らい
2021-04-24 20:08:25
8074文字
Public つかそら♀
 

いつかのラプンツェル

つかそら♀(宙女体化)※性転換、呼称改変注意/司宙ちゃんの青春片思いシリーズ③




 渡り廊下の窓から、ひょっこりと顔を出せば、そこには紅葉がならんでいる。太陽がきらめき、ひまわりが揺れる季節はあっという間に色あせて、豊かな秋がやってきた。
 宙は、小柄なからだをうんと伸ばして、すう、と息を吸う。頬をすべる風はつめたいけれど、鼻を通り抜ける枯れ葉のにおいは心地よい。学院のだれもが見慣れていて、気にも留めない風景さえも、宙にはいつだって新鮮に映る。窓を開けたなら、そこは宙にとって、どこでも美術館になるのだ。
 りんご、みかん、れもん。くだもの屋さんみたいな色!───秋風に踊る紅葉たちを数えていると、ふと見覚えのある赤い気配が、宙の視界に現れた。秋に染まる木々の影で、『お友達』の朱桜司がたたずんでいる。宙のふたつに結んだ髪が、宇宙船のレーダーさながらにぴょこんと跳ねた。事務所も、クラスも一緒なのに、最近はちっとも喋れていないのだ。仲良しの友達を、たまたま発見するという偶然が、おおげさな運命に思えるほどに嬉しかった。


「つかちゃあん!」


 二階の窓から身を乗りだし、手をぶんぶんと振る。ところが、司はなにやら携帯を眺めているようで、宙の声は届かない。
 宙は、アクションゲームに登場する嵐の魔神のごとく、「すうう!」と息を吸う。そして、もういちど「つかちゃあああん!」と叫んだ。びゅう、と風が吹いて、三秒後。宙の呼びかけに気がついた司が、ゆっくりと視線を上げた。司のてのひらが、左右に揺れる。気品にあふれるぶどう色のまなざしとともに、宙を射抜いた。
 名前を呼べば、手を振り返してくれる。当たり前かもしれないが、宙にとっては幸せなやりとりである。「うわっ!宇宙人だ!」とか、「フツウジャナイ病がうつるぞ!」とか、幼少時代のごとく逃げられることもない。ごく普通の反応すらも、宙には、水底に眠る真珠みたいな輝きを放つのだった。
 久しぶりに会えたのが嬉しくて、居てもたってもいられない。宙は、身軽にジャンプして、窓枠に乗っかった。特技は、パルクール。二階から地上までの道のりは、お得意の散歩コース。いつぞやの節分祭でも、衣更真緒の豆まきを華麗に交わしたほどだ。壁面移動は、お手のものである。
 秋風にひるがえるスカートを気にも留めず、宙はひょいっと飛び下りた。


「つっ、かっ、ちゃんっ!」


 地面に敷き詰められた紅葉のじゅうたんを踏みこえて、司のもとに駆けつける。しかし、司はスマートフォンを握りしめたまま、唖然としていた。宙にとっては造作もないことだが、どうやら窓から飛び降りるのは一般的ではないらしい。
 そういえば少し前、『せんぱい』こと青葉つむぎにも指摘されたことがある。「宙ちゃんの運動能力は突出しているんですから、あんまり他の子をびっくりさせたらいけませんよ」と。頭のてっぺんに、困り顔のつむぎがもくもくと浮かんで、宙はハッとした。いいつけを破ってしまった。今度は、気をつけなければ。こころの十字架に誓って、宙はもういちど司を見やる。
 司は、金魚のごとく口をぱくぱくと震わせていた。高校一年生のころは、Knightsのメンバーとあんず以外に表情を変えることなんて、滅多になかったのに。『ほとんど喋ったことのない男の子』から、『だいすきなお友達』になったからこそ感じられる、劇的な変化に思えた。司が、ほんとうに気を許してくれているかどうかは別として。いろんな顔を晒けだしてくれることが、とにかく嬉しい。宙はくすりと笑って、司の胸にぴょんと飛びこんだ。


「つかちゃん!なんだか、久しぶりな~?お元気でしたか?」


 ありったけの幸せが、顔いっぱいに浸透していく。宙は、地平線の彼方まで広がる花畑のような、まぶしい笑顔を咲かせた。
 ところが、司はこほん、と咳ばらいをする。そして、雨のごとく、怪訝そうな視線を降らせた。


「ええ、特に変わりなく……って、貴方ね。いくらなんでも危ないでしょう、二階からjumpするなんて!」
「はい!それなら心配ないな~。ししょ~から注意されたので、スカートの下にはちゃあんとスパッツを履いてます!」
「スッ……!」


