らい
2022-08-20 21:28:31
5653文字
Public つかそら♀
 

本日のマラソン⑮「花束を持った彼女」

お題「プレゼント」つかそら♀ ※宙女体化注意 ※付き合ってます(苗字→名前呼びの変更あり)

 本人から直接リクエストされたわけではなかったが、宙には欲しいものがあるらしい。耳寄りな情報をくれたのは、隣のクラスである葵ひなたと、葵ゆうた。三人でファンシーショップに遊びに出かけたとき、宙はあるものを熱心に見つめていたという。

「よかったら、教えてあげよっか」
「知りたいでしょ?」

 でしょでしょ、と肩を組みながらニヤニヤと耳打ちする双子に、司は「いいえ、手助けは不要です。彼女が欲しいものぐらい、恋人である私は知っていますとも!」と意地を張ってしまったが、いま思えばヒントぐらいは提示してもらえばよかったのかもしれない。とくに宙の親友であるひなたは、人付き合いの下手くそな司を察して「どうしても分からなかったら、遠慮なく聞いてね」とウィンクしてくれたけれど、断った手前、どうしても連絡しづらかった。
とはいえ、価値のあるニュースを手に入れた以上、なんとしてでも宙の欲しいものを当てたい。ひなたへの救援信号は最終手段にとっておくとして、世話焼きの双子がせっかく教えてくれたのだ。見事に目的を果たし、報告するのが筋というものであろう。その日、司は「ス~ちゃん、お茶いれて~」とこたつで甘える凛月を放置して、密かに決意するのだった。


 ES所属のアイドルたちが頻繁に立ち寄るファンシーショップには、いかにも女の子らしいアイテムが立ち並んでいる。放課後デートの帰り道、うまく誘いだすことに成功した司は、ぴょこぴょこと跳ねる宙の姿を必死に追った。
 ピアスか?スニーカーか?宙の装飾品から予想しながら、一つひとつ確かめる。ところが、宙はいずれの売り場も流し見すると、軽快なステップを踏んだ。女の子といえばファッションに興味があるものだと予想していたけれど、どうやら違うらしい。

(落ち着きなさい、朱桜司!これはchessや、card gameの心理戦のようなもの!相手の動きをよく見極めるのです!)

 わはは~、それはちょっと違うんじゃないか~、とちょこまか動きまわるレオの幻聴が響き渡ったが、首ねっこをええいと掴んで放り投げ、司は観察眼を光らせる。
 すると、ふいに宙が立ち止まった。深く沈んだ紫の瞳をぱぁっと輝かせながら、司はチャンスとばかりに商品を確認する。意外なことに、そこは化粧品が並んでいた。宙には派手なメイクの印象がなかったから、司はすこしばかり慎重に尋ねる。

「ええと……cosmeticに興味があるのですか?」
「う~ん……

 四つの色で構成された、ピンク系のアイシャドウ。ゆっくりと手に取って、宙が振り向いた。

「つかちゃん。あのね」
「はい?」
「宙、最近いろんなお仕事で言われます。もっとお化粧したらいいのにって」
「はあ……そうなのですか?」

 真横に置かれたオレンジ系のパレットと見比べながら、宙が続ける。

「もちろん、まゆげをちょんちょんって書いて、まつげはくるんって伸ばすのは、宙もだいすきな~。お仕事するときは、ファンデーションもぽんぽん♪って叩くし。優しいメイクのお姉さんに、ちゃんとお化粧をしてもらうけど…………でも、おとなの人たちは、『お仕事以外でもメイクしたら?みんなのウケがよくなるよ』って。宙に求められているのは、お人形みたいな美しさなんです?」

 人懐こい柴犬によく似た、愛らしい眉。蒼の宝石が埋め込まれているかのような、輝かしい瞳。愛嬌のある、柔らかなカーブの口角。彼女候補になりうるかどうかの恋愛的な好みこそあれど、きっと男ならだれでも可愛いと評するだろう。司はさほど化粧に詳しくなかったが、今でもじゅうぶんに可憐な女の子なのだ。身だしなみを整えるのは大事なことだけれど、むやみに顔をいじくり回す必要はないというのに。

「宙は、このままでも平気な~?ひなちゃんや、ゆうちゃんも、そのままでもかわいいよって誉めてくれます。ししょ~や、せんぱいだって……でも、も~っときらきらのお星さまみたいに輝いたほうが、周りのみんなもハッピーです?……う~ん。つかちゃんはどう思いますか?」
「私ですか?」
「うん!宙は、もっともぉ~っと可愛くなったほうがいいですか?」

