スサ
2024-02-11 22:04:02
3226文字
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【ゲ/ほのぼの】妖怪ふとん隠れ

ちいこいきたちゃんとミズキサンの日常的な。父は目玉姿。

 日曜日は忙しい。
 日常的に母が何くれとなく家のことをしてくれる、大黒柱として一家の生計を支えている、とはいっても、母も年だし、嫁もいないし、水木本人が家事をしないで良いことにはならない。母のことを考えて早く嫁をとれとは周囲の人々によくよく言われることではあるが、養い子がなついてくれるというなら別だが、そうでなければ水木は誰かと添い遂げようとは思わなかった。自分の心には少しいびつなところがあって、戦争でそうなってしまったのか、もっと別の原因があるのかはわからない。けれど、養い子──鬼太郎といる時だけは、そうではない水木になる。それがわかっているから、水木は人並みの生活にさして興味はなかった。
 朝から忙しく洗濯を干して、布団を干して、男らしくないと笑う人間もいるが、知ったことではない。それに、そうでない人も勿論いて、えらいものねえ、うちの亭主に爪の垢煎じて飲ませてやりたいわあ、と良くしてくれるご近所さんも少なくない。わけあって古い友人の子を育てている、という理由に、男気を感じて立派だと良くしてくれる人も。
こーら」
 掃除、洗濯、と忙しなく家の中を立ち回る水木の後を、件の養い子、鬼太郎がくっついて回る。大きな頭に振られるように時々転びそうになるから目が離せない。けれど、にこにこ嬉しそうにくっついて回るものだから、可愛くて仕方がない。
「あっちで積み木してな」
「や!」
 水木の足にくっついて、鬼太郎はふるふると首を振る。片方しかない目がいっぱいに開いて、水木を見上げている。普段表情に少し乏しい、おとなしい子だが、休みの日にこうして水木にくっついて回る時は、にこにこと嬉しそうに笑っている。怒れなくて困る。
「しょうがないな
 水木は苦笑して、一度箒を置いて鬼太郎を抱え上げた。ぐんと上がった視線に鬼太郎が歓声を上げる。まだよく喋れないようだが、喃語よりはもう少しはっきりした言葉を喋る。
「きたろ~。お掃除しなくちゃいけないんだ、お手伝いしてくれるか?」
「あい!」
 抱っこされたまま、鬼太郎は小さな手を挙げる。意味がわかっているかはわからないけれど、機嫌が良いことは確かだ。水木は笑って、ゆらゆらしてやりながら器用に片手ではたきを取ると、小さな手に握らせてやる。
「落とすなよ」
「あい?」
 そのまま小さな体を抱えて障子に近づく。
「鬼太郎、ぱたぱたしてくれ」
「あたた」
 くくっと笑い、水木はふくふくした腕をそっと抑えて、はたきを動かしてやる。はたきの先が揺れるのを見て何度か瞬きしたあと、ぱっと鬼太郎は顔を輝かせた。控えめな変化だったが、水木にはわかった。
「ぱたた!」
「そう。ぱたただぞ、鬼太郎」
 鬼太郎の手がぶんぶんとはたきを振り回す。おっと、と水木は少し障子との距離をあけた。この子は力が強い。障子を破いてしまったら貼り直しだ。
「もうちょっと弱く、ぱたたって、そう、うん、いいよ」
 力を弱めてもらいたかったが、う? と首を傾げた後もっと強くはたきを振り出した養い子を見て、水木は弱くやってもらうことは諦めた。だが、なんだかおかしくって、かわいくて、幸せで、いいよ、と言ってしまった。いけないなあ、と思いつつ。

