望月 鏡翠
2024-02-12 22:42:48
944文字
Public 日課
 

#1265 「入り江」「黄泉の国」「ポケット」

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 死者の国に行くというのは、昔語りの中に何度も登場する。大抵は死んでしまった大切な人を取り戻すために向かう。
 ごくたまに成功することもあるが、なんらかの理由で失敗して戻ってくるというのは、お決まりのパターンだ。例えば、死者の国を預かる主人と交わした約束を破ったとか。してはならないということをしてしまうのも、古今東西に共通する神話のパターンだ。
 俺もその間違いを犯さない自信はないのだが、愛情という尊い気持ちで黄泉の国に向かう人間たちとは違う点が一つだけある。死人をこの世に呼び戻したいわけではない。だから少しだけ神話の原則や物語のお決まりも、多めに見てもらえないだろうかと期待しているのだ。
 俺の旅の目的は、仇討ちである。村を滅ぼした憎き男を、自らの手で殺したい。苦しみ尽くしてから死んで欲しい。それなのに、苦労して居場所を突き止めたら、その男は病であっさりと命を落としてたことが明らかになった。対して苦しんでいない。そんなのが許せるわけがない。
 黄泉の国に向かう方法を知っているのに、大切な人を生きかえらそうとしないのは、規模が大きすぎるからだ。いかに仇の男の振る舞いがどんなに理不尽であったとしても、村人全員を生き返してもらうなんて、そんなのは流石に望みすぎている。それにどんな形で生き返るかわからない。
 もうみんな埋葬してしまった。あの体に今更魂を戻されても困るだろう。
 これは死者のためではなく、生きている俺のために行われる。完全な私怨だ。
 あの男に、自分の手で苦しみを与えることができればそれで構わないのだ。その上で自分が戻ってくることもできれば、僥倖だ。あの男は苦しみ尽くして死んだのだ、と生者の側から思うことでようやく溜飲が下がる。
 旅立つ前に、ポケットに捧げ物をいくつか入れた。
 それは願い事を聞いてもらうときや、黄泉の国から逃げ帰るときに、追っ手に向かって投げるのに使うものだ。逃げるときは三つの道具を後ろに向かって投げるのが鉄則。だから捧げ物も含めて、四つのポケットが必要だった。
 大潮の日だけ、入ることができるようになる入り江がある。そこから黄泉の国に降りていく。
 ああ、あの男がすでに酷い目に遭っていますように。
 祈りを海に流した。