らい
2024-02-12 14:01:38
1396文字
Public こはひめ
 

食欲の秋

こはひめ/ペーパーラリー企画「〇〇の秋」/2023.9.24


 晴天のグラウンドに、砂埃が巻きあがる。栄光のゴールテープを切り、『一等賞』の旗ともに誇らしげに帰還する、年下のいじらしさといったら。
 事務所対抗の体育祭───暑苦しい行事は相変わらずHiMERUの趣味ではなかったが、鉢巻を揺らしながら「コッコッコッ。わしの勝利じゃ!」と高揚するこはくを眺めるのは、存外悪くない。


「こはくちゃ〜ん、でかした! 高級焼き肉を奢りまぁっす、ニキが」
「えっ⁉ 僕がっすか~⁉」
「あ? 文句あンのかよ、ええ?」


 羽交締めにする燐音に、ニキが「暴力に屈する僕ではないっすからねえ~!」と反撃する。ふたりが揃えば、青空の広がるグラウンドさえも、男子高校生の教室になるのだ。繰り出される関節技の攻防は、仮にもアイドルの肩書を背負った男たちの仕草とは思えない。HiMERUがため息をつくと、不意にこはくと目が合った。一着に舞い上がりすぎた自覚があるのか、苦し紛れにゼッケンの裾を引っ張って、はにかんでいる。冷静を装いたいが、それでいて喜びも隠し切れない。年頃の男子ならではのジレンマを抱えている姿がいとおしく、HiMERUはくすりと笑った。


「桜河、お疲れさまでした。見事な一着でしたね、おめでとうございます」
「おおきに。……何や恥ずかしいわあ、子どもみたいにはしゃいでもぉて」
「普段が大人びているので、たまには歳相応に殻を破るべきだとHiMERUは思うのです」
「そやろか?」


 困ったように笑うこはくに、HiMERUは「ええ」と頷いた。


「せっかくの一着ですし。高級焼肉をたらふく食べて、天城の財布を再起不能にさせるといいでしょう。椎名には……そうですね、カフェシナモンの特等席を貸し切って、絶品フルコースでも振る舞ってもらいましょうか?」


 こはくは「うん」と相槌を打って、黙りこんだ。天城、椎名と名前が続いたなら、次はHiMERUの出番だと考えているのかもしれない。


「もちろん、HiMERUも奢ります。スイーツでも、何でも」
「あっ。……堪忍な。乞食のつもりやなかったんやけど……
「構いませんよ。桜河の食べたいもの、なんでもHiMERUにリクエストしてください。なぜなら『食欲の秋』、なので」


 甘やかしすぎだという自覚はあるが、整えた口元が緩んでしまうほどに愛らしいのだ。世間一般の人間が小動物に癒されてしまうように、こればかりは致し方ない。行列のできるスイーツビュッフェの入場券か、あるいは秋の味覚をふんだんに取り入れた和食カフェの数量限定プレートか。もぐもぐと頬を膨らませるこはくの食事風景を想像していると、こはくは背伸びして、そっと耳打ちをした。徒競走から帰ってきたころの、無邪気なしたり顔。そこからは想像もつかないほどに微熱をはらんだ、低音のささやきを響かせて。


「HiMERUはんが、ええ」


 さすがに、調子に乗りすぎやろか? ───こはくは、いささか照れ臭そうにつぶやいて、燐音とニキの取っ組み合いに視線を反らした。ほんのり紅く染まった耳たぶが愛らしい。やっぱりこの子は、食べ盛りの男の子なのだと嫌でも実感する。


……考えて、おきましょう」


 HiMERUが絞りだした声は、思いのほか細かった。そうしてまた期待している自分も、すっかり食欲の秋に絆されているのだろう。