あけみ
2024-02-12 15:08:56
4719文字
Public HazbinHotel
 

今宵は良い夢を【ハスエン】

ハスエン添い寝ss

 ハスクがその異変に気付いたのはエンジェル・ダストが深夜の1時にホテルの玄関の扉を開け帰ってきた時からだ。彼がこんな時間になるまで外にいるのは、珍しくもなかったが良い傾向ではなかった。
 ホテルのフロアにあるバーのテーブルを拭いていたハスクは、大抵エンジェルが戻ってくるまでラウンジにいるようにしている。帰りが遅いと特にバーを閉める気がおきない。あいつは無事にホテルに戻ってきたのか、酷い目に合っていないか、などと柄にもなく脳裏を掠めるのだ。自身でも呆れてしまうほどに「余計なお世話」だろう。
「遅かったな、大丈夫か……?」
 と、危うい足取りでフロアを通り過ぎたエンジェルに声をかけたが、ハスクの声が聞こえていなかったのかエンジェルは素通りして階段を上がろうとした。しかし、一歩遅れてピクリと肩を揺らしたのが見えた。
 エンジェルは顔を上げ、少し驚いた表情を浮かべる。ハスクは目を細めた。エンジェルの視線が定まっていなかったからだ。そのうえ、顔が上気しているせいか瞳も緩んでいる。瞬時にハスクは理解する。その色香は特融で地獄にいる多くの者たちを誘い出すものだ。
 エンジェルはハスクから顔を背け俯いた。
……ハスク……今日は……そこに……いられない。俺、疲れてる……から、寝るね」
 おやすみ、と、か細い声で囁くとエンジェルはゆっくりと階段を上がっていく。
「おい、本当に大丈夫か!?」
 声を上げたが、エンジェルから返事はない。水だけでも飲んでいけと、駆け寄ることもできたが「自分の面倒は自分でみれる」と、いつかの日に言ったエンジェルの言葉が浮かび、その一歩が踏み出せなかった。
 ハスクは溜息をつく。
 エンジェルがバーに寄りハスクの出した酒を気持ち良く飲む光景は、どことなく気に入っていた。仕事を終えたエンジェルは、できる限り早く帰ってきたしハスクと飲み交わすことも嫌っていなかった。愚痴をこぼすのに丁度いい捌け口にもなっていた。だが、今のように覚束ない足取りで深夜に帰って来る日は、仕事でキツイことを無理強いされたか、話すこともできない胸糞悪いことがある時だ。そういう日は、部屋に一直線だ。ハスクと視線を合わせもしない。
 バーの電気を消し、自身もまた部屋に戻ろうとするハスクの脳裏には、先ほど見せたエンジェルの震える足取りと上気させた頬が思い浮かぶ。アレは、薬を盛られたのだと察した。地獄の媚薬がどういうものかハスクは知っていると同時に、苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。エンジェルがドラッグに手を出さないように日頃努力していることも知っているからだ。その努力が全て台無しになる。積み上げてきた努力は数グラムの粉で再び転落する。だからこそ、エンジェルは仕事でも気を張っていた。隙をみせなかった。四六時中そんな状態を維持できるとは思えない。こんな地獄で。無理だ。だから、盛られたのか、とハスクは唸った。
 今の状態でハスクに会いたくないエンジェルの思いを汲むなら、そっとしておくことだ。以前、信頼エクササイズでもテーマがあった境界線。
 けれど。
