らい
2024-02-12 11:19:32
1673文字
Public その他・右泉
 

僕らの音楽

ゆたいず/2015.9.21 ※同棲ネタ


 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。眠りを妨げる電子音がけたたましく鳴り響く。ゆうたは枕に顔を埋めたまま、ゾンビさながらの鈍重な動作で片手を持ち上げた。右、左、斜め下、やっぱり左。がむしゃらに腕を彷徨わせて、ようやく”犯人”を探し当てる。わずかに出っ張ったボタンを叩き割るようにして、アラームを止めた。目覚まし時計との戦いには、もはや慣れたものである。兄であるひなたの”対ゆうたくん必勝起床法”に比べれば、何てことはない。詳細はここでは控えることにして、あと五分。あと五分だけでいいから、寝かせて―――意識の底に落ちながら、ゆうたは二度寝の体制に入った。
 はずであった。


「ゆうたくん、起~きて」
「ひっ!?」


 鼓膜が拾い上げた低音に、聴覚が拡張される。ゆうたは喉の奥から声を上げて、形振り構わず飛び起きた。アラームの再犯でもない、兄のひなたの仕業でもない。そうなると、犯人は決まっている。


「ゆうたくん、おはよう」


 妙にごきげんな笑みを浮かべる瀬名泉が、ベッドのふちで頬杖をついていた。しまった、また、やられてしまった。ゆうたは唇を噛みながら、泉を見返す。なにも今回が初めてのことではない。ゆうたがなかなか起きないとき、泉はこうして些細ないたずらを試みる。至近距離から囁かれる”起きて”の破壊力を、このひとは果たして自覚しているのだろうか。ゆうたは熱を帯びた耳たぶをおさえながら、「おはようございます」と低血圧全開の声色でつぶやいた。


「瀬名先輩、俺は耳が弱いって、何度も言ってるでしょ
「だって、ゆうたくん起きないんだもん」
「う~
「せっかくの休日なんだから、しっかりしなよ」


 泉がおもむろに立ち上がる。ゆうたの前髪をめくると、その額にちゅ、と唇を落とした。いったい何をされたのか理解するまでに3秒を要した。4秒経って、ゆうたはようやく「瀬名先輩!」と慌てて額を抑えた。口づけられた額に熱が灯り、頬が赤くなっていく。
 ゆうたくん、いい加減、慣れてよねえ。泉は口角を上げて、ハハッと笑った。


「いつまで経ってもピュアな反応するよねえ」


 ふたつ年上の先輩はいつだって意地悪だ。主導権を握りたがるし、年下の後輩をあらゆる手法で可愛がろうとする。泉と暮らし始めてから3ヶ月目。おおきな不満はさほど無いけれど、唯一の不満はそこにあった。
 俺だって、男なんだから。
 ゆうたは起き上がり、その場を立ち去ろうとする泉の手首を引っ張る。突然のことにバランスを崩した泉を、ベッドに引き倒した。ふわり、とふたりの身体が沈みこむ。自身の両腕の間に泉を挟み、まっすぐに見下ろした。


「俺はもう、ピュアなんかじゃないです。瀬名先輩の”かわいいゆうたくん”は、高校に置いてきたつもりです」


 なにかを言い返そうとした泉の唇を、キスで妨げる。ちゅ、ちゅ、と角度を変えながらついばむと、泉の表情はあっという間にとろけた。目先の快感に流される前に、ゆうたは唇を離す。泉は怪訝そうに目を細めて、顔をそむけた。


すっかり生意気になっちゃって」
「だから、言ったでしょ。”かわいいゆうたくん”は、もういません。もう、ただの”代用品”なんかじゃないんです」
「はあ?チョーうざぁい。そんなの当たり前でしょ」


 そう言って、今度は泉からキスをした。ゆうたの後頭部を抱え込むように、夢中になって口付ける。くちゅり、と濡れた音を響かせたあと、泉は自慢たっぷりにささやいた。


「俺だけのゆうたくん」


 かわいいゆうたくんはもういません、と宣言したばかりであるのに、ゆうたは子どものように声を上げて笑いたくなった。代用品でも何でもなく、世界にたったひとりの葵ゆうたとして見てくれていること。朝が来たとき、おはようと起こしてくれること。その声が、自分のためだけにあること。他人にとっては、何の変哲もない日常のひとつに過ぎないかもしれない。それでもゆうたにとっては、たまらなく嬉しくて幸せなことだった。