らい
2022-03-05 20:12:26
5076文字
Public レオいず
 

陽だまりのレストラン

レオいず♀ ※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

 昼休みのチャイムが鳴るたび、「セナぁ〜、お腹すいた!」と舌っ足らずにのたうち回るものだから、ふたりぶんの弁当箱を用意したのに。いつもより早起きして、肉と油が踊るフライパンを相手にしていた時間など、この男はきっと想像もしないのだ。
 泉はふん、と鼻を鳴らして、半分に切ったミニトマトを頬張る。歯にみずみずしく馴染む甘酸っぱさは、頭をすっきりさせる。けれども、視界の端で揺れる髪のしっぽは消してくれない。

「校門前は空きカンだらけ、サボタージュ続出で寂れた教室!体育館裏はカツアゲの嵐、廊下のポスターは画鋲だらけで蜂の巣だ!ああ〜っ、最低最悪の治安っ、どう考えたって名前負けしてる夢ノ咲学院!だけどおれの頭にはメロディーが鳴り止まないっ!焦土に帰したこの場所で、今日もおれは名曲という名の花を咲かせ続ける~っ!だっておれは、みんなのことがだぁい好きだから!エーデルワイスエーデルワイス、かがやけ永久に!わははっ」

 花々が生い茂るガーデンスペース。白のベンチで足を組み、黙々とおかずを食べる泉の足元で、レオは上機嫌に鼻歌を奏でている。楽譜のベッドに寝転がり、作曲に明け暮れていた。きんちゃく袋に包まれたもうひとつの弁当箱に気づくことなく、ひたすらペンを走らせている。
 別に、「セナぁ、お弁当つくって!」と頼まれたわけじゃない。ただ、廊下で遭遇するたびに「曲を書いてたら、お昼ごはんのこと忘れてた!」とあっけらかんに告げてくるものだから、栄養事情が心配になっただけなのだ。ただでさえ小柄で、一見すると女の子のように可愛らしいのに。ちゃんと食べなよ、と諭しても、母親が愛情を込めて握ったであろうおにぎりは忘れるし、ひどい時には財布を落っことしてパンすらも買わない。それでいて「セナのお弁当は、何度もおかわりしたくなる!味はおいしくって見た目もセナみたいに綺麗で、だぁい好きだ!だから、一口ちょうだい!」なんて悪びれもなく甘えるものだから。どうせ、自分のおかずを取られるぐらいならと、レオの弁当を作ることに決めたのだ。
 当の本人は曲づくりに夢中で、今日も今日とてランチタイムは気にも留めないようだけれど。ミニサイズながらも肉厚のハンバーグ、一口でも腹が膨らむミートボール、たこの形に切ったウィンナー、ふわふわのたまご焼き、すきまには見栄えが良くなるように栄養たっぷりの野菜も敷き詰めて。レオが好んで食べたがるおかずを仕込んだ弁当は、泉のスカートの横にぽつんと置かれたままだ。
 無理矢理せがまれたわけじゃない。泉が、勝手にそうしただけ。だから、作曲を楽しむレオが弁当箱に気づかないのも、致し方ないことだった。
 それでも泉は、むしゃくしゃしながらレタスを咀嚼する。「おれのために作ってくれたの?」と尋ねられて「別にあんたのためじゃないし!」と返す準備も万全だったが、あくまで徒労に終わったことに自尊心が傷ついた。世界が自分中心に回っているわけではないことは重々わかりきっている。見返りなんて期待していないはずなのに、察してほしいと願う女心はやっかいだ。特に、レオ相手には尚更のこと。

「チョ〜うざぁい。大声でバカみたいに騒がないでくれるぅ?」
「むむぅ。なんだよ~、しかめっ面なんかしちゃってさ。可愛くってきれいで、月でつくられたお人形さんみたいな美しい顔がだいなしだぞ!メイド・イン・ムーンのお墨付きなんだから、ぷりぷり怒るなよ~!」
「月産って、あのねえ……。まっ、瀬名泉という存在が、夜空に浮かぶ月と見違えるぐらいに美しいのは認めるけどぉ」
「ふふん。かぐや姫も嫉妬しちゃうぞ!UFOに乗って、『鏡よ鏡よ鏡さん、私よりも美しいなんて許さないわよ!』って、りんご型の睡眠ミサイルを地球に打ち込んでくる!そうして眠りについた白雪姫のセナを、おれがギターをかき鳴らしながら迎えにいって……
「なんか色んな話が混ざってなぁい?誉めてもらえるのは結構だけどさぁ、でもムカつくもんはムカつくわけ。いいから黙って作曲してくれるぅ?」
「ったく、機嫌わるいなあ。ピーピピピ、おれのセナアンテナ、いらいらの原因を解析ちゅう……。まぁ~たクラスの女子に悪口いわれた?モデルの仕事とられた?体重が増えた?それともお腹いたいの?」
「サイテー。もう喋ってやんなぁい」
「えっ、やだやだ!セナに嫌われたらおれ、生きていけない……!セナ不足で餓死する!」

