ヒノチャン
2024-02-13 18:14:42
3276文字
Public ヒノチャン創作
 

マスターは化け物であることを忘れがちな道満の話

バレンタイン前日のお話!夢小説?ヒノチャン(マスター)はちょっとしか出ない。
小次郎と道満が酒飲みながら会話してるだけ。

ふ、と思い出し笑いをして、男はそのまま杯の酒を飲み干した。
「おや、何をそのように面白いことを思い出されましたかな」
隣の巨躯は、その身をしとやかにおいている。正座し、背筋を伸ばしている。反対に、隣の男はあぐらをかいて頬杖までついていた。
「いやなに。2月14日が近いと、我らがマスターのことを思い出す」
「ああ、なるほどなるほど。ンンンンンンあのお方の奇行には慣れましたが、さすがの拙僧もこのなんですか。ばれんたいんでー、というものは数多の英霊たちがタカが外れたようにマスターへと独占欲を奔らせるので未だ慣れませぬなあ」
「く、ふっふっふ」
「ま!小次郎殿、意地悪に笑いなさいましたな?今、意地悪そうに笑っておられる!」
あいすまぬ、と小次郎はそっぽ向いていた顔を道満に向けた。目の端に涙までためているではないか。道化師めどの口が、とでも言いたそうに口角があがっている。
道満は素直にむっとした。しかし、そんな表情かおを見せれば、もっと満足そうに微笑うのである。この伊達男は。
「いい男に変えられてしまったな、道満殿は」
今夜はあいにくの曇り空。月明かりは差さず、ふたりの男を照らすは行灯の柔らかな光のみである。
「変えられてしまったとは?まさかマスターに、でありますか小次郎殿」
「おや、不服そうでござるな」
とっくに空になっていた杯に、道満はおかわりを注ぐ。軽く頭を下げ、そうしてくっとすぐさまに飲み干す小次郎。そうして杯を置いたかと思うと、すぐさま道満の杯にへと手を伸ばした。道満の膝元にあったはずのとっくりは、いつの間にやら小次郎の手にある。さすがはアサシン、といったところだろうか。
「不服でありまする、拙僧はマスターの影響はひとっつも受けておりませんで!拙僧は拙僧、最初っからこうでありますれば!ンンンン、しかしそうは言いますがね小次郎殿。あなたさまこそ、なんといいますか」
攻守交代、ついに自分の番が来た。
美しき獣は、闇の中でそっと囁く。
「丸く、なられたのでは?」
ざわりと首の後ろが粟立った。アサシンの殺気。すぐさま消え去るが、道満の言葉に殺意が芽生えたという事実は消えない。
道満は満足そうに続ける。
「拙僧は一度、あなたさまの剣気を見ておりますゆえに。ええ、そうですね真実あなたさまではないのですが。セイバー、佐々木小次郎。拙僧が下総でお会いした彼とあなたさまは別の人間とはいえ、あなたさまも"佐々木小次郎"を冠する立派な英霊。で、あれば比べても相違はないのでは?と拙僧は考えまする」
続けるといい、小次郎の目はそう語っている。殺気のかけらもない。
挑発的に右の口角が上がるばかりだ。
「かの佐々木小次郎は、それはもう剣そのものでございましたよう!何かあれば斬る、少しでも殺意を傾ければたちまち真っ二つ!かわすことの叶わない、絶対の未来がすぐそこにあったものです!ま、拙僧は実はそこまで関わりはなかったのですが……それでも、思います。感じまする。あの佐々木小次郎と、拙僧の隣で酒を飲んでいるあなたさま。マスターの守り刀として存在を置いているあなたさま。マスターを愛おしそうに見つめるあなたさまは、まあなんといいますか」
─腑抜けましたなア。
道満は、小次郎の耳元で囁いた。大きな手のひらにその声は隠れる。
しかし小次郎の耳にはしっかりと届いた。
「ああ!いえ、いえ!あなたさまが拙僧に対して思うように、あの小娘にいいように絆されてしまったなあと!ええ、ええ。そういうことなのでしょうや。実際のところ、拙僧も少しばかり自己嫌悪しておったところであります。ンンンン、お互い様、というところです!」
機嫌良さそうに、道満はにこにこしている。
