らい
2022-04-10 17:44:25
884文字
Public こはひめ
 

沈黙の鮫

こはひめ/TwitterのSS再録(2021年5月15日UP)※ちょっぴり背後注意

「っはぁ、っ……

 頼りなく伸ばされた指先が、白のシーツに波を呼ぶ。こはくが首筋を吸い、鎖骨を舐め、耳たぶを甘噛みするたび、HiMERUは熱い息を漏らしながら、がさつな所作で敷き布を掴んだ。
 まるで、海に浮かぶ木の棒に辛うじてすがる漂流者みたいだ。甘く痺れた思考の片隅で、こはくは青空に揺らめく大海原を夢想する。握り締められたそれに刻まれるしわは、水面をのたまう波紋のようだった。

「そないに必死に掴まんでも、溺れんよ」

 ただの敷き物に助けを求めるHiMERUの指を、一本ずつ解いて、こはくは自らの首に引き寄せる。それから数秒も経たずに純白の海に帰ろうとする指を、「だめやて」と制止した。
 シャツを割り開き、胸の突起をくちびるに含めば、HiMERUの背が弓状に反れる。しかし声は出なかった。布擦れの音、その裏側に隠れて、色めいた吐息がこぼれるだけ。
 整った眉は歪み、目尻はとろけ、冷ややかな肌も紅潮しているというのに、HiMERUのくちびるは頑なに引き結ばれている。

「HiMERUはん。声、出して?」
…………
「なんでなん」
「っは、っ……
「わしが嫌いか?」

 不機嫌な声でそう聞けば、腹を空かせたサメのごとく首筋を噛まれた。熱を帯びた牙は濃厚な跡を残し、その後すぐに、こはくの唇もこじ開けた。歯列をねちっこくなぞったあと、薄い舌で口内にちょっかいを出してくるものだから、こはくの全身は、またたく間に煮えたぎる。
 頭の奥がぼうっと焼けて、身体じゅうの血液が沸きあがるのを感じる。快楽の底に引きずられるのは、結局いつも自分なのだ。

「わしは、やられたらやり返す主義やねん。覚悟せえ」
……はぁっ……は、っ……んっ……

 けれども、ほんとうは溺れさせたい。固く縫われたくちびるの糸をとっぱらって、愉悦の海に沈めてやりたい。細い身体をくねらせ、空気を求めて地上に顔を出し、えさを求めてあけすけに喘ぐ姿を見てみたい。
 桜河こはくという男を、おしゃれな水槽で可愛らしく泳いでいる熱帯魚だと思ったら、大間違いだ。