 朝外に干した布団をたたく時も、鬼太郎はうんしょとくっついてきた。裸足で外に出てこようとするのを止めて草履を履かせてやる。実は目玉の父親が「歩けるようになったらこれを履かせてやっておくれ」と下駄を持ってきたのだが、どうも転びそうで、水木はついつっかけのようなものを履かせてしまうのだ。まだ歩くのは少しふらふらしているように見えるし。もっとも、そんな風に危なっかしく思っているのは水木だけらしく、母にも時折呆れられる。
 水木が布団をぱんぱんとたたいていると、それすら面白いらしく、鬼太郎はかわいらしい歓声を上げてくっついてくる。ぽふんぽふんと揺れる布団が面白いのか、出てくる埃が面白いのか、特に意味はなくて、水木が朝からずっと家にいることが嬉しいだけかもしれないが。水木の勘違いかもしれないけれども、しかし、この子はずっと水木が家にいる時にこにこしていて片時もそばを離れようとしないから、完全に自惚れということもないと思っている。思ってもいいのではないか、と思っている
「水木さんー、いらっしゃるー?」
 と、玄関の方から声がする。お隣のご婦人だ。回覧板か、何らかのお裾分けか、はたまた釣書でも持ってきたか。さて、と水木は思う。
「親父どの、すぐ戻る。いいか?」
 ぴょこっと鬼太郎の頭から真っ赤な虹彩の目玉が飛び出す。最初は驚きもしたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「あいわかった。任されよう」
「頼むぜ」
 古風な言い方と少し高い声の組み合わせがなんだか愉快な気がして、いつも水木はふっと笑ってしまう。目玉のに何か言われたことはない。みー? と鬼太郎が小首を傾げたので、ぽんぽんと茶色いふわふわの髪をかきまぜ、すぐ戻るよ、と言い置いて離れた。鬼太郎はきょとんとしていた。後追いが激しい日もあるのだが、今日は本当にすぐに戻るとわかっていたのかもしれない。不思議なところのある子だから。
 推察は当たって、お隣さんが持ってきたのは回覧板だった。受け取って、そのまま世間話を始めようとするのをうまくかわして戻るまで、さほどの時間はかからなかった。が、鬼太郎の姿が見えない。
 物音もなかったのに、と一瞬焦り、目を離してはいけなかった、と自責の念に駆られたところで、水木は布団の下にのぞく小さな足に気づいた。よく見れば布団に影ができて、どうやら干している布団の間に入り込んで隠れている小さな子がいるらしいことがわかる。声を潜めているのは、かくれんぼのつもりだろうか? 鬼太郎はかくれんぼをするのが好きなのだ。
………
 水木は笑ってしまわないよう、とっさに口を押さえた。どうにも可愛らしくて困ってしまう。だが、きっと今頃、わくわくと布団に隠れてじっとしているのだろうから。
「鬼太郎はどこに行ったんだろうなあ」
 まったく、見ていてくれと言ったのに、目玉には一言言っておかなければ、と頭の片隅で思う。だが人間の理屈など、彼らの常識とは全くかみ合わないものなのだろう。
「困ったな、かわいいからさらわれてしまったんじゃあないだろうな」
 うろうろする足元が、困ったふりで呟く水木の様子が、隠れている養い子にどこまで見えていることか。全部見えていても驚かない。
 水木はじりじりと布団に近づく。あくまで声は鬼太郎を探しているものなので、もしかしたらまだわかってないかも。──水木が、鬼太郎がどこに隠れているか気づいていることに。
つかまえた!」
 がばっと布団ごと抱きしめてやる。小さな小さな妖怪は、きゃあと楽しげな声をあげ
「このいたずら坊主め」
 ぎゅうっと抱きしめて、それからしゃがみこみ、布団の中から鬼太郎を引っ張り出す。隠れていたり布団ごと抱きしめられたりしたせいで、髪がくしゃくしゃだ。片方だけのまあるい目はちっとも怖がっていなくて、遊びだと思っているのだろう。困ったものだが、一番困るのは、水木自身困っていないということだ。
「さて、妖怪ふとん隠れ。おやつにでもしようか」
 そのまま抱き上げて頬に唇を寄せ、目を細めてそう言ってやれば、ぱちぱち瞬きした後にこおっと笑って、短い腕と小さな手で水木の首にしがみついてくる。その背中を軽い調子でとんとんたたいてやりながら、まったく、布団をたたかにゃならんのだが、とやっぱりちっとも困っていない声で水木は呟いた。小さな子どものきゃらきゃらという笑い声が明るい空の下に流れ、人間でも妖怪でも関係ないなあ、と水木はしみじみ思ったのだった。いずれにせよ愛しい子であることに変わりはないではないかと。