Jack pot!頭の中でぐるぐる回転するスロットから、大量のコインが飛びだした。絶好のチャンスが、ついに訪れたのである。司は、クラスメイトに隠れてこっそり背を向けると、よし、と拳を握りしめた。朱桜一族の長男にしてKnightsの王は、やはり豪運の持ち主なのだ。司は、ふふんと自画自賛しながら、元の姿勢に戻る。
黄昏色の空にきらめく観覧車。悲鳴のとどろくジェットコースター。風船を配り歩くマスコットたち。三学年の数名で高校最後の夏を楽しもうと計画された『遊園地思い出補完計画』も、いよいよ大詰め。くじ引きでペアを決めて、お化け屋敷に挑戦することになったのだ。
どちらかといえば、怪奇現象は苦手だ。醜態を晒してしまうのを警戒して、さほど乗り気ではなかった司だが、ESスクエアの強豪Knightsたるもの、運の実力も折り紙つき。なんとペアの相手は、春川宙だったのである。
招福宴で手を繋いだあの日から、ずっと気になっている女の子。恋愛には奥手なおかげで会話を仕掛けるのもやっとだが、幸いにも宙には未だに彼氏がいない様子。いますぐ惚れてくれとはいわないが、男として意識してもらうには持ってこいのチャンスだ。
「春川さん。その……コホン。よろしくお願いいたします」
満面の笑みがこぼれそうになるのを必死にこらえて、宙にそっと歩み寄る。ところが、肝心の宙はなぜか上の空である。腰の後ろに両手を隠して、ぶらぶらと横に動いたり。スニーカーのつま先で、とんとんと地面を叩いたり。どこか落ち着かない。
てっきり「つかちゃんといっしょで、宙はとってもうれしいな~!」とうさぎのように跳ねるのを想像していた司は、すこしばかり意気消沈する。温度感の違いこそあれど、かならず微笑んでくれるものと信じていたのだ。
「は、春川さん?」
司が恐るおそる尋ねると、宙はハッと振り返る。ふたつ結びの髪が、頼りなく揺れた。
「わう!……ごめんなさい。宙、ボ~ッとしてたな~?」
「ええと……どこか具合でも?」
「ううん。宙は……だっ、だいじょうぶ!」
一見すると天真爛漫なようでいて、口角はいびつに引きつっている。頭上に飛び出る疑問符をかき集めて、司はこれまでの記憶を掘り返した。ゴーカートで豪快に駆け抜けているときも、メリーゴーラウンドで手を振っているときも───遊園地のアトラクション全般は、目尻をしわくちゃにして笑っていたように思う。着ぐるみたちが大行進するパレードを鑑賞しているときだって、無邪気にはしゃいでいた。体調不良でないとするならば、一体なぜだろうと考えて、司はひとつの可能性に思い当たる。
私とpairになったのが、嫌なのでは……。
仏像のごとく硬直した司に、猛吹雪がブワッと襲いかかる。よくよく考えてみれば、今日のメンバーには仲良しのひなたや、光がいる。学年度の途中でようやく会話をするようになった自分とは違って、『お友達』の期間が圧倒的に長いのだ。
友人歴の浅い私より、気心の知れた彼らと一緒にいたほうが楽しいのでは!?───意中の相手とペアを組める。手放しに喜んでいた数秒前までの自分が、むしょうに恥ずかしくなってくる。今からでも相手を変えてあげたほうが、宙のためになるのではないか。司は、宙の親友であるひなたを探したが、既に先陣を切っていた。ならば、他の人物と交渉できないかと振り向いて、後続の一彩や、Ra*bitsのメンバーを見やる。だが、それより先に係員に声を掛けられてしまった。
「次の方、どうぞ」
