタに、土方は構わず続ける。
「花も草も木も、俺のために生えてんじゃねえ。四つ葉はただの四つ葉だ。たまたま見つけて運がいいってだけならともかく、わざわざ探そうとすりゃ、幸せにしてもらいたいからみてえじゃねえか」
「ううん
……
? それ、ダメでしょうか? 私にはむずかしいです。むずかしみ
……
」
「いいんだよオルタちゃん、この人すぐそういうこと言うの。四つ葉は四つ葉、梅は梅、ってそればっかり」
「ふむ
……
で、煉獄、そういえばこれは、どういう意味なんでしたっけ?」
ため息をついた愛刀の答えは、マスターの呼び出しを受けてオルタが駆け出してしまったため聞くことはできなかった。去る直前「まあ、正解なんてない問いだ」と語る彼の表情に、斎藤はなぜか理由のわからぬ親近感を覚えた。
その夜、斎藤は夢を見た。
サーヴァントは夢を見ないはず? 人理は白くあやふやになり、ありえなかったはずの可能性は人格を得て、愉快に歪んだ西の彼方の海を駆けている。影法師が夢を見るくらい、何もおかしな話じゃない。ふと気が付くとそこは、カリブ海のキャンプでもテントの中でもない、見知らぬくせに落ち着く雰囲気の縁側。庭に目を向けると、黒い着流しの男がまだ若い木の隣に佇んでいる。
「梅はまだ風も冷てえ中、いの一番に咲くだろう」
男は癖のある黒髪をひとつに束ねていて、ああ、夢だと斎藤は唇を噛む。その姿は、もう見られなくなって一五〇年経つ。
「寒さなんか感じてねえみたいにな。見てると、もう春はすぐそこだと思える」
全ては夢。この男にこんなに穏やかに、花の話などされた記憶はない。ぱきり、と軽い音がして、見上げると先の方にほんの一輪咲いた枝を、男が手折ったところだった。
「お前にやる、一本だけだぞ」
こんな風に花を贈られたことも当然なかった。早咲きの梅の香りはやわらかく、なるほど、春を思わせた。
「寒さなんて知らないって顔して、こいつ自身にそんなつもりはないんでしょうけど、なんだか導いてくれるみたいで」
あんたみたいな花ですね、そう言った声は、彼には届かなかったのか。土方は、もうこちらを向くこともなく、せっせと庭の手入れをしていた。
なんだつまらないと立ち上がり、外に出ると懐かしい顔があった。
「おや、斎藤さん。またフラフラしてるんですか?」
「あれまあ沖田ちゃん、どうしたの」
「私だけじゃありませんよ、ほら」
「近藤局長、山南先生、永倉さん、原田さん、藤堂
……
ありゃ、芹沢さんまで」
なんでもないようにヘラヘラ話しかけてみれば、まるで昨日も会っていたかのように挨拶を返す者も、どうしてお前がここにいるのだと苦い顔をする者もいた。
「ああそうだ。これを」
そうしてなぜか皆、最後には花を手渡してくれた。菫、紫陽花、菖蒲、黄色い百合、彼岸花
……
種類も大きさもばらばらで、すべて持っていくのは難儀だったが、どうしても取りこぼしたくはなくて、必死に握りしめて斎藤は歩く。しかし彼らの姿が遠のき見えなくなるごとに、花はこぼれ、葉は萎れ、茎は曲がっていった。
やがてたどり着いたのは、またあの庭。けれどあの景色はもう見る影もない。塀は穴だらけ、地面は無数の足跡に荒され、何よりあの梅の木が、もう朽ちている。枝も幹も痩せ細り、度重なる剪定で形は歪み、丈は縮んで見えた。変わらず隣に立つ男が、すっと背筋を伸ばしたままだから、余計に。
「ねえ副長、これはもう終わりでしょう」
髪を短く切って、洋装に変えて、しかし相変わらずこちらに見向きもしないで、せっせと庭を直そうとする男に再び呼びかける。
「あんたの好きな花はもう、咲きませんよ、だからもう」
「例えそうでも、ここをどうするかは俺が決める」
「
…………
そうですか。なら俺は、ここでお別れです」
「それでいい。お前も俺も、互いのために生きてたわけじゃねえ」
これでお終い。一五〇年前に、わかりきった結末だ
…………
わかっているのに、あの梅の香りがまだ胸に残っていて、枝がもう見つからないことが、ひどく、寂しい。
これを貴方にと、その女性は白く小さな花のたくさん付いた枝を差し出した。恐る恐る受け取れば、存外枝はしっかりしていて、花が落ちることはなかった。冬になると赤い実がなるのだと、その人は自分の隣を歩きながら語った。そのまま歩き続けていると、そこで見つけてきたのだと子どもや孫らが、戦場を共にした者たちが、転々とした職場の人々が、下宿していた女学生たちが、次から次へと通り過ぎては花を渡してくれる。小さなものも名のわからないものも西洋の花も、みんな受け取って気づけば両腕はいっぱい。坂は長く、道は曲がりくねっていたけれど、すべてを掻き抱くようにして進んだ。
そうしてようよう家まで辿り着き、お疲れ様です、休まれては?と隣の彼女が言うので、奥に向かう。見慣れた部屋に腰を下ろして、ほっと一息つこうとしたその時
……
あり得ぬ香りに悪寒が背筋を駆け上った。
匂いの元、床の間の花瓶に挿してあったのは、間違いなくあの梅の枝だった。
「どうして」
あの日とまるで変わらない姿に、胸によぎったこの感情を、郷愁とも憐憫とも歓喜とも恐怖とも、名をつけることはできない。
「斎藤!」
吠えるような一喝に、斎藤の意識は一瞬でカリブのキャンプ地に引き戻される。
「なに呆けてる、とっとと支度しろ。骨も銃弾もいくつあったって足りゃしねえんだ」
呆けもする。目を覚まして見るものが、泣きたいほど愛おしい悪夢なのだから。
人理が定まらぬ今となっては、もはや春も夏も秋も冬もシミュレーターの作り物か、特異点と化した地にしかない。
ならばそこに咲くのは、狂い咲き・・・・の花に他ならない。
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