らい
2023-10-29 21:10:19
3931文字
Public レオいず
 

メッゾ・フォルテ

レオいず+月永母(捏造注意)

「瀬名くん、ゆっくりしていってね」

 まるで春風を奏でるフルートのような、優しい声色だ。しかし、一枚の皿がゴトンと豪快に置かれたことで、月永家の血筋を感じずにはいられなかった。
 泉はこめかみを痙攣させながら、皿に乗ったアルミホイルを見下ろす。銀紙のすきまから顔をのぞかせているのは、特大の焼きいもである。なんでも祖母の家から大量に送られてきたらしい。レオの母は「毎日おいも祭りなのよね」と無垢に笑った。

……。あはは、ありがとうございます……

 泉は引きつる口元を必死になだめながら、台所に立ち去るレオの母に会釈した。今が、ステージの上ではなくてよかった。カロリー問題との死闘に明け暮れる姿は、お姫さまには決して見せられまい。
 昔の作曲した音源データが保存されたUSBを、実家まで取りに帰りたい。レオがそう言うので、月永家に立ち寄ったのだ。現在はフィレンツェで同居している身、軽い挨拶だけでもしておこうと同行したのだけれど、気がつけばリビングまで招かれていた。玄関をまたげば最後、あれよあれよと室内に通されて、レオの母による『まかない』に攻められている状態なのである。

……でっか……

 眼下に広がる焼きいもの重量感。泉はたまらず喉を鳴らした。食物繊維は豊富だが、特大サイズはいかんせんカロリーが高いのだ。しかしながら『息子の友達に、よくしてあげたい』という純粋な厚意を無下にするわけにもいかず、泉は藁にもすがるような思いでレオを見やる。真正面の椅子に腰掛けているレオは、ほくほくの焼きいもをはんぶんに割って、どんぐりを味わうリスのように頬張っていた。

「あっ、ルカたんが好きそう」

 レオの目線の先には、夕方のテレビ番組が映っている。愛嬌にあふれる女子アナウンサーが、デパート地下の新商品を食べ比べしていた。

『とろけるモンブラン!いただきま~す!』
「あ~っ!ルカたんが好きそう~っ!」
「二度も同じことを言うな~っ!」

 飼い主は、重大なカロリー問題に直面しているのだ。危機を察知するのが、従順なペットの使命ではないのか。泉は、レオの視界を遮るようにして、白い手の平を上下に動かす。もはや豪雨時のワイパーと化している腕に息を荒げていると、レオは得意げに鼻を鳴らした。

「一本まるごとは多いっていうんだろ、おれが半分食べてやるよ。だからセナ、安心しろ!」
「なぁんだ。わかってるじゃん」
「ふふん。長い付き合いだからな~」

 唇の端っこに、黄色の食べかすが残っている。親指で拭ってやると、レオは嬉しそうに胸を張った。背伸びに憧れる幼稚園児がそのまま大きくなったような男は、こうして頼られるのが好きなのだ。

「まぁ、ブラームスとドヴォルザーク?ショパンとリスト?その他諸々っ、こいつらの死後にも及ぶ友情歴には及ばないけど!でもセナとは十代で出会ってるから、早さではおれの勝ち!」
「勝敗の基準が謎すぎ……。いいから、ほら。あんたのお母さんが戻ってこないうちに……はいはい、あ~ん」

 ほっこりと焼けたいもに息を吹きかけて、ぱかっと割る。その半分を咥えさせると、レオは冬眠の準備を進める小動物のごとく、ほっぺたを膨らませた。
 ほんとうに、美味しそうに食べるやつだ。常日頃、フィレンツェで手料理を振る舞っている泉ですらそう感じるのだから、レオの母だってきっと愛おしく感じているに違いない。そんな息子が連れてくる友人にたらふく食べさせたい気持ち。納得はしていないが、理解はできる気がする。

……いただきます」

 カロリーの問題はさておき、出されたものに対してしっかりと両手を合わせることは、大切な礼儀である。泉もやや遅れて、焼きいもを手に取った。
 地元民しか知らないメロディーが流れる夕方のテレビ、冷蔵庫に貼られた「明日はお兄ちゃんがでる音楽番組」のメモ書き、Fight for Judgeのサビを延々と繰り返しながらフライパンを炒めるレオの母。なんてことのない一般家庭のテーブルで、柔らかな皮をぴりっと破き、上品にかぶりつく。口内いっぱいに、自然の甘みが広がった。ちっとも高級感のない、庶民的な風味だ。それでもここ最近で口にした食べ物のなかでは、なぜか一番舌に馴染み深く感じるのだった。

「あら、瀬名くん。もう食べちゃったのね」

 焼きいもを平らげたところで、レオの母がやってくる。レオいわく「必殺!猫かぶり!」の笑顔で、泉は自信満々に返事した。

「はい。チョ~美味しかったぁ」
「あらぁ。よかったぁ」
「れおくんのお母さん。いつも本当にご馳走さまです」

 とはいえ、目の前のペットに半分ほど食べてもらったのだけれど。モデルの体重管理はシビアなので致し方ない。れおくんのママ、一本まるごと食べられなくてごめんねえ、と心の中で詫びながら、泉は礼を告げる。レオの母も、息子そっくりの天真爛漫な笑みを咲かせた。

