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らい
2022-08-25 21:03:48
3823文字
Public
てとひな♀
本日のマラソン⑲「王道じゃなくても花道です」
お題「休日」てとひな♀ ※ひなた女体化注意
誰もが知っている有名なテーマパーク。上機嫌にカチューシャをつけて、恋人とアトラクションを練り歩くのが、ひなたの夢だった。
付き合ってから、はじめての日曜日。ひなたの願望は、おおむね叶ったといっていい。緩急の激しい恐怖のジェットコースターに、白熱のレースを繰り広げたゴーカート。最高速度を目指すべく、ふたり掛かりでハンドルを握ったコーヒーカップ。腹を抱えるほど笑って、ひとしきり遊んだあとはランチを楽しんだ。ありきたりのデートでも、恋人と過ごすひとときはそれだけで特別だ。大方のアトラクションを乗り尽くしたころには、すっかりと日が落ちていた。
不穏な空気が漂うこともなく、順風満帆なデートを過ごせたと感じている。ふたりのツーショットだって、何秒もスクロールが必要なほどの枚数を撮影できたのだから。けれど、夢の達成ゲージが九十パーセントに到達したところで、ひなたの頭に大量の疑問符がなだれこんできた。意中の男子とデートする夢は果たされつつあるのに、どこか物足りなさが生じたのだ。
ふと空を仰げば、黄昏の夕焼けが広がっている。幼い頃から何度も拝んでいる光景なのに、まるで初めて見るような色をしていた。単なるクラスメイトとして遊んでいたころには、たぶん感じられなかった陽ざしの彩度。美しい夕暮れに焼かれて、やっと気づく。ひなたは多分、もっと進展したかった。愉快なアトラクションと美味しいご飯を満喫して、「また明日ね」と手を振る。これでは友人として付き合っていた時代と変わらない。せっかく両想いになったからには、恋人らしいことがしたかった。
昔は、片思い相手との貴重な時間を永遠に止めてしまいたい。そんな胸苦しさに苛まれていたけれど、いまは違う。今日以上に親密な関係性に変わった明日が、待ち遠しくてたまらない。大人の一歩に恋焦がれる、そんな切なさに変わっていた。
のんきにチュロスを頬張る鉄虎の腕を、ひなたは優しく引っ張った。
「ね、鉄くん。ラストに観覧車、乗ってかない?」
だから、恋人を試すつもりでロマンチックな場所に誘ったのだ。もちろん直前にはトイレに寄り、リップを塗り直して、万全の準備を整えた。2winkでは変化球を好むひなただけれど、今日ばかりは王道を期待していたから。
そうして観覧車に乗りこんで、早くも数分が経とうとしている。初デート・夜空の観覧車・ふたりきりの密室、こんなにも好条件が揃っているのに、鉄虎はちっとも手を出してこなかった。それどころか黙りこんで、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。
観覧車のてっぺんでファーストキスなんて、少女漫画ではよくある話だ。けれども、運命の一瞬が訪れるであろう頂上は、とっくの昔に通り過ぎていた。現在地は、おそらく時計でいうところの二時あたりに位置するだろう。狭苦しい箱のなか、もう何分も沈黙が続いている。
無言に耐えかねたひなたは「今日は楽しかったなあ」、「レアマスコットに会えちゃったね!」と話題を広げたが、肝心の鉄虎は「俺もッスよ」、「ラッキーだったッスね」と当たり障りのない言葉しか返さない。中身のある話かといえばそうでもないので、無理に相槌を打つ必要もないけれど。最近になって付き合いはじめた恋人のわりには、妙にそっけない。ひなたは訝しげに眉をひそめた。
「あのさ、鉄くん。
……
疲れちゃった?」
「え?
……
いや、まさか」
正面から尋ねると、鉄虎はすぐに首を振った。しかし否定こそするが、それ以上の会話が続かないものだから、ひなたも次第に口数が少なくなってしまう。
ESスクエアに所属しているアイドルは、可愛らしい女の子ばかりだ。恋のライバルだらけの環境において、両想いでいられるのは奇跡でしかなかった。まずは恵まれた現状にありがたく感謝すべきであって、なんでもない時間を過ごせるだけでしあわせだという自覚を持つべきなのかもしれない。
それでも期待して、勝手にがっかりしまうのは、鉄虎のことがどうしようもなく好きだからだ。初恋というものは恐ろしい。ひなた自身、決して高望みするタイプではないのに、夢見がちでわがままな人格を作りだしてしまう。とんでもない不治の病に、ひなたは溜め息をついた。
その辺の女子をとっかえひっかえする性欲旺盛な男の子ではないという点については、誠実に感じているけれど。友達だったころと変わらない遊び方に寂しくなって、ひなたは鉄虎の隣にひょっこりと移動した。ずいぶんと暇そうにしている腕にぎゅっと抱きついて、頬をすり寄せる。突然のスキンシップに驚いたのか、鉄虎の尻がちょっぴり浮いた。
「わわっ、ひなたちゃん!?急に、どうしたんスか!?」
「鉄くんは、ドキドキしないの?