 楽譜まみれの芝生からぴょんと飛び起きて、困り眉のレオが隣に座る。そうして泉の腰にぎゅっと抱きつき、駄々をこねた。もう高校二年生になるのに、レオはいつまで経ってもわがままを押し通したがる子どものようだ。頭のてっぺんに葉っぱを乗せたまま、泉のブレザーに鼻を埋めている。春の陽だまりみたいな温もりをともなって、ぎゅっと纏わりつくのだった。

……あっ」
「はあ?急に何ぃ?」

 甘えん坊のレオをよそにブロッコリーを食べていると、太ももが急に重くなった。ふと気になって見下ろせば、ひだの波打つスカートを泳いで、ぐっと腕を伸ばすレオが映る。やんちゃな指が求めた先は、長らく放置されたままの弁当箱だ。
 レオは花のようにぱぁっと顔を綻ばせて、高らかに喜ぶ。

「お弁当だ!」
……今さら気づいたわけぇ?」
「おれのやつ!?」
「じゃなかったら誰の分よ」
「作曲してたからすこんと忘れてたけど、おれ今ものすごくお腹すいてる!」
「だったら、とっとと食べなよねえ」
「ありがとうセナ~っ!時々ぷりぷり怒るけど、なんだかんだで優しいところがだぁい好きっ!」

 両足をばたつかせるレオが、しわくちゃに笑う。しかし、スカートに体重を乗せたまま弁当箱を開けようとしたので、泉はレオの耳をぐいっと引っ張った。『暴力反対!傷害罪で逮捕!』だの『残忍なターミネーターめ!シュワちゃん呼ぶぞ!』だの文句を並べるレオをしっかり隣に座らせて、泉はふたたび箸を運ぶ。なにげなく仰いだ空には雲ひとつなく、地平線に浮かぶ海を彷彿とさせる青が広がっていた。
 奪い奪われ、泣かされて笑う、夢ノ咲学院の抗争はすぐ傍にあるけれど、そんなものとは無縁の平和がここにある。いまを生きるだけで精一杯、傷だらけの今さえも───ガーデンスペースの緑、果てしなく広がる青空、そして春にきらめく太陽さながらのレオの笑顔が、眩しく照らすのだった。

「へひゃのおべんほうは、ぜっぴんふぁ!」
「もぐもぐ食べながら喋らないでよねえ。お行儀が悪いって、ファンの子たちに叱られちゃうでしょ」
「あれっ、ミートボールもうない!……うう~、おれのばか!もっと味わって食べればよかったっ、でもその刹那こそがセナのお弁当を輝かせる……けど、もったいない……セナのミートボール……
「はいはい、今度いれるときは多めに入れたげるから。ほぉら、とっとと食べないとお昼休憩、終わっちゃうよぉ?そっちのクラスは、今日は実技がほとんどなんでしょ~?あとで食べる暇なんて……
「あっ、瀬名じゃん」

 ふいに響いた声に視線を上げると、サッカーボールを持った男子が見えた。泉のクラスメイトだ。険悪な仲ではないが、親密な間柄でもない。座席が近いだけの顔見知りだが、時折こうして絡んでくる。普段は「最近のチェスやばそうじゃん」とか「男できた?」とか、下世話な会話ばかり吹っ掛けてくるから、適当にあしらっているけれど。今はレオがいるので厄介だ。レオは人の気持ちを考えるのが苦手な性分で、他の誰か、とりわけ男子と喋っていると「いまはおれとセナが話してるんだから、あっちいけ!しっしっ!」と邪険に言い放つことがある。学院内ではただでさえ浮いているのだから、余計なトラブルは避けたいところだ。
 ちらっと確認すれば、レオは箸をくわえたまま「がるるるるる……!」と威嚇をしている。ほぉら、言わんこっちゃない。肩に流れる月色の髪を気だるげにはらって、泉は睨みをきかせる。

