rei0103
2017-04-06 20:10:22
1021文字
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ガラスの靴には程遠い


玄関のドアを開けると、赤いパンプスが片方だけ転がっていた。
朝日が差し込むマンションの共用廊下に、ただそれだけがぽつんと転がっている。落ちている、と言ってもいい。だってこれは一応、落し物に分類される。無残にヒールの折れたそれを、落とし主が修繕するかどうかは別として。
「またかあ……
私は玄関から頭だけを出した格好で呟いて、左側へ首を巡らせた。落とし主のことは知っている。なにしろ今週に入って2回目だ。トータルで見ると、たぶんもう両手の指では足りない。
仕方なく廊下へ出て施錠する。かわいそうなパンプスを拾ってから、左隣の部屋の呼び鈴を押した。
一度目。
応答はない。
二度目。
応答はない。
三度目。
応答はない。
四度目。
押す直前に、ドアの向こうから慌ただしい足音が聞こえた。
「はいっ」
薄く開いたドアの隙間から、くぐもった声が応える。チェーンの向こうに、鴇色の髪がかすかに見えた。
「あ、どうも隣の初音です。靴、落ちてたので」
ぷらっと人差し指に引っ掛けたパンプスを揺らすと「ああっ」裏返った声がして一度ドアが閉まった。
「すみませんいつもいつも……あっ! 折れてる……
くしゃくしゃの頭をぺこぺこと二度下げて落とし主がパンプスを受け取る。無残に折れたヒールに気がつくと、がっくりとうなだれた。
「気に入ってたんですか?」
「ええ、はい、そうなんです……
私はしょんぼりと肩を落としたパンプスの持ち主を眺める。年は4つ上。背は私より少しだけ高いくらい。鴇色の柔らかそうな長い髪。私よりもずいぶん質量があるであろう胸元が、なかなか際どいところまで露わになっている。寝起きか。この女性は朝に会うといつもこうだ。
「巡音さん、気をつけてくださいね、ほんと」
私は唇の端に苦笑を滲ませた。夜に会うと、もう少しひどい。なにしろ人の部屋の前に週2ペースで靴を落としていく。
……本当に、いつもすみません」
彼女は心底申し訳なさそうな顔をして、くしゃくしゃの頭をぺこぺこぺこと三度下げた。私はそれに心配なんです、と返して大学へ向かった。


次の朝、私の部屋の前にパンプスは落ちていなかったが、ドアに紙切れが貼ってあった。
『いつも本当にごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、食事をご馳走させてくれませんか?連絡ください』
私は添えられた番号をコールしながら、どうやって年上にこんな危ない真似はやめろと言えばいいか考えている。