やっぱりいいです、とは切り出せない段階に突入しまった。しかし、こうなったからには腹を括るしかあるまい。何時間もふたりきりで閉じ込められるわけでもなし。だとすれば自分にできることは、大好きな女の子を不快にさせないように、精一杯エスコートするだけだ。投げやりな態度で接するなんて、持ってのほか。大切なお姫さまを守り抜くのが騎士のさだめである。たとえ、予想外の反応に傷ついたとしても。
「……。春川さん。参りましょうか」
「はい……。つかちゃん、れっつご~……な~……」
夕陽のきらめきが、ずんと沈んだ宙を照らす。あからさまに曇りがかったまなざしは、弓矢のごとく殺傷力をともなって、司の胸に突き刺さる。覚悟を決めたとはいえ、つらい。恋のときめきに高鳴っていたはずの心臓は、かなしみの脈音となって、胃の底まで響き渡るのだった。
お化け屋敷の入り口をくぐり抜けると、そこは既に暗闇だった。おどろおどろしいカラスの鳴き声と、死者のうめきが四方八方から聞こえてくる。係員から渡された懐中電灯を片手に、司は慎重に歩きだす。一方で、半歩後ろを付いてくる宙は、叱られた柴犬のようにしょんぼりと眉を下げていた。
私のことが、ほんとうに嫌なんでしょうか……。
もしもの可能性が脳裏をよぎる。失望にまみれた毒矢を背にグサッと浴びつつも、司は負けじと歯を食いしばった。ひとりの女の子を置き去りにしたまま、こんな場所で崩れ落ちるわけにはいかない。
「私にお任せください。春川さんを絶対にお守りして……って、わぁーーーーッ!」
開始早々、いきなり白装束の女が現れた。血まみれの黒髪を振り乱して、うああと呻いている。不意打ちには驚かされたが、墓の背後からひょっこりと顔を出す女は襲ってこない。身の安全を確認して、司はふう、と息を吐いた。
「ふ……ふん。そのような子ども騙し、私には一切通用しませんよ。dietちゅうの瀬名先輩に『かさくんを見てるだけで、チョ~イラつく!』と理不尽にいびられるほうがよほど恐ろしいくらいです、ええ……ああ、大丈夫ですからね、春川さん。私の身を犠牲にしてでも、かならず貴方を───」
宙を振り返ろうとして、服の裾をくい、と引っ張られていることに気が付いた。司は不思議そうに首をかしげて懐中電灯を照らしたが、ぎゅっと掴まれた指先は、すぐさま離れていく。
「春川さん?」
「HuHu~……び、びっくりしちゃったけど、宙はだ、だ、だいじょうぶです」
視界が薄暗いためによく見えないが、声のトーンが低いことだけはわかる。様子のおかしさが悪化しているが、「だいじょうぶです」と言い切られてしまっては、余計な詮索をしづらい。ましてや「つかちゃんとのペアは、ちょっと……」と落ち込まれている可能性さえあるとなれば、やはり不調の原因を尋ねる勇気はない。三本の矢が脳天を貫いたかのような衝撃が走ったが、司はなんとか踏ん張った。
これまでだって、不屈の精神で切り抜けてきたではないか。己を奮い立たせて、司はキリッと眉を吊りあげる。
「どのような敵が襲ってくるかもわかりませんからね。慎重に参りましょう」
そうして声を掛けると、宙はこくりと頷いて───足元の壁から、まっしろな手が大量に飛びだした。ドンドンドン!と不吉な音を立てながら、司たちに群がりはじめる。
「わ~~~ッ!?」
「HiHi~~~ッ!」
突然の仕掛けに『ばんざい』のポーズで驚いたものの、あっという間に恐怖はひっこんだ。なぜなら胸元にまるい頭がひとつ。ぷるぷると震える宙が抱きついていたのだ。うっかり落としかけた懐中電灯を空中で見事にキャッチしながら、司はあわあわと唇を震わせる。
「は、は、はるかわさん……!?」
「く、くらいのこわい~……!おばけぇ~……!」
