らい
2023-07-22 14:12:02
2029文字
Public こはひめ
 

男飯一人前

こはひめ60min様/テーマ「山盛り」

 食堂は、空っぽの胃を満たすためだけに存在するわけではない。生き永らえるのに仕方なく食べる、最低限の生活さえ確保できれば構わなかった過去の自分には、頭でも打ったのかと驚かれるに違いない。

「そんでな、坊がやかましいねん。わしは子どもとちゃうんやから、ったく」

テーブルの向かい側に腰かけて、もぐもぐと咀嚼しながら『今日のできごと』を伝えようとする、桜河こはくのいじらしさといったら。肉厚のハンバーグ定食に、プラス50円で大盛りにした白米を、濃厚なデミグラスソースとともに頬張っている。まるで、大きな頬袋にひまわりの種をせっせと詰め込むハムスターのようだ。HiMERUはハーフサイズのミートパスタを絡めながら、つい微笑んでしまう。ややあって、訝しげなこはくと目が合った。

「何やねん、ニヤニヤしおってからに」

 小動物にだって、牙はある。本当にハムスターに生まれていたのなら、きっと通りすがりの猫にだって威嚇するだろう。両手を広げて戦闘態勢のポーズを取る姿を想像するだけで、口元が緩くなる。HiMERUはくすくすと笑った。

「ふふ。食べ盛りの男の子、とでもいいましょうか。実に愛らしいな、と」
「子ども扱いせんといて。……せやけど、HiMERUはんの言う通りかもしれん。最近ライブが続いとるせいやろか?食欲が止まらんっちゅうか……
……ほう」
…………正直、まだイケてまう……。期間限定、北海道産ほくほくポテト山盛りセット、頼んでも良え……?」

 タブレットのメニュー表とにらめっこするこはくに、さすがのHiMERUも危機感を覚えた。ここ最近、一緒に食事をするたび、油分の多いものばかり頼んでいるのだ。しょっちゅう現場が被る瀬名から嫌でも聞かされる「かさくん」と違って、身体の肉はそこまで付かないようだけれど。脂肪というものは過去の蓄積である。若いうちはよく食べるべきだが、仮にも職業はアイドルなのだ。栄養バランスの管理を指導するのも、年上の役目といえよう。HiMERUはフォークを皿に置いた。

「桜河。ストップ」

 液晶画面をつついているこはくの手首を掴んで、HiMERUはかぶりを振った。きょとんと首を傾げる姿には胸がきゅっと締めつけられるが、甘やかすばかりでは将来に影を落とす。HiMERUはふう、と一呼吸を置いて、こはくを見つめる。

「塩分の過剰摂取は、身体に毒……。さらに、油分と思春期のコンディションが重なって、しつこい吹き出物の原因にもなります。そして、何より……
「なにより……?」
「太るのです」
……やめとこ」

 つむじから伸びる髪の先っぽが、重力にしょんぼりと屈する。成長途上の少年から食を奪うのは酷だが、こはくの未来を案ずれば致し方なし。HiMERUは心を鬼にして、食事を再開する。ミートパスタを唇につけたとき、こはくが口を開いた。

「カロリーをセーブせなあかんっち事は……今度のスイーツ巡りデートも、止めたほうが良え……?」

 上目遣いで不安げに尋ねられる。勢い余って鼻にソースが付きそうになり、HiMERUは平然を装いながら咳払いをした。山盛りのポテトにNGを出されたことよりも、次回のデートが中止にならないかどうかの心配をしているのか。しゅんと垂れ下がった眉、広い額にキスをして、真昼間でありながら愛撫したくなる衝動に駆られてしまう。

…………HiMERUは、美味しそうに食べる桜河が好きなので……あくまで程々に、とでも助言しておきましょうか。次回のスイーツ巡りに備えて、『油分をむやみやたらに食べ過ぎない』を意識できるのであれば、HiMERUは構いませんよ」
「っちゅうことは……予定、なくならん?」
「ええ。もちろん」
「はぁ、ホッとしたわぁ」

 春の桜餅のように頬を丸くして、絵に描いたように『おいしいごはん』を体現するものだから、HiMERUの口元もつい蕩けてしまう。誰かと何かを食べてこんな顔になるなんて、昔の自分には想像もできなかった。食堂は、空腹を満たすだけじゃない。忘れかけていた愛おしささえも思い出させてくれる。
 そんなことを考えていると、不意にこはくの腕が伸びてきた。

「HiMERUはんにしては、珍しいんとちゃう?ほぉら、付いとんで」

 ミートソースが付いた口角を、さりげなく親指で拭われる。仮にも貴方より年上なのですよ、と拒絶する猶予もなく、ごく自然に。
 大人になるには、しっかり食べなくてはならない。けれども、適切な管理が必要なのだ。健康、体形、肌。それに、HiMERUの羞恥心を軽減するためにも。

「桜河。やはり残りのハンバーグとHiMERUのハーフパスタを、今すぐチェンジで」
「え!?なんで急に怒っとん!?怖!」

 年下の成長はあっという間である。半面、HiMERUはかつての思春期に戻ったようで照れ臭く、苦し紛れにパスタをすすった。