らい
2021-05-29 20:04:22
3464文字
Public こはひめ
 

いきなりバカンス

こはひめ♀/ひめる女体化(性転換注意)/メルメル♀のおっぱいにラッキースケベしてしまうこはくちゃん

 言い訳は、嫌いだ。
 ただでさえ、外見を『愛らしい』と甘く評価されるのに、内面まで女々しくなってたまるものか。いくら個人の仕事が忙しく、レッスンの時間を充分に確保できないからといって、振りつけの習得が遅れる理由にはならない。
 それに、寝る間を惜しんで努力に明け暮れるアイドルは、この世にごまんといるのだ。ほんの一瞬でも怠惰を許してしまえば、『桜河こはく』というアイドルは自然と淘汰されてしまうだろう。


「こはくちゃ〜ん。ステップ遅れてんぞ」


 ESビルのレッスン室。燐音の手拍子に合わせて、こはくの靴音がキュッと響く。大鏡に映る姿は汗だくで、おぼつかない足元が反射した。
 のびのびと踊るニキ、しなやかにターンするHiMERU、その横で、電池ぎれ寸前のロボットよろしく、不器用なダンスを披露している小柄な男がいる。あまり直視したくないが、これが現実なのである。こはくは、歯ぎしりした。ダンスは得意な部類だと自負しているが、過密なスケジュールに忙殺されて睡眠不足、頭ではわかっていても手足が追いつかない。


……って、あかん)


 油断すると、すぐに理由を作ってしまう。こはくは大きな拳をつくって、自らの膝を叩いた。流れていた音楽が止まり、燐音が近づいてくる。


「どう考えても、本調子じゃないっしょ。連勤12日目の残業明け副所長みてェな顔してっぞ~?心底きちぃなら無理すんな、つか休め。そんで便所にでも行って、デッケェ一本グソでもキメてこい。すっきりすんぜェ~?快便は力なり♪」
「ぬしはん、それでもアイドルなん?今に始まったこっちゃないけど、ほんま下品やわ。……それに、わしはまだやれる」
「若いってのはいいねェ~。体力が底を尽きても、不屈の精神で食らいつく……。っくゥ~泣けるぜェ!そういう青春映画あるよなァ!まぁ俺っちは見ないけど」


 ああいうのは眩しくて、まぶたごと焼けちまいそうだよ。
 燐音はぼそっと呟いて、大きなあくびをした。


「とりあえず、この辺で一旦ヤメだヤメ。ニキとメルメルも休憩!今から、15分!ちなみに1秒でも遅刻したら、死刑に処する!」
「またまたぁ。そういう燐音くんが、一番遅れて戻ってくるじゃないっすかぁ~。なんなら、パチ屋に行っちゃうし……
「あ?口答えすんなや」
「あいてててててててェ!」


 暴力反対っ、おまわりさ~んっ!叫び散らすニキを羽交い絞めにして、プロレス技を仕掛ける燐音は相変わらずだ。しかし、こう見えて新曲の激しい振りつけを難なくこなしているのだから、大したものである。
 忙しくなければ、もっと時間が取れていれば───思考のすきまに、言い訳が襲ってくる。こはくは、ぶんぶんと首を振って、ため息をついた。


「桜河は、過密なスケジュールで身体が悲鳴を上げている……。HiMERUは、そう推理しますよ」


 すると、HiMERUが歩み寄ってきた。汗が滲んでもなお涼しげな表情を浮かべながら、首筋にまとわりついた髪を両手で払いのける。清潔感にあふれる、白のTシャツからはみでる腕は、折れそうなほど細い。それでいて、可憐な女子特有の儚さを感じさせない、力強い美しさがあった。HiMERUは、いつだって完璧である。
 しかし、華奢な女子ですら高難度のダンスに食らいついているというのに、足が震えるとはいったい何事か。一人前の男なら、どんなに疲弊していたって、きっと凛々しく振る舞えるのに。理想とは程遠い有り様に、情けなくなる。


「天城も、ああ見えて……一応、桜河のことを気に掛けているのですよ。まったく、不器用な男なのです。とにかく桜河は、今この時を無理するべきではありません。あの男と意見が合うのは癪ですが、HiMERUはそう思います」
「おおきに、HiMERUはん……。せやけど───」