……
なぁ~んか、こころが寂しい!ひとりで乗ってるみたい!」
「へっ?」
「キスぐらいしてくれると思ったのにさ。鉄くんの、いくじなし」
恋愛に慣れている女子だと誤解されたくはないけれど、一つひとつ言葉にしなければ、きっと伝わらない。五本指のすきまに手を這わせながら呟くと、鉄虎の背筋が大げさに跳ねた。耳たぶまで真っ赤にして、ぱくぱくと唇を震わせている。
慎重派の男の子は、これだから。絵に描いたような初心の反応に、ひなたは思わず「あはは」と茶化したが、軽快な笑い声は一瞬のうちに静まり返ることになる。黙り込んでいた鉄虎に、いきなり肩を掴まれたのだ。
「鉄くん?」
呆然とするひなたが名前を呼べば、鉄虎はふう、と深呼吸しながら俯いた。そうして数秒の間を置くと、水面から地上の呼吸を取り入れるかのように勢いよく視線を上げる。
「
……
いいんスか?
……
キス、しても」
愛嬌のある瞳に、欲望の炎が燃えている。未だかつて見たことがない雄のまなざしに、思わずひなたは頬を赤らめた。獰猛な虎に狙われる草食動物のように硬直しながら、微量の苦笑いを添えて視線を反らす。
「え
……
ええと
……
もしかして、許可制だと思ってた?」
「
……
がっつくのは、最悪じゃないッスか」
「急に静かになるから、びっくりするじゃん
……
」
「お
……
押忍。
……
す、すみませんッス」
真っ赤なゆでだこになる鉄虎に、ひなたもつられて照れ臭くなる。ふたりきりの観覧車という絶好のシチュエーションが、体温の上昇をなおさら加速させるのだった。
「ひなたちゃんとは、末永くお付き合いしていきたいッスから
……
」
「えっ?いや
……
えっ、なに?急に
……
なんか
……
なんかやだ!嬉しさが致死量!ゆうたくんを置いて死にたくないから、やめて!」
「『なんかやだ』って、ひどいッス
……
嫌ッスよ、死因が俺とか!」
「だって。
……
だってさ。
……
嫌じゃないよ。別に
……
キスされても」
「本当に?」
鉄虎との距離が、唐突に縮まる。力強く吊りあがった眉と、雄虎を彷彿とさせる鋭いまなざし。カメラの前では愛らしい八重歯をのぞかせて、やんちゃな少年みたいに笑うくせに。ひなたの頬はぷしゅう、と紅く染まっていく。身体じゅうの血液が煮えて、いまにも蒸発しそうだった。
「ひなたちゃん。
……
キスしていいッスか?」
「待って、心の準備!ハートのラジオ体操するから!あと十秒っ!待って、あ~お待ちくださいお客さまっ!お客さま~っ、お待ちください九っ、八、七
……
」
「もう、待てないッスよ」
斜めの角度にかたむいた鉄虎が、くちびるを寄せる。ひなたは静かにまぶたを閉じた。優しくて穏やかな感情が、やわらかな感触をともなって、キスに変わっていく。
いかにも健全な高校生らしい、そっと触れるだけのくちづけ。時間にすれば一瞬だったとしても、何物にも代えがたい永遠がそこにあった。
「顔、真っ赤だよ」
「はいッス
……
」
「キス、しちゃったね」
「押忍
……
」
「私、ほんとに鉄くんの彼女なんだ」
「当たり前じゃないッスか
……
」
「鉄くん
……
好きだよ」
「お、俺も
……
」
観覧車のてっぺんは通り過ぎて、打ち上げ花火がきらめくわけでもないけれど。熱を帯びた視線が絡みあって、ロマンチックな空気が吹き抜ける。ゆっくりと近づいてくる唇に、ひなたは再度まぶたを閉じた───その瞬間である。
「はい、お疲れさまでした。気をつけて降りてください」
「わーーーっ!」
「ぎゃーーーっ!」
観覧車の一周が終わり、地上に辿り着いたのだ。ドアを開けながら不思議そうにする係員に詫びると、ひなたは鉄虎の手を引いて、慌てて観覧車から逃げだした。急いで階段を駆け下りて、ぎゅっと手を繋いだまま、ふたりは夜を駆けていく。
「見られちゃったかな!?」
「分からないッス~!」
ぜぇはぁ、と息を切らしながら激走して、あはは、と腹を抱える。まるでコメディー映画でも観ているかのような笑い声。しわくちゃになった目尻。だらしなく緩んだ頬。たった今、初めての接吻を交わしたカップルとは思えないほどに艶がなかった。
ファーストキスを終えたあと、ロマンチックに指先を絡めながら、美しい夜空の下をのんびりと散歩する。そんな理想の王道はちっとも似合わないけれど、鉄虎がそばに居るだけで、どんな場所もスポットライトの輝きに照らされる。たとえ脇道に逸れたとしても、ふたりの思い出がきらめき続けるのなら。そこはひなたにとって、実におめでたい花道なのかもしれない。
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