 司の視線が、宙のひざに直進する。ふたりのあいだに、秋風が通り抜けた。
 そこまで寒くないけど、もうちょっとでコートが必要な季節になるな~。最近のひなちゃんは忙しいから、宙のお買い物に付き合ってくれるかどうかわからないけど、こんど、近くのショッピングモールに誘ってみようかな~?───宙がのんきに考えていると、司はぶんぶんと首を振って、宙の肩をつかんだ。


………そういう問題ではなく!……はあ。……怪我でもしたら、どうするつもりですか。まったく!」
「宙は、ほんとうに大丈夫な~?」
「万が一ということもあるでしょうに!」
「う~ん…………でも、つかちゃんの気持ちはよぉ~くわかりました。たとえ宙が平気でも、むやみに心配をかけるのは、いけません。だれかを困らせたときは、謝ります。ごめんなさい!」
「べ、べつに困っているわけではないですが……。春川さんが謝る必要はありませんよ。貴方が大丈夫なら、私は安心です。ただ、それだけです。ええ。……って、すみません。先ほどから、ずっと肩を掴んでいましたね……


 宙の華奢なからだを、司がそっと引き剥がす。私としたことが不躾なふるまいを、とか、痛くありませんでしたか、とか、幾度も尋ねる司に、宙は「だいじょうぶ!」と頷いた。そこまで気を遣わなくたっていいのに。なんでって、だいすきな友達だから。肩に触れられたくらいで、怒らない。
 しかし、いつもの司なら「無茶はしないでくださいね」と穏やかな笑みを付け加えてくれるのだけれど、今日はそれがない。眉間にしわを寄せたまま、ふたたび画面の操作に戻ってしまった。嬉しいやりとりもつかの間、宙は待ちぼうけをくらってしまう。
 虫の居所が悪いタイミングで、話しかけてしまったのだろうか。宙は、首をかしげた。よくよく考えてみれば、人気の少ない場所にわざわざ訪れるぐらいなのだ。だれにも喋りかけられず、ひとりで落ち着ける場所を求めていたのかもしれない。
 宙は、体育座りをしたまま、隣でなにやらメッセージを打ち込んでいる司をぼんやりと眺めた。つかちゃん、また悩んでるんですか?もしも、ぐるぐるしているのなら、宙に打ち明けることで楽になりませんか?でも今はやっぱり、いまは宙とお喋りしたくないですか?───質問したいことは山ほどあるが、司の色が『いらいら』で、どす黒く濁ってしまうのは避けたい。めったに色が変わらないひとではあるけれど。しつこい、邪魔、あっちに行け、少なくとも宙相手には、そういった言葉を使わない紳士で優しい男の子だからこそ、彼のパレットに塗りたくられた絵の具の種類を、気にしてしまう。
 宙は、スニーカーの靴ひもをいじりながら、足元の枯れ葉を拾いあげた。甘酸っぱいりんご、栄養たっぷりのトマト、火を噴いてしまうほどに辛いとうがらし───真っ赤な落ち葉をちいさな手に持って、司を見やる。
 連想するものは星の数ほどあるけれど。最終的に行き着く先は、朱桜司の、穢れのない色。


……つかちゃん。無視はよくないな~?」
「えっ!?」


 膝にあごを乗せて尋ねると、司は液晶画面に触れる指を、やっと止めた。なにかに夢中になっていると、他は眼中に入らない性質らしい。
 宙も、新作のゲームをやり込んでいるときは、周囲の状況に注意がいかないときがある。だが、そんな自身の性質を棚に置いて、なんだか寂しさを覚えてしまった。人間という生き物は、実にわがままな構造でできている。
 不登校だった時代、外で鬼ごっこをしている子どもたちの声を、部屋のすみっこで聞いていたとき。クラスメイトたちの会話に混ざろうとして、とんちんかんな返事で困らせてしまったとき。明日の約束を楽しげに喋るみんなとすれ違って、ひとりぼっちで帰るとき。いろんな孤独をぶりかえして、ひとりでつらくなる。
 こういうの、自分勝手っていうんです?だとしたら宙、とっても悪い子な~?───いつもなら、蝶々みたいに楽しく踊っていたはずの心臓が、元気をなくして失速する。まるで、くもの糸でも絡まっているようだった。


「私……怖い顔をしていましたか?」


 とはいえ。独りよがりのわがままで、だいすきなひとを困らせたくはない。
 宙はすう、と息を吸った。深まる秋の香りがする。ふわりと吹く風は冷たいが、部屋にひきこもっていたころには決して浴びることはなかった、自然の色だ。
 両手を顔の前に出して、宙はおばけのポーズをとる。せいいっぱい、眉を吊りあげた。