「なんか用?ゆっくりお昼を食べてるんだから、邪魔しないでくれるぅ?」
「クラスメイトがいたら、ふつう話しかけるだろ。無視なんて悲しいじゃん!」
「座席が近いだけで馴れ馴れしくしないでよねえ。用事がないなら、さっさとサッカーしに行きなよ。お昼はもう食べ終わったんでしょ」
「いやあ、おまえら本当によく一緒にいるよなあと思ってさ」
「はあ?」
「前も聞いたけど、もしかしておまえら付き合ってんの?」

 予想どおりの展開である。ニヤニヤしながら尋ねるクラスメイトに、泉は溜め息をついた。目の前にいる男子に限った話ではないが、レオとの関係性をやたらと邪推されることが多いのだ。
 そもそもレオとは入学以来の腐れ縁、なりゆきで一緒にいるだけ。泉は、心のなかで何度もそう言い聞かせながら、交際疑惑に首を振る。夢を売るアイドルは、恋愛なんてご法度なのだ。堂々と付き合うなんて、ありえない。

「はあ?んなわけ……

 今回も、あっさり否定をするつもりだった。ただ、いつもと違うのは、隣にレオが居ることだ。レオは一見すると大雑把なようでいて、実は繊細である。「言葉にされると、微妙にしょっく……」とあらぬ方向に舵を振る可能性があった。だから、様子を確認するつもりで、なんとなくレオの顔を見やったのだ。
 しかし泉は、整ったくちびるをぽかんと開けて、呆然とするはめになった。てっきり泉に便乗して、「おれとセナはそういう関係じゃないぞ!」と啖呵を切ってくれるものだと信じていたのに───レオは予想に反して、箸をぎゅっと握りしめたまま、唇をかみしめていた。透き通った翠の瞳はとろんと座り、弁当箱を支える片手は忙しなく震えている。どんどん猫背になっていくレオの頬はほんのり紅く染まり、頭のてっぺんから今にも煙が噴き出しそうだ。

……おれとセナが、つきあってる……

 要するに、照れている。自由気ままに過ごし、破天荒に暴れまわるくせに、妙なところは純粋で、うぶなのだった。ふにゃふにゃと綿毛さながらに揺れるレオの輪郭に、泉もいよいよ恥ずかしくなってくる。思春期の男の子というものは、なんて単純な生き物なんだろう。『付き合ってんの?』と疑われただけで動揺するなんて、どうかしている。自分のことを本当に好きなのではないかと、あらぬ疑問を抱いてしまうではないか。
 そうこう葛藤しているうちに、「おっ、これはまさか~!?」と茶化してくるクラスメイトと視線が合った。泉は、弁当箱のミニトマトに箸を突き刺して、声を荒げる。アイドルらしからぬ叫びが、青空いっぱいにとどろいた。

「こいつはペット!勘違いしないでよねえ!」
「コエ~っ……!」

 クラスメイトは口角を引きつらせながら、そそくさと退散していく。一方のレオはといえば、至近距離で叫ばれたことに驚いたのだろう。まぶたをきゅっと閉じて、両手で耳を塞いでいた。

「怒鳴るなよ!鼓膜が破裂する~!」
「はあ!?いったい誰のせいだと思ってんのぉ!?お弁当没収するよ!」

 顔をぐいっと近づけて脅せば、レオは子を守るカンガルーよろしく大事に弁当を守りはじめる。ふんわり甘い卵焼きをもぐもぐと味わいながら、「やだ!」と反論するのだった。泉が想像している以上に弁当が嬉しかったらしく、いっさい手離す気はないらしい。ほんとうに、幼稚園児がそのまま大きくなったみたいだ。馬鹿らしくて、同時に愛おしさが込みあげてくる。思わず小さな笑みをこぼせば、レオも満足そうに喉を鳴らして、頬をふにゃりと緩ませた。脱力してしまうほどに幼く、春の陽ざしを思い起こさせる暖かな笑みだった。

「やっぱり、セナのお弁当は美味しいな~っ。三ツ星シェフの高級メニューより、五つ星ホテルの豪華ビュッフェより、セナのご飯がよーいドンっ、いちばんだ!」
「ふん。当たり前でしょ、瀬名泉は美しさだけに胡坐はかかないの。料理だって、完璧にこなすんだからねえ」
「セナぁ~、ありがとう!だぁい好き!」

 レオは絵に描いたようにニコニコとまぶたを伏せて、ぱくぱくと箸を運んだ。
 すっきりと晴れ渡る空の下に、太陽がもうひとつ。永遠の夜を彷彿とさせる夢ノ咲学院の闇も、今この瞬間だけは光の彼方に飛んでいく。『付き合ってんの?』と聞かれたら答えはノーだ。しかし真昼の街のように眩しく、あたたかな陽ざしをくれるひとときだけは、泉も嫌いじゃなかった。