アンダーテリング ネタバレ無し 公開NPC永田とモブ女のバレンタインの話/結構カスなので永田に夢見てる人は閲覧しない方がいいかもしれない(?)/ご依頼ありがとうございました!(掲載許可済み)
街はチョコレート一色に染まり、あちらこちらから甘い匂いが漂う季節。近年はチョコレート会社の戦略イベントに乗っかって自分用のチョコレートを買う人も増えたように思う。
永田は二人がけの席で温かい珈琲を飲みながら窓の外を眺めていた。ふと腕時計に目を遣る。──そろそろか。
かつかつとヒールの音が近づいてくる。
「すみません永田さん、お待たせしましたっ」
顔を上げればそこにいたのは二十代くらいの若い女性だった。特別美人というわけでもなく、愛嬌のある表情と顔立ち。綺麗めのオフィスカジュアルな服装の彼女は会釈をすると向かい側の席に座った。
「よう、お疲れさん。別に待ってねぇよ」
「お忙しいところ、ありがとうございます。こうして永田さんとお出かけできるなんて嬉しいです……!」
「ま、ちょうど暇してたしな」
彼女との出会いは数週間前に遡る。とあるターゲットの情報収集を依頼され周辺を嗅ぎ回ったところ、一人娘がいることがわかった。年齢は二十代半ば。家業の手伝いもしているようで、悟られないように探ってみる価値はありそうだと判断し偶然を装って近づいた。
最初は軽い世間話から。そこから少しずつ、話を広げていく。話し上手は聞き上手。うまいタイミングで相槌を打って、同調して話を引き出す。相手が身の上話を始めたら静かに耳を傾ける。徐々に踏み込んでいって、詳細を聞く。心の隙を見せた相手の懐に入り込むのは得意だった。
そうして彼女の連絡先を手に入れ、何度かやりとりをしているうちに一日でいいから一緒に出かける時間をもらえないかという提案──つまりデートの誘いを受けた。彼女が自分に好意を抱いているのはすぐにわかったし、情報収集のためにそれを利用しない手はなかった。
「じゃあ、早速行くか」
優秀な情報屋さんはデートのエスコートくらい完璧にできなければならない。相手が自分に好意を持っているという状況を利用するにあたって、萎えさせたりがっかりさせることがあってはいけないのだ。
街の美味しいレストランやカフェ、雰囲気の良い穴場などを調べてデートプランを練り上げるくらいのことは裏社会のヤバい連中から情報を抜くよりもよっぽど容易い。
色んな店を連れ回していると、
「この辺、お詳しいんですか?」
と彼女は不思議そうに尋ねた。
「せっかくお前さんとのデートなんだ。下調べくらいしとかなきゃカッコつかないだろ?」
「で、デートだなんて、そんな……!」
冗談めかしてそう言うと彼女はあからさまに照れたような顔をした。思ったよりも純情だ。
そんなこんなで一日という時間はあっという間に過ぎていった。日が沈み、デートも終盤に差し掛かる。予約したイタリアンのレストランで食事をとり、ここでも会話に花を咲かせる。デザートまで食べ終わり、店から出て夜の繁華街を並んで歩く。「お前さん酒好きか? この辺でいいバー知ってるんだけど」何気なくそう言うと彼女は控えめに「ぜ、ぜひ行きたいです」と言った。
訪れたのは女性ウケが良さそうな雰囲気の小洒落たバーだ。写真映えするような見た目のカクテルが多いのが特徴的な店で、店内を見渡す限り客層も思った通り若い女性やカップルらしき男女が多い。カウンター席に座ってメニューを見る。おすすめのオリジナルカクテルがあるようで、それを二人分頼んだ。ほどなくして目の前に置かれたカクテルは層が綺麗な桃色から水色のグラデーションになっており、彼女も目を輝かせていた。味も甘めで飲みやすく、なるほどこれは確かに若い女性に人気が出そうだ。
カクテルは飲みやすいとはいえ、それなりに度数が高いものもある。二、三杯飲んだところで彼女も酒が回ってきたのか酔っているような言動がちらほら表われ始めた。