 こはくは床に両手をつき、大股を開いて座る。腰を下ろしたというよりは、重力に屈した。固まった足をほぐしながら、HiMERUを見上げる。
 練習用のシャツに着替えているおかげで、身体のラインがはっきりと浮かんでいる。ほっそりとした首筋、艶やかな鎖骨、優美なシルエットの肩。そして下から眺めているせいか、胸の柔らかな曲線がより強調されて、こはくの視界に飛びこんでくる。道中までは細いのに、急に外側に膨らむそれをしばらく眺めたあとで、こはくは慌てて咳ばらいをした。
 男の本能というものは、つらい。燐音を下品だと罵る資格は、果たしてあるのだろうか。ため息の尺が、どんどん長くなる。


……わしは、心配されるほどヤワな男やないよ。今に見とき、すぐに追いついたる。あそこでゴング鳴らしてリングを展開しとる阿呆どもが、腰抜かして『桜河こはくさ~ん!』と手の平返す姿、HiMERUはんにも見せたるわ」
「どのような困難にも決して屈しない……。それは、桜河の長所でもありますが……しかし時には、休憩も必要なのですよ」
……いま頑張らんと、わしは落ちぶれる一方や」
「無理をして、怪我する可能性もあります。そうなると、元も子もないのでは?HiMERUは、警告しますよ」


 美しく整ったHiMERUの眉が、いびつに吊りあがった。物静かに呆れ果てることはあっても、語尾を強めることは少ないから、物珍しい光景である。
 他人には興味がないふりをしているくせに、いざ倒れそうになると寄り添おうとする。HiMERUという人間は、本当によくわからない。わからないと同時に、心の奥底にろうそくで火をともして、あたたかな感情を呼び起こしてくれる生き物でもある。
 これが、ひとの優しさというものだろうか。座敷牢の外にあるこの世界は、まだまだ知らない感情が沢山ある。その事実が、すこしだけ嬉しい。
 こはくは小さく笑った。そうして天井を仰いで、一息つく。いざ冷静になって考えてみれば、過剰なまでに焦っていたのかもしれない。


「HiMERUはんには、諭されてばかりやね。おおきに」
「ふふ。HiMERUは年上の女性ですから、年下の男の子を導くのは当然のことなのですよ」
「こども扱いは余計やわ。………まあ、ええけど」
「まずは、ゆっくり休憩してください。水分補給も、欠かさずに」
「さっき飲み干してもうた!自販機で買うてくる。HiMERUはんは?」
「HiMERUも、コーラを飲みたい気分なのです。外の新鮮な空気も浴びたいですね」
「せやったら、一緒に行こ」
「ええ」


 柔らかな口角を浮かべたHiMERUが、片手を差しだす。こはくは愛嬌たっぷりに笑い返して、その指先に支えられながら立ち上がる───はずだった。思いのほか勢いよく引っ張られたものだから、足元がまごついたのだ。
 ぽふん………
 突如として光が遮られたこはくの視界に、可愛らしい衝撃音が鳴り響く。とつぜん息苦しくなる鼻、謎の安心感に包まれる頬。柔らかな感触が、脳ごと溶かしていく。そして、しばしの沈黙のあと───違和感の果てにある結論をたぐりよせた。
 こはくは、HiMERUの豊かな胸に、顔面から突っ込んでしまったのである。
 額で押し潰した胸は、想像以上にやわらかい。汗を流したはずなのに、せっけんの香りがする。女の子の不思議に触れて、こはくは真っ赤になった。太陽を浴びた砂浜のような熱をともなって、足のつま先から頭のてっぺんまで焼き尽くされる。


………わざとやないで」
「ええ。わかっていますよ。気にしないでください」


 おもむろに顔を剥がせば、HiMERUは引き締まった目元を綻ばせた。夏の氷水を彷彿とさせる涼しげな表情に、こはくの羞恥心は加速する。
 灼熱の温度に触れて、じゅわっと蒸発してしまわないだろうか。HiMERUは、きっと気にも留めないだろうけれど。


「HiMERUはん。……わし、先に用、足してくるわ」
「はあ。そうですか……わかりました」
「おうおう、イッてこい~」


 床に突っ伏し、ダイイングメッセージを残そうとしているニキの隣で、燐音がニヤけながら手を振った。相撲取りになって場外にはっ倒してやりたかったが、あいにく反撃している余裕はない。
 頭がぼうっとする。まるで常夏のビーチに立ち尽くしているみたいだ。一旦、思考回路にパラソルをして、のんびり寝たほうがいいのかもしれない。
 こはくは前屈みになって、たどたどしい足取りでレッスン室を後にした。