らい
2022-08-10 21:02:37
5449文字
Public コギりつ♀
 

本日のマラソン⑤「くるり、かざぐるま」

お題「夏祭り」コギりつ♀(晃凛♀)※凛月女体化注意

 クラスのみんなで、お祭りに行こうって話になった。
 ふと視線が合ったコーギーが「テメ~も来るだろ?」って、新たなダンジョンにわくわくする冒険少年みたいな声で尋ねてくるからさ。その他大勢のひとりじゃなくて、朔間凛月そのものに声を掛けてきたことがちょっぴり嬉しかったんだよね。元々キャーキャー騒ぐタイプじゃないし、「お~いいね」って低い声でニヤけながら賛同しただけだったけど。心の裏側では、わりと喜んでしまっていたように思う。
 昨年の夏は、ゆうくん監禁事件の後始末に追われていた。ボランティア生活だの、月ぴ~突然の帰還騒動だの、夏を満喫するどころじゃなかった。ま~くんが愛読してるエッチなラブコメディーみたいに、海水浴でビキニを披露するでもなし。キャンプの肝試しで手を繋いだりするドキドキ展開があるわけでもなし。恋のハプニングは置いておいても、クラスメイトとお出かけなんて夢のまた夢だと思っていた。
 でも、夢ノ咲の革命を経て、色んなやつらと喋るようになって。友達って呼ぶにはむず痒いけど、誰かとつるむってそんなに悪いもんじゃない。これまでの朔間凛月を知ってる奴らには「頭でも打った?」って戸惑われるかもしれないけど。高校生活最後の夏、みんなでお祭りに行く。ああ~青春だなぁ~って、心のなかに太陽がきらめくのを感じたよ。荒廃しきって、雑草すらも生えない砂漠みたいな昔を思うと、ほんとうに奇跡みたいだった。

 正直なところ、浮かれポンチ状態だったと思う。美容院でセットするのがだるすぎたから、『お祭り 髪型 おすすめ』で検索して、スマートフォンと睨めっこしながら気合を入れた。結局、美容院に行ったほうが楽じゃんってぐらい面倒だったから、は~くんに手伝ってもらったけど。「凛月先輩、美人さんですよ」なぁんて天使の声に褒めてもらいながら、黒髪の毛先をくるりと巻いて、優しくふんわりと束ねて。花の髪飾りなんかも付けちゃって。
 いま着ている浴衣だって、母上のお下がりじゃない。せっかくの夏祭りなんだから、わざわざ店に足を運んだ。店員さんの「可愛いですね!お似合いですよ!」なんてお世辞にも、めずらしく舞い上がっちゃってさ。
 海外のセッちゃんにも、「どれが似合う?」って候補写真を五枚ぐらい送ったっけ。「①は顔が暗く映る。②は安っぽい。③は……まぁ悪くない。④は太く見える。くまくんには⑤が似合うんじゃないの」ってバカ真面目にアドバイスもらっちゃったりしてさ。もちろん、ま~くんの部屋にも押しかけた。照れくさそうに「凛月、似合ってるぞ」だって。そこは「可愛いよ」って付け加えてほしかったけどね。今日ま~くんは来られないんだから、そのぶん誉めてくれたっていいのに。まぁ、そういう女心をよく分かってない童貞っぽさに、母性本能をくすぐられるわけだけど。
 ちなみに兄者には「凛月や、どうか吾輩にも見せておくれ」と懇願されましたが、無視しました。別荘を買ってくれたら写真の一枚くらいは送ってあげるって話をしたら、マジで海外のコネに電話を掛けはじめたから、必死で止めた。

 なんだかんだで楽しかったな。いまにして思えば、準備してる期間がいちばん楽しかった。
 香ばしい炭火のにおい。色とりどりの水風船。夜空に浮かぶ屋台の薄明かり。ま~くんも5秒で結婚式場を予約するレベルで世界一可愛い浴衣。心躍る要素はこんなにも揃っているのに、当日やってきたのは私と、コーギーだけだった。
 いや超ウケる。全然ウケないけど。メンツ七人もいて二人だけしか来ないとか、不仲説にも程があるでしょ。
 兵隊さんのとこの変態くんは「お頭との先約があるんですううううううううう!すみませえええええええん!」と事前に土下座されたからともかく、ナッちゃんは急な仕事が入って。カンカンは弟が高熱を出したから、実家に戻るらしい。他のふたりは、コーギーいわく「クソ赤毛は、モジャ眼鏡センパイの仕事を片付けてから来るってよ。アドニスは陸上部の後輩が落ち込んでるみて~で、とりあえず付き添ってる」とのこと。
 まぁ、途中から来るんだったら良しとするか。相手もコーギーだし───前向きに気持ちを切り替えようとしたら、びっくり仰天。コーギーは人混みをかき分けて、「とりあえず、行くぞ」って、さっさと歩き始めてしまった。
 朔間凛月さんはね、別に構いやしませんよ。付き合ってるわけじゃないし。ふたりきりで遊ぼうって、約束したわけでもない。要するにデートじゃないんだから、Knights級のエスコートなんて不要。だけど、心がどこかに置いていかれたような気がした。せっかくのお祭りなんだし、とびきり可愛くなってやろうと試行錯誤していた時間を、『とりあえず』の一言で葬り去られてしまったことが虚しかった。
 かわいらしく着飾った足元が既に重い。縁日のにぎわいを肌で感じながらも、実体がないから先に進めない幽霊にでもなった気分だった。夏祭りの香りとともに、コーギーの背中がすこしずつ遠ざかっていく。