 頭のつむじからつま先にかけて、まるで稲妻が落っこちたような衝撃が走る。こてん、と不安げに首を傾げる宙に、司の胸はきゅっと締め付けられた。ア~カワイイ、としょっちゅう悶えている夏目の気持ちがよくわかる。基本的に人間以外の生き物は畜生だと信じてやまないが、小動物となれば話は別だった。か弱い彼女を守ってやりたくて、仕方がなくなってしまう。
 しかし、宙にとっては悩ましい事態なのだろう。そりゃあ、大好きな彼女がメイクして美しくなるなら、それはそれで見惚れてしまうだろうけれど。今のままでも可愛いに決まっているし、無理をして大人の階段を上がってほしくなかった。いったい誰だというのだ、大切な恋人にとんちんかんな助言をしている輩は。司はカァーッと熱くなって、宙の肩に勢いよく両手を置いた。

「な、な、なにを言っているのですか!あなたは今のままでも綺麗です!私の好きな宙さんは、ありのままに飾らないあなたです!」

 宣誓といわんばかりの声量で叫んでしまったものだから、商品の補充としていた店員がびっくりして振り返る。とつぜん口説かれた宙も、司の熱弁にきょとんとしていた。こはくといい、宙といい、保護すべき対象を思うあまり暴走してしまうのは、どうにも悪いくせだ。
 司は店員に一礼すると、語尾を小さくしながら「出過ぎた真似を……すみません」と宙にもじもじと詫びた。

「も……もちろん、宙さんが望むなら、makeにchallengeするのも素晴らしいことでしょう。きっと私は、美しくなったあなたに何度だって恋してしまうと思いますが……

 宙が持っているアイシャドウの角をつかんで、司はかぶりを振った。

……でも、あなたは別に、身だしなみに無頓着だからという理由で注意されたわけでもないでしょう?……『ああ、可愛くなりたい』って、自発的にそう思ったときに、makeを始めるなら別にいいんです。私も歓迎します。しかし……化粧したらもっと可愛くなるよ、美しくなるよ、ウケがよくなるよ。周囲の人々にそう諭されたからといって、makeを学ぶのは……私は、違うと思います」
「つかちゃん……
「あなたは、あなたらしく。……流される必要は、どこにもありません」

 愛する彼女が、いまよりも綺麗になるのは嬉しい。けれども気持ちだけ背伸びして、転んで、清らかなこころに怪我を負ってほしくなかった。自然に笑っていてくれたら、それで構わないのだ。
 司が言い終えると、宙はいくつかの化粧品を手に取った。チョコレート系統のアイライナーと、薄めのアイブロウ。春色のアイシャドウに、薄桃のリップグロス。魔法の宝石箱のような容器のチーク、艶っぽいパールがきらめくハイライト。最後に、下地とファンデーションを買い物カゴに入れた。
 どうか、無理だけはしないでほしいと諭したつもりだった。けれども、やはり周囲の意見が気になるのだろうか。望まない選択をしてほしくない司は、おそるおそる尋ねた。

「宙さんは……makeにchallengeするのですか?」
「うん!……でも───」

 宙は、元気いっぱいに振り返る。そうして司のブレザーの裾をつかむと、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

「お化粧するのは、つかちゃんの前だけな~?」
「えっ?」
「つかちゃんが何度だって恋してくれるなら、宙もお化粧してみたいな~って。今より、も~っと可愛くなりたい、綺麗になりたい!つかちゃんの言葉を聞いて、今はじめてそう思いました!」
「宙さん……
「もちろん、周りの人たちに流されたんじゃありません。これは、宙が決めたこと!だって宙は……

 森の動物たちとおしゃべりするプリンセスみたいに、宙はくるくると回転する。そうして司の正面でぴたっと立ち止まると、腰にぎゅっと抱きついた。

「つかちゃんのことが、だぁいすきだからっ!」
「そ、そらさん~!?」

 大好きな女の子のやわらかな温もりと、優しいシャンプーの香り。戸惑う司がどぎまぎと硬直しているうちに、宙はふたつ結びの髪をぴょこんと揺らしながら、遠ざかる。子ウサギのごとく跳ねて、別の場所に移動しはじめた。

「こ、こら……!shopで走ってはいけませんよ!」

 そんなものは建前で、ほんとうは宙に化粧品をプレゼントしたかった。司は、早歩きで慌てて追いかける。コスメ売り場を通り抜けて、最初のファッションコーナーを過ぎたところで、宙がふたたび立ち止まった。
 行儀よく並んだ、ふわふわのぬいぐるみたち。宙は、ちょこんとお座りする蝶ネクタイのくまを見つめながら、蒼の瞳をきらきらと輝かせる。暗闇の夜空に描かれた星座のように、司の心をまぶしく照らすのだった。
 数々の化粧品は、今日になって宙が自ら手に入れたいと考えたもの。以前から欲しがっていたのは、ぬいぐるみだったのだ。司は、更に上段を見ようと「高いな~?」とつま先立ちをする宙の頭を横切って、紳士のくまをひょいっと手に取った。

