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g_g_i_i_e_e
2024-02-12 00:33:04
3304文字
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存外に湿りぬ
突発もち短文2
「オレは思うんだが」
テーブルの上でごろりんごろりんしている物体を眺めやって、獅子神は物憂く言った。
「渋谷の『多少動く』と梅野の『多少動く』って、だいぶ違うと思うんだよな。具体的には二十メートルぐらい」
「そこまで違うものか?」
テーブルの端からどんくさく転げ落ちかけて、獅子神の手の中におさまった物体に、村雨は顔をしかめる。違うね、と獅子神は断言した。
「それで改めて聞きてえんだけど」
「渋谷だ」
「
……
」
「私に『多少不自然な転がり方をしたり、側に置いていた食べ物が不自然に消えたりするぐらい』だと言ったのは渋谷だ」
「そっかぁ
……
」
村雨をまっすぐ見上げて、もよん、もよん、と小さく飛び跳ねつづけている、獅子神似の物体と。
獅子神の手の中に包まれて、「最初からこれが狙いでしたが何か?」と言いたげな顔をしている、村雨似の物体。
「そりゃこんだけ元気いっぱい動き回っても、仕方がねえな」
何せ言ったのがあの渋谷だ。
ま、多少跳んだり跳ねたりはしますがね、大したもんじゃありませんよ
――
そう言ってたやすげに押しつけてきた物体がもよんもよん跳ね散らかっていても、何一つ驚くべきことではない。
「
……
あなたが預かれないと言うのであれば、私から渋谷に連絡するが」
「別に、
……
いや、待てオレが? これ、オレが預かるのかよ?」
「在宅のあなたが飼うほうが理にかなっている」
「オレは在宅じゃなくて『在宅ワーク』なんだよ、わかる? よくあるだろ翻訳の仕事してる奥さんが在宅ワークだからって旦那が子どもを任せきりにして離婚する羽目になるって、いや別にこれがオレたちの愛の結晶だとかそういうことを言ってるわけじゃねえからな? わかってるよな? それに」
己には見向きもせず、村雨に向けてずっと何らかのアピールを
――
体力自慢か何かだろうか
――
している、己に似た物体を獅子神は指さした。
「賭けてもいい。少なくともこっちの方は、オレに飼われたいとは微塵も思ってねえ」
村雨は物体のもよんもよんをしばらく見守っていたが、やがて両手をおわんの形にして、物体の目の前に突き出した。もよん! と飛び移ったそれが、おわんの中にすっぽりと収まる。
「ぽいんぽいんとかいう感じかと思ったけど、意外に湿った音がすんのな、それ」
「そうだな、擬音で表現するならこう
……
」
ぬ、ぬ。村雨が苦労して発したそれに、それそれ! と獅子神も頷く。
「で、こいつは腹の音がさっきから『ぬうううううううう』って感じで鳴ってる。お前そっくりだわ」
「私の腹の音はそんな湿った音じゃないが」
「ステーキとか食わせていいの? フェルトとワタでできてんのに? あっこのクッキーですかそうですか、わかりましたよミニさめせんせい」
「その物体をおかしな名前で呼ぶな。こちらの物体をししキングジュニアと呼んで王冠を縫いつけてやるぞ」
物体がおどろおどろしい腹の音を鳴らしながら正確に向けた視線の先には、村雨の小腹を満たしてやろうと、バスケットに積んでおいた個別包装のクッキーがある。テーブルに村雨似の物体を安置して、クッキーの包装を切ってやると獅子神は、それをフェルト製の口元に差し出した。
「うわっ」
「どうした」
「何か
……
『ぬっ』、て引っ張られた感覚があった」
クッキーはすでに消えている。獅子神は物体を手に包み込んで持ち上げ、ためつすがめつ、その口元を確かめた。
「見たとこ汚れちゃいねえみたいだが
……
手入れはどうしろって?」
「全文英語だが、ゴローリンドットコムとやらいうアメリカのサイトにくわしく載っているらしい。例の街のドメインなら飼い主同士の情報共有も盛んらしいが、我々がそれを『外』から閲覧することは危険だからな」
かつて紐育と呼ばれたその都市のトップレベルドメインは
――
日本ならJPを使用するアレだ
――