「お嬢ちゃん。超かわいいね」
「はぐれちゃった?」

 最悪の事態は重なるもので、しょ~もない男どもにナンパされる始末である。まぁ浴衣を身にまとった朔間凛月ちゃんは世界一の美少女なので、通りすがりのメンズにモテるのも自然の理ですが。つやっけのない金髪をなびかせたラーメンもどきと、ツーブロックが失敗してタラちゃん一歩手前のおもしろヘアー。普通に過ごしていても女の子と付き合えないのに、お祭りの浮かれた雰囲気に乗じて一発狙おうとする魂胆。これまでの人生、オタクくんからイケメンまで色んな男に惚れられてきたけど、今夜の男どもは一段とキモすぎた。
 これが少女漫画だったら、まつ毛バサバサのコーギーが助けに来てくれるだろうけれど。視線の先を歩くコーギーは、腕を伸ばしても届かない距離にいる。
 コーギーのカノジョじゃないし。所詮、そんなもん。とりあえず、ゆっくりと手を上げてみた。お兄さん、そこにニキビができてるよ。よかったら潰してあげようか。思いっきり頬をぶん殴るつもりで。

「ぐるるるああああああああ!」

 だけど、予想は裏切られることになる。遥か彼方から人混みを切り裂いて、猛突進してくるワンコロが一匹。ま~くんが追ってる週刊バトル漫画の登場人物みたいに、異様な殺気をまとったコーギーが駆けてきた。

「テメ~ら!リッチ~に何しやがる!」
「ヒエッ!」
「困ってんだろうが!あぁん!?……オメ~もボーッとしてんじゃね~!」

 火山が爆発するかのような勢いに、ナンパ野郎どもがしりぞいた。コーギーは手首を無理やり引っ張って、混雑の波を駆けていく。わたあめ、金魚すくい、スーパーボール、くじびき、焼きそば、やき鳥、かき氷、フランクフルト、たこ焼き。後方に流れる屋台の景色を横目に、浴衣の胸元が乱れそうになる。それでもコーギーは走り続けるもんだから、おもわず声を上げた。

「あのさ。痛いんだけど」
……わっ、悪ぃ」

 女の子らしくない低い声で文句をいえば、コーギーはようやく止まる。

……大丈夫かよ」

 そうして、ばつが悪そうに髪をかきながら、ぼそっと尋ねてきた。女の子の扱いに慣れてないのが一目で分かる、ぶっきらぼうな態度。そもそもコーギーがさっさと歩いたりしなければ、ナンパに絡まれることもなかったのに。心優しい聖母だったら「ありがとう」と許してやったかもしれないけど、残念ながら性格は悪いほうなので、ふん、と鼻で笑ってやる。おまけに、冷ややかなまなざしを投げてやった。

「助けてくれたことに関しては、直々に誉めてやろう。……でも、女の子を置いてさっさと先に行ってしまったことについては、どうお考えですか?朔間凛月保護条例違反、罰金2億円ですけど」
「んだよその条例はよ!つか高ぇよ!」

 相変わらずツッコミのキレが冴えてるよねえ。とはいえ多額の罰金をむしり取ったところでにムカつきはおさまらないので、ぐっと顔を近づけた。コーギーはたじたじしながら、「すまねえ」と詫びる。はい、素直でよろしい。

……俺様のペースでさっさと行っちまったのは、悪かったよ」
「ふぅん。まぁ別にいいけど。クラスメイトと楽しく遊ぶつもりが、カノジョでもない女とふたりきりになったわけだしね。同情します」
「あ?」
「うわ、気まず……って思ったんでしょ」