……よかったら、presentしましょうか?」


 いささか緊張ぎみに問いかけると、宙はぽかんと口を開ける。数秒の間を空けて、「HeHe~!」と驚いた。

「えっ!つかちゃん、宙の欲しいものがわかるんです?つかちゃんも、魔法を使えるの?すごいな~?」

 たんぽぽ色の髪が、アンテナのように揺れるのが愛らしい。司はおもわず「当たり前じゃないですか」と胸を張ろうとしたけれど、すぐにやめた。たったひとりでは、成し遂げられなかったことだから。にしし、とほくそ笑む葵双子を思い浮かべながら、司は苦笑する。

「実はね。ひなたくんとゆうたくんから、教えてもらったんです」
「HoHo~、そうなんです?」
「ええ、申し訳ありません。……恋人でありながら、人の手を借りるまで『あなたの欲しいもの』を察せられなかったことを、どうかお許しください。お姫さまに寄り添う騎士のくせに、格好が悪くて恐縮ですが……ここに誘ったのは、正直なところ下心です。私は、あなたのよろこぶ顔がどうしても見たくて───」

 愛する彼女にプレゼントをする。いたずらっ子の双子にけしかけられるまで、そこまでの発想に至らなかった。手を繋ぐだけでも緊張するし、デートだっておぼつかない。Knightsのラブソングはそつなく歌えるのに、現実ではなにをするにも四苦八苦の恋愛初心者だから。
 しかし、司の言葉はさえぎられた。宙の人差し指が、司のくちびるを押さえたのだ。

……カッコ悪くなんかないな~?宙は、宙のために一生懸命なつかちゃんが、だぁいすき!」

 司の腕に頬をすりよせながら、宙があどけない笑みを向ける。

……それに、宙たちはまだお付き合いしたばかりなので。欲しいものも、そうでないものも、ゆっくり知っていけばいいんです」
「宙さん……
「だから、つかちゃん。これからも、末永くよろしくお願いしたいな~?ありのままの宙も……お化粧した宙のことも!」

 そして、どんな宙にも何度だって恋してね。
 屈託のない笑みで笑うものだから、司の頬はぽっと熱くなる。春の陽だまりのような温もりが胸を包みこんで、曇り空のこころに、美しい彩りの花々が咲くのだった。
 小動物のようにすりすりと甘える宙に、司はそっと笑いかける。

「宙さんも……私にもっと恋してくださいますか?」
「もちろんな~?宙は、現在進行形でつかちゃんに恋してるので!」
……照れますね」
「つまり、うれしいってこと?」
「それ以外の感情がありますか?」

 素直に告げるのが恥ずかしくて、司は慌てて視線を反らす。まるでお姫さまのドレスみたいに制服のスカートをひるがえして、宙がにっこりと微笑んだ。どくりと高鳴る胸の裏に、またしても花が咲く。

……それでは、改めて。お近づきのしるしに───受け取っていただけますか?」

 真っ赤に染まった頬を取り繕うように、司はぬいぐるみを手渡した。どことなく騎士の自尊心を感じられる、誠実そうなくまの男の子。宙はわぁ、と喜んで、優しく持ち上げたくまとともに踊りだす。豪華なシャンデリアも、荘厳な玉座も、華々しいレッドカーペットもないけれど。司にとっては、愛するお姫さまの舞踏会だった。

「つかちゃん、ありがとう!宙、とっても嬉しいな~♪……HuHu~、おまえは今日から宙のおとうとです♪」
「ふふ。それでは会計を済ませてきましょうか」

 宙の手首をそっと掴んで、司は買い物カゴごとレジに向かおうとする。ところが、制服の裾をくいっと引っ張られた。

「お化粧品は、自分で買うな~……?」

 自身の手で選んだものまで貰い受けるのは、どうやら抵抗があるらしい。司はそれでも「いいえ、私が買って差し上げますよ」と粘ったが、宙がぷんぷんと唇を尖らせるので、仕方なく諦めることにした。
 そのかわり、メイクの似合う年頃の女性になったら。その時は、くまのぬいぐるみだけではなくて、とびきりの化粧品を選んであげよう。たった一人の男に対して可愛くなりたい、綺麗になりたいと伝えてくれた女の子に、心からのありがとうを伝えるために。

……せっかくだから、宙もプレゼントしたいです!……つかちゃんは、なにか欲しいものはありますか?」

 天真爛漫に笑ってみせる宙に、司はいいえ、と首を振った。

「私はもう、たくさんの贈り物をもらっていますよ」

 友達なんていらないと突っぱねていた荒んだ心に、素敵な花束をくれたひと。できれば、これから先の未来もずっと隣にいてほしい。司の願いは、ただそれだけだ。