HLだが、人間の世界のIPからそこにたどり着くことはできない。カラスのオークションサイトと同じく、特殊なブラウザを使用することによってもぐり込むのだが、そこらのダークネットとは比べものにならないほどの魔窟であることは言うまでもなかった。
何せ、シカゴで「.hl」のサイトを開いただけで、画面からグレムリンが飛び出してきて一家全員食われた、という馬鹿馬鹿しい噂まであるほどだ。
「あなたもクッキーを食べるか?」
手の中で機嫌良く揺れている物体を、覗き込んで村雨は問いかける。物体は照れくさそうに
――
表情はほとんど変わらないのになぜかとても照れくさそうだとわかる動きで
――
、もぞもぞと村雨の手のひらに顔を押しつけた。
「私と一緒にいられればそれで満足か、あなたは慎ましいな。本体とはえらい違いだ」
「こいつら食っても食わなくてもあんま関係ねえって! なのにこんだけ食うってホントお前にそっくりだわこいつ」
村雨似の物体はすでに三枚目のクッキーを「ぬっ」と吸い込んでいる。スマートフォンでゴローリンドットコムをチェックしながら、獅子神は指先でちょいちょいと物体のふわふわした頭を撫でた。
ぬっ、ぬっ、と撫でるたびに小さな音がする。
「ははぁ
……
」
「どうした」
「いやうーん、色々個体差があるんだなって」
「どんな個体差だ」
「オレに言わせんなよ自分で読めよ」
「何か性的な問題があるのか。
……
性的な問題? このフェルト製の物体に?」
「ちっ、ちげーよそうじゃなくて! ああああ愛情とか、そういう! そういうアレで素体に戻るまでの寿命が変わるんだと!」
「
……
」
村雨は、撫でられてへにゃりとテーブルに平たくなっている己似の物体と、獅子神の顔を見比べた。
「なるほど?」
「べ、別にいいじゃんお、お前だってオレが撫でたらへにゃってなるし」
「あなたの局部は私が撫でると随分硬直するようだが」
「人のことが言えるか! あっそいつ頬ずりしてる!」
「頬ずりぐらいするだろう、きっと私の手が好きなんだ。可愛いな」
「かわいい。か、かわいいのオレ」
「あなたに言っているわけじゃない」
ピシャリと言ってから村雨は、「それでどうする」とフェルトの塊をくすぐりながら尋ねた。
「この物体は昼行性か夜行性か、それとも眠らず動きつづけるのか?」
「そこら辺は飼い主に似てくるってよ」
「ならお互いの家に持ち帰るか?」
「
……
お互いに似てる方を?」
「マヌケめ、もちろん似てない方をだ」
獅子神は口を尖らせ、顎を引いて上目遣いに村雨を見た。
「
……
なんだ」
「まだこのサイトの説明全部読んでねえし」
「そうだな」
「こいつら引き離していいのかどうかもわかんねえし」
「別個体だろう」
「つ、つ
……
つがい的なアレかもしんねえだろ
……
」
「
……
フェルトとワタでできている物体がセックスを?」
「そういう話じゃなくてもっとメルヘンな! ふかふかした方向の! とにかくまだ色々わかんねえから今日はウチに置いたらいいって!」
「
……
これを?」
「
……
お前も」
どうせだから一緒に泊まればぁ? 獅子神は仏頂面でそう言い、村雨はしばし考え込む。
「まあ
……
その方が私も
……
快適ではあるが」
「そうだろそうだろ」
「だがこの物体どもが跳ね回るかもしらんぞ」
「格安の殿堂サマで鳥籠買ってこようぜ、オレが車を出すから」
「愛の結晶が見ているところでセックスはせんが、それでもいいのか」
「べ、別にいっつもセックスのためだけにお前を泊めてるわけじゃねえし」
愛の結晶、という部分はどう反応していいかわからなかったのだろう、獅子神は肩をいからせてそれだけを言った。
わかった、と、ジャケットのポケットに物体をむぎゅりと押し込んで村雨は立ち上がる。
「あなたは巾着でも探して来い。そのハチキレパンツポケットに詰め込んでは、私似の物体がせんべいのように潰れてしまう」
「わかってるよ」
所在なげにふんわりと物体を握り、こちらも立ち上がりながら獅子神はチロリと村雨を見た。
「
……
鳥籠にカバー掛けてもダメ?」
「ダメだ」
「ちぇっ」
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