服の裾にすがる宙は、まるで母親に泣きつく幼女のようだ。わぁんと涙ぐむ宙のめずらしい姿に、司は唖然としてしまう。教室で視線が合うたび、春のたんぽぽみたいにふにゃっと微笑む、愛らしい彼女がほとんどだったから。
いつだったか嵐が気を利かせて、「宙ちゃんが出てるわよン♡」とインタビュー雑誌を見せてくれたことがある。取材記事によれば、たしか宙の苦手なものは『暗いところ』と書かれていた。光の失われた世界ではみんなの『色』が見えづらくて、ひとりぼっちの宇宙に放りだされた気持ちになるのだと。
「そういえば、春川さんは……darkな場所が、苦手でしたね。もしかして、ghostの類も……?」
宙に、嫌がられているかもしれない。司は、一線を引いてしまったことを後悔した。それこそ、彼女を怖がらせる要因のひとつであるというのに。極力やさしく問えば、宙はおもむろに視線を上げて、か細い声で「うん」と頷いた。
みんなの幸せを心から願う子なのだ。今日のメンバーは偶数だったし、無理だと断ってしまえば誰かがあぶれてしまう。たった数分の辛抱だからとぐっと堪えて、一生懸命ついてきたのだろう。
真っ暗なお化け屋敷に、落雷の効果音が響き渡る。宙は「ひえっ」と身を震わせたが、司の心は自然と晴れていた。絶望にまみれた暗雲のすきまから、一筋の光が射したような気分だった。
決して、嫌がられているわけではなかったのだ。真実が判明した今、騎士の使命をより一層、果たさねばなるまい。この朱桜司、大切なprincessをこの手で守り抜いてみせますとも!───胸の裏で士気を高めた司は、宙の両手をしっかり握りしめた。
「安心してください、春川さん!私があなたの護衛騎士として、かならずやgoalに送り届けてみせましょう!」
海色の瞳を潤ませながらきょとんとする宙に、司は「わ~っ!」と我に返る。あの日のライブでなければ、恋人として付き合っているわけでもないのに、勢いあまって手をつないでしまった。司は冷静になって振りほどこうとしたけれど、やわらかな感触が消えることはなかった。宙が、ぎゅっと握り返したのだ。
「つかちゃん。宙から、離れないでいてくれる……?」
身体じゅうに突き刺さっていたすべての矢がポロポロと灰になって、ハートの盾が膨らんでいく。司はかぁっと頬を赤らめながら、それでいて使命感を燃やす。愛の力を手に入れた騎士は、だれよりも強いのだ。
「もちろんですとも!このような陰気臭い空間は、とっととescapeしてしまいましょう!」
「つかちゃん……」
「心配は無用です。太陽にも負けない、あなたのきらめく笑顔を取り戻すためなら、私はなんだってしてみせます。なぜなら、は、春川さんの、にこにこと微笑む姿に、わ、わ、わ、わた、私は───」
「この恨み、晴らさでおくべきかァ~!」
告白まがいの台詞に割って入り、赤い眼の落ち武者たちが襲いかかってくる。目をきゅっと閉じる宙をかばうように背に隠して、司は「shut up!」と威嚇した。
「なんですか貴方がたは~!?現世に恨みがあるのか何なのか知りませんけどねっ、私はいま大事な話をしているんです!天祥院のお兄さまと重要なmeetingをしていたら、『スオ~、外で猫たちが縄張り争いしてた!テンシ~、どっちが勝つと思う?』などと気ままに割り込んでくるレオさんじゃあるまいしっ!私の許可もなく勝手に斬り込んでくるのは即刻やめていただきたい!ええ!」
「あっ、ハイ……なんかすんません……」
早口でまくしたてる司の圧に、仕掛け役の落ち武者たちが後ずさる。怯える宙の手を引きながら、司はその間を縫って歩いた。しかしながら、数メートルほど進んだところで、顔なしの男たちがわんさか湧いてくる。そのうちの一人が、宙の手首を掴んだ。