これを期待してバーに連れてきたのだ。酔いは人の判断を鈍らせ口を軽くする。できる限り、有益な情報を多く手に入れたい。酔いすぎて会話が難しくなっても困るので適度に水を飲ませながら、ちょうどふわふわと心地よい酔いの中で喋らせる。ターゲットのこと、秘密、弱み、なんでもいい。彼女は無防備なまでに会話を楽しみながら情報を吐いていった。こいつは当たりだ。彼女は期待した以上に重要な情報を持っていたのだ。これだけ入手できればクライアントも満足だろうし、彼女と会うのは今日が最後でいいだろう。
そろそろ帰ろうかと席を立とうとすると、彼女に「あ、ちょっと待ってください」と引き留められた。どうしたのかとそちらを見ると、彼女は小さなモスグリーンの紙袋を鞄から取り出した。
「あ、あの、これ……」
「ん、どうした?」
「もうすぐバレンタインなので、永田さんにと思って……」
彼女は緊張した面持ちでこちらの反応を窺っている。──ああ、チョコレートか。理解した瞬間思ったことはやはり「好都合だ」ということだ。
「へぇ、これを俺に?」
「迷惑だったらすみません、でも、どうしても渡したくて……私の気持ち、というか……」
それは酔いのせいなのかそれとも別の理由からなのか、顔を赤らめた彼女は恥じらうように言葉を紡ぐ。
「ありがとうな、もらっとくよ。……なぁ、」
彼女の緊張を和らげるように人当たりの良い笑みを浮かべて紙袋を受け取る。ここら辺で撤退しようと思っていたが、どうやらもう少しいけそうだ。
「は、はい」
「……この後、まだ時間あるか?」
くちびるの端を上げ顔を寄せ、彼女の耳元で囁く。するりと抱き寄せるように腰に腕を回す。いくら純情な彼女でもその意味がわからないほど子供ではないらしく、心臓が跳ねるのが手に取るようにわかる。カップルの多い店内で一組の男女がそんな仕草をしても誰も気にしない。
こんな悪い男に引っかかるなんて可哀想に、とどこか他人事のように思っている自分がいた。
*
「いやぁ、永田くんに頼んで正解だったよ。よくもこれだけの情報を集められたね」
クライアントは提供した資料の束を確認すると満足そうに頷いた。
「ま、俺は優秀な情報屋さんだからな~」
「『優秀な情報屋さん』ねぇ。自称するだけの実力を持ってるのが君のすごいところだよ」
「そりゃどうも」
「特にこの、娘とのメールのやり取りとか娘と出かける予定とかどうやったら手に入れられるのか不思議だよ。君を敵に回したくないね、おぉ怖い」
それについてはあの夜バーから出た後、隙を見て彼女のスマートフォンのデータをこっそりコピーさせてもらった、というのは企業秘密だ。
「そりゃ、お前さんがターゲットにならないことを祈るこったな」
煙草の煙を吐きながらけらけらと笑った。
彼女とはあれ以来会っていないし連絡も取っていない。あの日の終わりにそれっぽい理由を伝えてもう会えないことを告げた。この仕事は完了して、特に連絡をする理由もないからだ。彼女と交換した連絡先は使い捨て端末の連絡先で端末はすでにゴミ箱。デートをした場所も普段の活動地域からはほど遠い場所でもう会うこともないだろう。
彼女からもらった紙袋の中身は綺麗な箱に入ったチョコレートボンボンだった。もらったものは家に帰ってから普通に食べたし美味しかった。彼女はどんな気持ちでこれを選んで買ったのか、そんなことは自分の知ったことではない。
我ながら女のコに酷いことするねぇ、と苦笑するがそれを正そうとは思わない。情報屋として仕事をする上でこんなことは今に始まったことではないし、そういう風にこれまで生きてきたのだから、これからもそう生きていくつもりだ。
バレンタインデーはチョコレート会社の戦略に巻き込まれるだけでは勿体ない。情報屋さんだって必要とあらばそのイベントを大いに活用するのだ。
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