らい
2022-08-11 20:55:31
2540文字
Public てとひな♀
 

本日のマラソン⑥「炭火焼き鳥、皮タレ・もも塩、つくねも追加で」

お題「夜」てとひな♀(ひなた女体化注意)

 夢ノ咲学院から自転車をしばらく漕ぐと、個人経営の無名コンビニがある。入店時のBGMは、くたびれたベルの音。レジには誰も立っていなくて、大声で「お願いしまぁ~す!」と呼ばないと出てこない。やっと登場したと思ったら、愛想の悪いオーナーの親父が会計をする。おまけに閉店時間は夜十時と書いてあるのに、夜九時半を過ぎたらとっとと閉まる。それでいて窓ガラスは二十四時間も曇っているのだから、清潔感のかけらもなかった。誰がどう見たって、きっと最悪な店だ。
 それでも足繁く通っているのだから、なんて物好きな奴なんだろう。ひなたは自嘲気味に笑って、雑草だらけのコンビニ前に自転車を急停止した。ほとんど客がいないのに、煌々と輝き続ける店内は『営業中』だが、時刻は午後九時。問答無用で電気が消えるまで、あと三十分といったところである。

「ふう~……なんとか間に合ったッスね」
「安心してる場合じゃないよ鉄くんっ、親父の気分で九時過ぎに閉まっちゃうこともあるんだからね!ほらほぉら、流星ダ~ッシュ!」
「そんな技はないッスよ……

 シャツがめくられた腕は、いかにも体育会系らしい。早く早くと引っ張ると、鉄虎はいささか困ったように笑って、「わかった、わかったッスから」と返事した。
 ひなたは、この瞬間が好きだ。もっとも、鉄虎はきっと友達全員にこんな顔をしているに違いなかったが、少なくとも現在、午後九時の夜空の下で、彼のなんでもない表情を独占しているのは自分だけ。ふたりきりの時間は、たとえ一分一秒でも永遠の太陽だ。月灯りが照らす往来さえも、陽気に包まれた真昼に変わる。
 クラスメイトの鉄虎とは、放課後のレッスンが終わったあと、たまにこうして寄り道をする。夢ノ咲の近辺にはコンビニが山ほどあるし、高校生の小遣いで腹ごしらえできる飲食店にも困らないが、最近は2winkも流星隊もそれなりに売れてきた。一般人に声を掛けられるケースが増えているのだ。ファンと話すのは苦ではないけれど、夢を売るアイドルではなく、普通の高校生として放課後を満喫したい日もある。
 ちっとも笑わない初老の店長に、いつもどおり会計を済ませてもらうと、ひなたは左手に持ったフライドチキンをビニール袋に入れた。最近は気難しくて一緒に行動してくれない、双子のゆうたへの土産物だ。右手には、自分用の炭火焼き鳥、タレと塩を一本ずつ。ついでに牛肉コロッケと、からあげ棒も買った。
 店を出ると、カルビおにぎりを頬張った鉄虎が、一足早く待っていた。ひなたは小走りで駆け寄って、自転車の椅子に腰かける。

「相変わらず食うッスね~、ひなたちゃんは」
「だって、レッスン後はお腹すくんだもん。……って、鉄くんは女の子にそういうこと言うんだ。へえ~、ふう~ん」
「え!?……ああ、違うッスよ!太ってるとかそういう意味じゃなくて、その……女の子って、カロリーがどうとか気にして、あんまり食べないじゃないッスか。でも、ひなたちゃんはおいしそうに食うんで、見ていて気持ちいいというか」
「じ~~~」

 じっとりと見つめると、鉄虎は「近いッス!」と声を荒げた。後ずさった拍子にぶつかって、自転車が倒れそうになる。慌てて支える鉄虎に、ひなたはけらけらと笑った。

「鉄くん、動揺しすぎじゃない?」
「ひなたちゃんが、すっごいジト目で俺を見るからじゃないッスか」
「あはは、本気にしないでよ。演技だってば。というか、そういう変な意味で言ったんじゃないことぐらい、私にはちゃんとわかってるし?……だって、鉄くんは優しいもんね」

 放課後のレッスンが終わったあとも、こうして寄り道に付き合ってくれる。よほど嫌いな相手でなければ、たぶん誰にでも「いいッスよ」と笑うのだ。それでも特別に扱われていると錯覚してしまうのだから、無自覚な男というものは恐ろしい。
 ほんの少しでも下心を抱いてくれているのなら、嬉しいけれど。当たり前の優しさでも、この一瞬が幸せならば何でもよかった。
 ひなたは、手に持っていた紙袋を豪快に破いた。

「まぁ、一般女子と比べてこんなに…………こんなに食べる私もどうなの?って感じだし。というわけで、どうですか?からあげ棒、おひとつ。安いよ安いよ~、ひなたちゃんの特別サービス!今なら鉄くん限定で、牛肉コロッケもおすそわけだよ~!」
「いいんスか!?」
「ふふ~ん。ひなたちゃんの恩情に感謝しろ~っ、とくと食べたまえ」

 鉄虎は八重歯をのぞかせながら人懐こく笑った。しわくちゃになった目尻が愛おしくて、ひなたの口角はとろけてしまう。
 大好きなひとがいる。その事実さえあれば、たばこの吸い殻が落っこちている小汚いコンビニさえも、シャボン玉の飛び交う楽園になるのだ。

「ひなたちゃんも、これ」
「え?」

 鉄虎は、ビニール袋に手を突っ込んだ。チャーハンおにぎりの封を開けて、ひなたの唇にくっつける。

「お腹、空いてるんスよね」
「そりゃあ、まあ。……死ぬほどレッスンしたけど」
「俺のぶん、半分こッス」
……って、鉄くん食べんの早っ!さっきまでカルビおにぎり食べてなかった!?」
「思春期の食べ盛りなんで。……あ、ひなたちゃんはゆっくりでいいッスからね。待ってるッスよ」
「うわ。何?今の気遣い。点数むちゃくちゃ高いんですけど……
「そッスか?漢の中の漢に近づけてるッスかね」
「やだやだ。これ以上カッコよくならないでください……
「?……よくわかんないッスけど、カッコいいに越したことはないんで……へへ、素直に喜んでおくッス」

 貰ったおにぎりを一口ずつ、それはもう丁寧に咀嚼しながら、ひなたは頷いた。
 本当は、こんなに爆買いしない。単純に太るから。それでも、この時間が、いつまでも続いてほしいから。ただの友達であるはずの自分を、ずっと待っていてくれるから。つい、いっぱい頼んでしまう。
 もっと買い足してしまおうか。炭火焼き鳥、皮タレ・もも塩、つくねも追加で。そう告げたら、鉄虎は驚くだろうか。食いしん坊だと苦笑されてしまうかもしれない。それでも、もっと味わいたかった。ふたりきりの時間を、心ゆくまで。