「つかちゃん~っ!宙、連れてかれちゃう~っ!」
慌てて腕にしがみつく宙に、司はとうとう躍起になった。無抵抗の女性を連れ去ろうとは、断じて許されない悪行である。怒りに震える拳を握りしめて、司はおばけの群れにびしっと指を差した。
「くあぁああっ、卑怯ですよghostの分際で!……春川さんっ、これを持っていてください!」
「わっ!?」
宙に懐中電灯を持たせると、司はひょいっとお姫様抱っこした。いつだったかの異国で凛月をおんぶしたときは、志半ばで崩れ落ちてしまったけれど。あれから成長して、女の子ひとりを抱えられるぐらいには力がついたのだ。
小柄な体重の宙をたやすく抱えて、司は出口の方角に舵をとる。
「さぁ……参りますよ、春川さん!」
「HoHo~、つかちゃん無双のはじまりな~♪」
憔悴しきっていた声が、ふたたび明るさを取り戻す。司はふん、と踏ん張って、おばけ屋敷を駆け抜けた。カマを持った修行僧の男も、床を這いつくばる長髪の女も、包丁を持ったカッパも───全力疾走する騎士の少年に、すべての幽霊が「うわ~っ!?」を腰を抜かしていく。
やがて、光射す出口が見えてきた。司は精一杯のちからを振りしぼり、最後の一歩を踏みしめる。
「checkmate……!goalです……!」
「HuHu~っ!」
夕焼けの陽ざしに照らされながら、司はぜえはあと呼吸する。そうして宙に「お怪我はありませんか?」と尋ねようとして、大量の視線を浴びていることに気が付いた。既に順番を終えたひなたはもちろん、多くのクラスメイトに目撃されていたのだ。
「キャーッ!みてみてっゆうたくんっ、純粋そうに見えてやることやってるぅ~!」
「キャーッ!みたみたっひなたくんっ、最近の若い子って進んでるぅ~!」
「手を繋ぐカップルはよく居るけど、お姫さま抱っこで出てくるひとは初めて見たかも……やっぱりKnightsの人って陽キャなんだね……世界が違いすぎる……」
「司くんと春川さんはそういったご関係で……!?ヒャ~っ、大人でござる……!」
「くぅ~……司くん、漢の中の漢ッスね……う~みゅ、見直したッス……」
「うにぃ~……おばけ屋敷を利用して春川に近づくとか、司キモ~イ……」
「気持ち悪いとはなんですか、気持ち悪いとは!大体ね、桃李くん。あなただって伏見先輩がいないと、ピーピーと泣き散らかすくせに……って、わああああ!これは……その……!」
ヒトは窮地に陥ると、内に秘めたパワーが覚醒するとはよく言ったものの、いくらなんでも度が過ぎている。クラスメイトの女の子を、恋人同士でもないのにお姫さま抱っこするなんて!───司は、耳たぶまで真っ赤に染めながら、宙の身体を慌てて下ろそうとする。だが、やわらかな衝撃が加わったことで、反射的に抱き直した。司の首筋に、宙がぎゅっと絡みついたのだ。
「つかちゃん、守ってくれてありがとう!宙は、とっても嬉しいな~♪」
「は、はるかわさん……!?」
宙にぎゅうぎゅうと密着されて、司の頬がぽっと熱くなる。外はすっかり夕暮れで、日も落ちはじめているというのに。皮膚の裏側にある心臓には、真夏の太陽がずっと燃えている。何本もの弓矢で心臓、背中、脳天を貫かれても生き延びることができたのに、今度はいとも簡単に焼け焦げてしまいそうだった。
しかし、宙を守り抜くという使命があるうちは、絶対に幽霊になってたまるものか。司はハート型の矢を無数に浴びながら、りんご色に染まった頬で立ち尽くすのだった。
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