「そうだ。かぼちゃのプリンと、栗のロールケーキも食べてく?」

 目尻に刻まれた小じわが、年齢を感じさせないほどに愛らしくひしゃげる。ぴんと伸ばした姿勢をずこっと崩す泉に、レオはゲラゲラと笑った。



 薄明かりの街頭がきらめく夜道。『せっけん市場』と丸文字のフォントで書かれた紙袋をぶら下げながら、泉は帰路を辿りはじめた。レオの母に「手提げ袋、これしかないんだけど大丈夫?」と渡されたそれには、その場で消化しきれずに持ち帰ることにしたスイーツが入っている。
 一口だけ食べさせてもらって、あとはKnightsのメンバーに差し入れるつもりだ。できることなら、なるべく関係者以外には出会わずに帰りたい。例えば守沢に遭遇しようものなら、「せっけん市場!?俺のお母さんもよく使っているぞ!」と大胆に肩を叩かれるだろうから。
 残りの焼きいもを消化するレオを眺めながら、泉は溜め息をつく。めいっぱい食べても太りづらい体質というのは、実に羨ましい。

「あんたの家にお邪魔するたび、巧妙に太らされてる気がする……
「わはは。だったら、次からはセナは寮でお留守番でもいいんじゃない?」
「いや、そうもいかないでしょ。一緒に住んでる相手のお母さんに、ご挨拶もしないで帰るとかさぁ」
「真面目か!義理のお母さんも大切にしたい嫁さんみたいなこと言うなあ」
「はあ?なんで俺があんたの家に嫁いでる側なわけぇ?」

 泉がぐいっと顔を近づけると、レオは「すみません」と反射的に詫びた。普段からしつけているおかげで、飼い主の指導には素直に従うようになってきたかもしれない。それでこそ俺のペット!ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべながら、泉は話題を戻す。

「ていうか。本当に色んなものを食べさせてくれるよねえ。あんたのお母さん」
「おれがしょっちゅう連れてくるから、息子同然みたいに思ってるんだろ」
「それも、そうだけど。いっつも季節の食べ物が出てくるじゃん」

 下手すると、番組のロケよりも四季折々のデザートを振舞われているかもしれない。記憶の果樹園からフルーツを収穫しながら、泉は指折り数える。

「春は、いちごとデコポン。夏は、すいかとメロン。秋はさつまいもとかぼちゃと……栗。そして冬は───」
「ぶうぇっくうっちゅ!」

 住宅街に響き渡るほどのくしゃみを放つレオに、泉は失笑した。レオは頬を紅くして、鼻をすする。いよいよコートを羽織る季節が訪れたのかもしれない。外はすっかり夜のカーテンに覆われていて、そういえば肌寒かった。

「ちょっとぉ、風邪ぇ?」

 ふと尋ねると、レオはすかさず泉のポケットに手を滑り込ませてきた。新種の生き物のようにうごめいて、外に出ていた泉の指もしまおうとする。なにがなんでも暖を取りたがる、地球外生命体ぬくもり星人の襲来だ。

「なんで俺のポケットに入ろうとするの。あんたの上着にもあるでしょ」

 ジャケットの空き巣泥棒を追い出そうとすると、「セナのポッケがいいんだよ~」と訳のわからない理屈を並べて、幾度も侵入を試みようとする。いったん駄々をこねはじめたら、この男は止まらないし止められない。泉は無駄な抵抗を中断して、そのまま放っておくことにした。

「駅に着くまでだからねえ」

 そう約束すると、レオの唇から八重歯がのぞいた。柔らかな曲線を持つ頬が、秋夜の暗闇にとろけていく。

「ちなみに冬は、たぶんチーズフォンデュ鍋がでてくるぞ。締めはラーメン!」
「重……

 両手に纏ったミトンで、濃厚なチーズの絡まった肉たっぷりの鍋を運んでくるだろう。悪気のないレオの母を想像しながら、泉は苦笑する。けれども、不思議といやな感じはしなかった。

……みかんも出るのかな?」
「きっと雪見だいふくも出る!」
「それは、れおくんにあげる」
「至れり尽くせり、こたつ付きだぞ」
「冬のフルコースじゃん」

 ポケットに入り込んだレオの指先にそっと触れて、泉はふと抗争時代の帰り道を思い出す。桜が咲いて、太陽がわめいて、落ち葉が散って、粉雪が舞っても、はりつめた空気の温度は変わらなかったあの頃。ようやく色づきはじめた四季の呼吸が、愛おしくてたまらなかった。

「れおくん。その時は、半分食べてよね」
「ン~?」
「聞こえてるくせに。チョ~生意気ぃ」

 ポケットの中で繋がれた手を、更に奥まで引きずりこむ。レオはなにも言わなかったが、そのかわり五本指をぎゅっと絡めて、離して、ふたたび握り締めた。
 季節はこれからも巡る。きっと暖かなテーブルに、温もりを半分ずつ添えて。