 ハスクを見て一瞬、驚いた顔を見せたエンジェルの表情が目に焼き付いてしまった。仕事のことでは口は出さないが世話ぐらい焼かせろ。そう、ハスクは意を決して階段を駆け上がりエンジェルの部屋の前に歩みを止める。
「エンジェル、入るぞ」
 少しノックをしただけで開く扉に眉根を寄せたハスクは、エンジェルの部屋に踏み入れた。鍵もかけずに何をやっている、と文句を言いたくなるが押し止める。部屋は薄暗く、サイドテーブルに淡いランプが点いているだけで周囲の様子が分からない。しかし、ハスクの足元にファット・ナゲッツが鼻を鳴らし擦り寄った。
「どうした、エンジェルはどこにいる?」
 膝を付き、ナゲッツの頭を撫でたハスクは室内にあるシャワールームへと促すナゲッツを視線で追う。シャワーの音が漏れていたが、音が一定で不審に思ったハスクはシャワールームの扉を開いた。
「エンジェル……?」
 シャワーヘッドから水が流れたまま放置されエンジェルがタイルの上に倒れていた。排水口には吐しゃ物が流れ落ちている。体内に残っている薬物を無理やり吐き出したようだった。エンジェルは固く目を閉じ倒れたまま動かない。
「おい! エンジェル!」
 ハスクは自身の服が濡れるのも気にせず、膝を付いてエンジェルの身体を抱き起こした。冷たい水が腕にかかり、顔を歪める。エンジェルの身体は冷え切っており、震えている。自傷行為か。
 ハスクは舌打ちしながら腕を伸ばして蛇口をひねった。そうして、バスタオルを掴み取りエンジェルの身体を覆う。
……ハスク」
「気付いたか、たくッ、お前どういうつもりだ!?」
……ハスク、俺、今汚いから離れた方が良いよ……
 弱弱しく四本ある腕でハスクの身体を押し出そうとするエンジェルを抱えこむ。
「ハスクっ」
 エンジェルの両足を抱えてハスクは、シャワールームから寝室へと彼を運んだ。優しくベッドに下ろすと、毛布をかけてやる。
「ハスク…………
「良いから、寝ろ」
 そう言ってからエンジェルの髪を撫でようと伸ばした腕は宙を彷徨い、結局引っ込めた。
……ハスク、俺、こんなこと、本当は……したくなかった。今日は……調子が乗らなくて、ヴァルが無理やり薬を、俺、今日はほんと、めちゃくちゃで……ずっと善がってたけど、本当は、俺、全然、気持ち良くなくて……なのに、俺……ッ」
 震える声を聞いてられなくて、ハスクはエンジェルの頭ごと両手で抱き寄せる。
「もういい、喋るな。分かってる。俺は軽蔑しねぇよ」
 ハスクの胸に顔を寄せ嗚咽を噛みしめながら泣きじゃくるエンジェルを強く抱きしめた。ふつふつと燃え滾る怒りは誰に向けているのか。ハスクは懸命に自身に「やめろ」と言い伏せる。この地獄で、その怒りはあまりにも純粋で感情的だ。共に契約で縛られている身なら分かるはずだ。エンジェルの縛りはハスクにはどうにもできない。ただ、あのクソ野郎がこれ以上エンジェルを傷つけるならハスクも黙っていられない。
 静かな寝息が耳に届き、ハスクは顔を俯ける。
 泣き疲れたのか、エンジェルはハスクに抱きしめられたまま眠っていた。目元は赤いが、その寝顔はやっと穏やかな表情を覗かせる。四本の両腕で身体を固定されてはハスクも身動きが取れない。
「やれやれ」
 呟いてから溜息をつく。同じベッドに入り毛布で二人を覆う。苦笑したハスクは、添い寝も満更ではない。そんなふうに想うこともまさか地獄で起きるとは思いもしなかった。


