思い返せば、あっという間だった。「俺、ずっとファンだったんです!」「サインください!」「イラストを描いてほしいです!」「握手してください!」「連絡先を教えてもらえますか?」「お昼、一緒にごはんを食べませんか?」「今度ふたりきりで出かけませんか?」「付き合ってください!」「抱き締めてもいいですか?」「キスしたいです」「泊まりにいっても、いいですか?」───情事の温もりが色濃く残る毛布にくるまりながら、弓弦はこれまでの歴史を振り返る。高校二年生のクリスマスに運命的な出会いを果たしてから、わずか一年。いじらしい年下を甘やかしているうちに、あれよあれよと段階が進んでしまった。ふと気が付いたときにはベッドの上で丸裸、とうとう一線を超えてしまったのである。
「憧れの先輩と一つになれるなんて……俺、嬉しすぎて死んじゃうかも……」
むきだしの背にすりすりと頬を寄せる翠に、弓弦は額を抱えた。純潔清廉なイメージを貫くfineの一員が、同事務所の後輩に淫らなセックスを教えてしまったという事実。いつか素敵なパートナーと出会ったとき、清らかな交際を心がけるように。愛する桃李には、常々そう教育しているというのに。
肝心の指導役が性に溺れてしまっては、示しがつかない。情熱的な年下につい流されてしまった己の失態を恥じながら、弓弦は覚悟を固める。
「高峯さま……」
弓弦はふう、と息を吐いて、寝返りを打った。恍惚としたまなざしで余韻にひたる翠の頬をむにゅっと掴むと、怪訝そうに目を細める。そして、告げた。
「……セックスはこれきりです」
「えっ?どうしてですか?俺、ヘタクソでしたか……!?」
風船が割れたかのように焦燥する翠に、弓弦は言葉を詰まらせた。整った眉をしゅんと下げて、薄い唇をあわあわと震わせる翠に、心臓が高鳴ってしまう。表現不能の愛で奏でられる鼓動のリズムは、理性だけでかき消すことはできないだろう。
セックスが下手なわけがない。むしろ、身体じゅうの全てが性感帯なのではないかと疑ってしまうほどに絶頂に導かれた。キスを仕掛けるタイミングも、前戯の時間もちょうどいい。挿入時のサイズはいささか大きかったが、胎奥の淫部を的確に突いてくる先端は、何度も達してしまうほどにたまらない形をしている。要するに、身体の相性も良すぎた。今こうして密着しているだけでも腰が疼いて、内部の肉壁が敏感に収縮している。
弓弦は熱っぽい息を吐きながら、翠をじっと見つめる。一過性の快楽に流されてはいけない。姫宮の従者たるもの、穢れのない優雅な立ち振る舞いで徹底しなければならないのだから。
「いえ……大変お上手でございましたが……しかし……」
「俺のことが嫌いになったとかですか……?」
「そういったお話でもなく……」
「だったら良かったぁ。俺たち、表裏一体の相思相愛ですもんね……♪」
安堵の表情を浮かべながら、翠がきつく抱きしめてくる。全身いっぱいに無限の愛を伝えようとする翠にほだされそうになったが、弓弦はすぐさま我に返った。脳の裏側に渦巻く情欲ごと、そっと胸を押し返す。
「わたくしは、確かに高峯さまをお慕いしております。……ですが、これ以上セックスにのめり込んでしまうと、わたくしはわたくしで居られなくなってしまいます……」
「ええ~っ……?俺は、どんな伏見先輩も大好きですよ……?俺のまえでは、いろんな姿を見せてほしいっていうか……。……もう一回シたくなってきちゃった……かも」
翠の頭がすっと降りて、胸の突起に到達する。汗ばんだ肌につんと主張する飾りを唇にふくむ翠に、弓弦はたまらず喘いだ。
舌の上で無邪気に転がされては、ちゅうちゅうと吸われる乳首。身をよじるたびにシーツの擦れる音がして、甘ったるい刺激が走る。翠の後頭部を抱き締めながら、弓弦はいやいやと身悶えた。
「あぁっ……い、いけませんっ……お止めなさいと、申しているでしょうっ……」
「……やっぱり伏見先輩は、俺のことが嫌いなの……?」
「先ほども申し上げたはずです、お慕いしておりますと……ですが……あっ。……あぁっ。……わたくしは責任を負いかねます……っ」
「責任?」
「高峯さまに攻められると、わたくしの身体は情けなく蕩けてしまいます……。あなたが愛した『かっこいい伏見画伯』では居られなくなると申しているのです……っ」
絵を描くだけで、手作りのお菓子をテーブルに出しただけで、空中の凧を操るだけで───もはや口癖のように「画伯、かっこいい……!」と褒められてきた。だが、年下とのセックスに無我夢中で溺れている姿には、さすがに憧れを抱くまい。頭に思い描いた理想の花畑も、干上がって朽ち果てるだろう。
ところが、翠は予想外の行動を取った。ぱぁっと瞳を輝かせながら、両手をぎゅっと握りしめたのだ。
「だったら、俺が責任を取ります。俺と……結婚してください♡」
「はぁ……?」
鐘の音がリンゴーンと鳴り響く教会に、愛のかたまりが滑走していく。「俺、ずっとファンだったんです!」「サインください!」「イラストを描いてほしいです!」「握手してください!」「連絡先を教えてもらえますか?」「お昼、一緒にごはんを食べませんか?」「今度ふたりきりで出かけませんか?」「付き合ってください!」「抱き締めてもいいですか?」「キスしたいです」「泊まりにいっても、いいですか?」───ただでさえ止まらない進展が、「結婚してください♡」の一言で加速していく。まるで、超特急のジェットコースターにでも乗っている気分だ。最高速度が落ちることもない。恋愛のピークがことごとく更新されていく。
「あっ……そこっ……いけませんっ……」
「さっきから、『いけません』ってそればっかり……。伏見先輩、ほんとうに嫌……?」
「そ、そうではなくっ……」
「伏見画伯も、伏見先輩も、今も昔もずっとず~っと大好きです。俺、一生一緒にいたいなあ……」
「あぁっ……高峯さまの指が……中にっ……あぁ~っ……」
「ねえ、ダメ……?」
甘えたがりの年下に愛撫されながら、弓弦はコクコクと頷いた。二回目の挿入に乱れた息を吐きながら、快楽に染まった脳の片隅で考える。
結婚してください、の次は、一緒のお墓に入りましょうね、だろうか。いちど乗ったら、なかなか降りられない。とんでもない乗り物に担ぎこまれてしまった。
大胆に足を開きながら、弓弦は快楽の彼方にあるふたりの姿に想いを馳せた。
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