 とびきり美少女に着飾ったって、くちから出てくる言葉はやっぱり可愛くなかった。カノジョでもなんでもない、ただのクラスメイトの女をエスコートする義理なんてないんだから、コーギーを攻めたって仕方ないのに。
 教室では軽口を叩き合って、他の男にはいえない本音も打ち明けられる仲だから、勝手に期待していたのかもしれない。少女漫画に登場するキラキラの王子さまにはなり得ないけれど、いつだって歩幅を合わせてくれるって、なんとなく信じてたから。
 一緒に行こうぜって、肩を並べてくれるだけで嬉しかったのに。ひとりよがりの感情に振り回されるのは、ほんとうに疲れる。夜の孤独には慣れたもんだけど、やっぱり昼の世界に生きすぎたせいだ。ひとりが寂しい。隣にいて楽しいって、『おなじ』気持ちが欲しい。簡単なようでいて、それが一番むずかしい。人間って、生きづらい。
 不貞腐れて俯いていると、コーギーがぼそぼそと喋りはじめた。

「気まずいっつうか……テメ~がいつもと違うから……
「は?」

 意図がよくわからなくて、おもわず聞き返してしまう。するとコーギーは、「うがああああああ!」と頭を振り乱して、肩をつかんだ。

「男としてどう楽しませてやるべきか、必死に考えてたんだよ!クソが!」
「はい?」
「浴衣を着てるテメ~が……女っぽいっつうか……いつものクラスメイトのノリで連れ回すのは、なんか違ェだろ……

 アルコールでも摂取したの?未成年飲酒は違反ですが?そう指摘したくなるほどコーギーの頬は紅く染まっていて、おもわず唖然としてしまう。
 なぁんだ。嫌がってるんじゃなくて、美少女の朔間凛月ちゃんにドギマギしてただけか。世の中に存在するありとあらゆる悩みは、意外と『考えすぎ』で解決するのかもしれない。はしゃぐ子ども、屋台のにおい、誰もが見惚れる可愛い浴衣。ああ、夏祭りは始まったばかりなんだ。胸の奥に詰まっていたモヤが、すこしずつ晴れていくのを感じる。そうしてニヤニヤしながら脇腹をつつけば、コーギーは「んだよ!」と声を荒げた。

「へ~……つまりは『よう!俺様の名前は大神晃牙!クラスメイトのみんなで祭りに出かけたら、リッチ~以外全員遅刻……だと!?最高のダチだと思っていたクラスメイトの浴衣姿に、急に女の子として意識してしまった俺は……来週も観てくれよな!ワオ~ン!』ってこと?」
「んがぁあぁあぁあっ、勝手にまとめんじゃね~っ!」

 ぐらぐらと肩を揺さぶるコーギーにふふ、とほくそ笑むと、がるるるる、と牙を剥かれた。え?なに?犬の散歩でもさせられてるの?面白さがこみ上げてきて、あははと声が出た。

「はぁ~、おもしろ。……ぜんぜん褒めてくれないから、興味ないと思ってた。そういうことなら話は早い。きみ、もっと浴衣を褒めなさい。……うわ、今のエッちゃんに似てない?」
「似てねえ!つか、なんで俺様が褒めなきゃなんね~んだよ!」
「うわ。そういうこと言うんだ。この日のために浴衣を選んで、髪をセットして、メイクでとびきり可愛くしてきた女の子に、そんな心ないこと言うんだ。かわいいの四文字すらいえないんだ?」

 女の子の免疫なさそうだしね。その辺は期待してないからまぁいいや。急に「可愛いぜ」って顎をクイッと持ち上げられたら、それこそ気色が悪いもん。コーギーってやっぱり王子様にはなれない。薔薇の花束もシャボン玉も、天地がひっくり返ったって似合わないよ。あまりの想像できなさに爆笑していると、コーギーはこっそり呟いた。

……きれ~だぜ」

 縁日のざわめきが、瞬時に凪いだ気がした。お祭りの民衆はどこかに消え失せて、広い世界にふたりきり。まるで太鼓みたいに、とくん、ときん、どくり、どくり。心臓の鼓動が、すべての音をさらっていく。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!射的、やっていかないかい!」
「おっ、いいな!おっちゃん、やってやんぜ!」

 射的のおじさんに声を掛けられて、コーギーは嬉しそうに返事する。今度はさっさと一人で進もうとせず、手首をぎゅっと引っ張ってくれた。
 置いてきぼりの心に、そっと風車が吹いたような気分だった。夏のにおい、夜のとばり、屋台のざわめき、心臓のどくり、どくり。色んなものを乗せて、胸の裏側にすとんと降りていく。

「おっ、最新のゲーム機があるじゃね~か!おいリッチ~、狙おうぜ!」
……合点承知」

 手渡された銃口をコーギーの胸に向けると、「あぶね~だろ!」と怒られた。げらげらと腹を抱えれば、コーギーも目尻をくしゃくしゃにして笑う。
 香ばしい炭火のにおい。色とりどりの水風船。夜空に浮かぶ屋台の薄明かり。きれ~だぜって誉めてくれた浴衣。蒸し暑いのはごめんだけど、夏のこの一瞬がずっと続いてほしいと願うのは、ちょっと都合が良すぎるかな?
 ねえ、どう思う?コーギー。