×   ×   ×


 居心地の良い目覚めとはまさにこのことだろう。悪夢に魘されずにぐっすり眠れたのは何年ぶりだろう。エンジェル・ダストは頬に触れる柔らかい羽毛に微笑んだ。まだ睡魔を漂い続けたい気持ちは、くぐもったハスクの声で正気に戻る。
 前髪を撫でられる気配を察知すれば、これは黄色から赤信号に変わる。エンジェルは、ハッと目を覚まし顔を上げた。
……やっと起きたか」
 腕をサッと引っ込めたハスクが目の前にいることで、夢か現実か判断がつかないエンジェルは自身の身体を確認した。ビンゴ。全裸だった。
「うわぁあああああッ!!!!」
 絶叫と共に四本の腕を全力で突っぱねる。隣にいたハスクをベッドから落とせば、不機嫌な声が悪態をつく。
「たくッ、何だ!?」
「何だ!? はこっちだよ!! これ、今、どういう状況??? 俺、俺、俺たち、まさか……
 毛布を引き上げながらエンジェルは自身の身体を覆い隠した。顔を赤らめた情緒から一気に青ざめれば、ハスクは溜息をついた。
「何も起きてない。安心しろ」
「はぁ!? 何も起きてない!? 全裸の俺と寝てたんだよ!? それで何も起きないわけがない!」
 自慢ではないが、これはエンジェルの定説だ。記憶がぶっ飛ぶほどのセックスはいくつも経験している。自身がどんな誘い文句を口にして男を虜にしたことも。そこまで思考を過らせてから、血の気が引いた。ハスクが嫌がることをしたんだと、自己嫌悪の波に溺れて息ができなくなる。エンジェルはハスクとまともに視線を交わすことすらできない。
 エンジェルの息が乱れていることに気付かないハスクは、少し怒気を含んだ声を荒げる。
「お前は、俺が意識のない奴に手を出すクソ野郎だと思ってるのか!?」
「違う! 俺が! ……ハスクに何かしたんでしょう!? 俺……が、変なこと、したんじゃ……ない?」
 嫌われる。
 うまく呼吸ができない。
 エンジェルはパクパクと口を開ける。視界が歪むのは酸欠のせいか、溢れる涙のせいか。肩を大きく上下させるそこにハスクの大きな手が優しく置かれた。
「落ち着け」
 互いの額を合わせ、ハスクはゆっくりと息を吸った。俺に続けて呼吸しろ、と言いながらエンジェルの肩を両手で撫でる。震えた身体は一瞬だけで、ゆっくりとハスクの呼吸に合わせてエンジェルは深呼吸する。やっと息の仕方を思い出した子どものように、溢れた涙を顔中にぐしゃぐしゃに擦る。
……落ち着いたか?」
 ハスクの優しい声に、また涙が溢れる。エンジェルは黙って頷いた。すると、ハスクの溜息が漏れる。
……昨夜は、悪かった。俺が勝手にお節介を焼いたんだ。お前が思っているようなことは一切、起きていない。まさか、過呼吸になるほど俺と寝るのが嫌だったとは思わなかった」
「そんなことない!」
 エンジェルは叫んでから顔を上げ、ハスクを見やった。
「昨日のことは、あまり覚えてないんだ……、撮影で薬を飲まされて、ホテルに戻って自分の部屋で全部吐いたことまでは覚えてるけど……ハスクが介抱してくれたんだね……ありがとう、俺が勝手に早とちりしてパニクったみたいだ」
 頬を赤らめ、空笑いする。
 ハスクにセックスを迫ったのではないかと、自身を疑っていた。本当は、そういう関係になることも空想していたことがある。けれど、ハスクはきっとそのような関係は望まない。仕事からホテルに戻ったらバーで出迎えてくれて、愚痴を聞いてくれる。優しい笑みを浮かべながら己を見つめてくれる。それだけで充分だ。
……ハスクは俺と寝るの嫌じゃなかった? あ、もちろん、添い寝って意味」
「嫌じゃないさ」
 ハスクはそう言ってニヤリと笑う。そして、エンジェルの目元に指を添えた。
「昨夜はゆっくり眠れたみたいだな」
……そうだね。悪夢も見なかった」
 誰かとセックス以外で一緒のベッドで眠ることは滅多にない。ただ、穏やかに傍にいてくれる。その代償に身体を求められない相手はこの地獄ではそういない。膝を抱えたエンジェルはコトン、と自身の膝に顔を乗せてから上目遣いでハスクを見る。
……時々、良いかな?」
 指で毛布を弄りながらおずおずと聞いてみる。子どものような願いに羞恥心でどうにかなりそうだった。エンジェルはハスクが返答する前に自身の言動を取り消そうとしたが、彼はあっさり承諾した。
「分かった、眠れない夜はそうしよう」
「え?」
 目を大きく丸めてポカーンと口を開ければ、ニヒルに笑みを浮かべるハスクが言った。
「疲れた日や眠れない日があったら俺に言え。添い寝くらい付き合ってやる」
「良いの?」
 頷くハスクにエンジェルはニカッと笑った。嫌わないでいてくれてありがとう、そう言葉を放つとハスクは眉根を寄せ「素のお前は嫌いじゃない」と、答えてくれた。

 




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