傷付けるのは誰だっていいのだ。それが戦闘の相棒であろうと、師であろうと。弟子であろうと。好敵手であろうと。自分であろうと。
心を打ち砕く言葉を、悪魔のようにささやくは悪のカリカチュアにふさわしい。
「お互い様、か。ふふふ確かに。左様でござるなあ、いやはや道満殿の言う通りであろう」
認められますか、ご自身が腑抜けていることを」
魚は疑似餌に食いつかなかった。
「ああ、腑抜けたな。どうもあの子を守るものが増えたゆえに私はただの男へと成り下がってしまった気がするよ」
「男?ただの、男であるのはまあ
「隣にいるだけの、閨をともに、生涯をともにするだけの男にな。最初はそんなつもりなかったのだがあれがどうしても、泣くものでな。……道満殿、マスターたちカルデアは一度世界を救っているのは既知であろう?」
道満はうなずく。既知もなにも。じっくりと見たものだ。
「拙者は正しく、マスターの守り刀であると誓った。彼女が振るうべき武器であるとな。彼女は非力ながらも英霊を使いこなす戦士であったため、その気概に応えようと、その背中を押そうと思ってだな……まぁこれは、マスターに仕える英霊であるならば気持ちは同じでござろう」
道満に同意を求めるように、小次郎は視線をあげた。
正座の道満は思わず足を崩して、小次郎と向かい合う形にした。
「フ、儂が言うのもなんだが。あなたさまは忠義を誓うようなもののふではありますまいて」
「そちらも義を持って尽くすタイプではない?」
小次郎は続ける。
「世界が救われて、マスターがただの娘に戻るとなれば。拙者は要らんだろうと思った。ここになんの疑問も抱かなんだ、ただの別れを済ませてあとはそう、そなたが加担した─加担したのかはよく知らないが、例の襲撃でござる。再召喚カルデアからの呼び出しには大層驚いたとも。そして嬉しくもあった」
「マスターに再会できることがでありますか?」
にこり、と道満は小首を傾げる。
「ああ、まことにその通り。あの女に、私を人殺しの道具として振るってもらえることが何よりも高揚感のある興奮だった」
きっぱり。小次郎は笑いながら言う。
「私は恐ろしいよ、道満殿。そなたはあの子をただの小娘気味の悪い躁な痴れ者扱いでござろう?あれは本当に、殺人者である。剣に生き、剣に死んだ私が言うのもなんだが」
─あれは気狂いぞ。
「あの子が生きた時代にあんなものがいて驚いたよ。そなたにはそこまでの片鱗は見せていな………否、たしか耳を噛みちぎられなんだか?まさかと思うが、愛情表現のおかしいだけの女だという認識だったのでござるか」
道満は血の気が引きつつあった。
割りと自身は、常識のあるほうだと。危ないところからは逃げ切れていると。
処世術に長けていると。
ヘマさえしなければ。
「あの子と再会したとき、あの子は拙者になんと言ったと思う?」
怖い話をしているつもりではなかったのだが。
「二人きりになった途端こうだ。守り刀であるなら葬式まで付き合え、世界が救われようが滅ぼうが、お前は私の刀なんだろう?何を役目を忘れているんだ、折られたいのかと」
安易に想像できてしまった。いつもニコニコしているあの女、たまにそういうとんでもなく残酷で非道な顔を見せる。ゴミでも見るかのような目。ヘドロを嗅いだかのように顔を歪め、その喉からは腹の底からの侮蔑が流れ出る。
「そしてそのあと、ぷーっと頬を膨らませて『正妻!正しい妻!お前は今日からヒノチャンの正妻なんだからそのつもりで!』と抜かしおる。ははははは!これはいい女だと、私はそれから腑抜けておるよ」
は、はぁ……
「心底惚れておる」
「そうで、ありましたか」
とんだ惚気話をされて、道満はなんだかどうでも良くなった。はあー、と長めにため息をつくと、シュミレーターの扉が乱暴に開かれた。
「周回!バレンタイン周回だよこじろー!どーまん!!はい、チョコ!」
畳の上を滑りながら、女は寝転ぶ。
女にしては体が細長く、道満と背丈は変わらない。
所作が子供なので度々道満は勘違いする。
一体本当に腑抜けているのは、どちらであろうな。道満は深く、反省した。