「うん。こんなかんじ!…………うらめしや~!な~?」


 ちっとも恐ろしくないのか、司はふふ、と笑う。きつく締まっていた目尻が、ショートケーキのように甘くとろけた。教室で喋っているときの、穏やかな表情をした司が戻ってきたことに、宙はホッと胸を撫で下ろす。
 司は、意図的に無視をしていたわけではない。いらだちの直接的な原因も、宙ではなかったのだ。


「まったく怖くありませんね……
「ししょ~にも、おばけの真似をしたことがあります。そのときも、つかちゃんと似たような反応だったな~。宙のおばけは、あんまり怖くないみたいです?『ア~、コワイコワイ♪悪霊退散しなくちゃネ♪』って、笑われちゃいました」
「まぁ、愛嬌があるといいますか、なんといいますか……。仮にGhostだとしても、貴方ならば誰ひとり恨まない善良な亡霊になるでしょうしね。それより……


 ブレザーのポケットに携帯を入れて、司は「すみません」と詫びた。はあ、と短い息を吐きながら額を抱える司に、宙はにじり寄る。
 肩をぴったりくっつけると、司の表情が少々こわばった。


「ち、近いのでは……


 司が口角を引き締めながら、か細い声でつぶやいた。宙は「それじゃあ、これくらい?」と尻を動かして、ふたりの間隔を調整する。おしり一個分、二個分、三個分。そんなに離れても寂しいので、やっぱりちょこっと戻ります!───当初の位置より、やや隙間がある程度のポジションに落ち着いた。


「準備完了な~。コントローラーはないけど、決定ボタンを押します!つかちゃんは、大丈夫です?」
「ええ、問題ありません……が、くれぐれも誤解しないでくださいね。貴方が近くにいるのが不快なわけでは、ないんです。決して。断じて。絶対に!」
「はい、わかります!つかちゃんは、『ぱ~そなるすぺ~す』を侵攻されると調子が狂うタイプな~?」
「いえ、そういうわけでもないのですが……。その………貴方にくっつかれると、私は…………


 司が、とつぜん押し黙った。元々おしゃべり好きな性格ではなかったけれど、ここ最近は、急に言葉に詰まる場面が多くなっている気がする。嫌がられているのなら離れるだけで済むのだが、司から漏れる色は、不思議なことに鮮やかなさくら色なのである。
 それを、親友のひなたに相談したら、「ほほう……」と怪しげに笑うばかりだった。「嫌われてるわけじゃないと思うよ。ほんとに!マジで!マジのマジ!」と念を押されたので、宙もそこまで悲観的にはとらえていないけれど。


………とにかく。smartphoneに夢中になって、貴方を無視する形になってしまったことを謝ります。すみません、春川さん」


 しばしの沈黙を破って、司がふたたび詫びる。


「ちょっとびっくりしたけど、もう気にしてないな~?」


 宙が屈託のない笑みを咲かせると、司はそのまま続けた。


「今、Knightsの内部がゴタついていまして……。連絡もままならず、話し合いも平行線を辿るばかりで。緊急のMessageを送っても、あろうことか既読無視……
「HaHa~。だからつかちゃんは、け~たい相手に『ムッ』としていたんですね?」
「ええ、恥ずかしながら……。教室で、怒りのままにSmartphoneを操作していたら、近くにいた仙石くんに怖がられてしまいまして……
「HoHo~。だからつかちゃんは、こんな場所で『ぽつん』としていたんですね?」
「はい……………まったく、先輩がたはなにを考えているのでしょう。瀬名先輩は、海外にレオさんを連れていって好き放題。凛月先輩は不穏な動きばかりしますし。頼みの綱ともいえる鳴上先輩は、私の意見にまさかの反対……。その裏で後輩たちは宙ぶらりん。こは………桜河の活動だって、上昇気流に乗っているとは言い難い現状ですし、ああ、あとはそうですね、お父様の病状は安定してきてはいるものの、付きっきりのお母様が疲れていないかどうか心配で、それに私がこうして停滞しているあいだ、あの桃李くんですらもfineとして一線で輝いているというのに、私は、私は……くあぁあぁぁ~っ!だからといって、多忙のお姉さまに頼るわけにも……うう……


 不満をまとめて吐きだした司は、膝と膝のあいだに顔を埋めた。
 理路整然と説明したがるタイプの司が、支離滅裂に愚痴を並べるだなんて。クラスで一番おとなに見える司だけれど、中身はやはり十七歳の男の子なのだ。宙は、よしよし、と司の頭をやさしく撫でた。


「宙は、つかちゃんの悩みを今すぐ、ぜんぶ解決してあげられるわけじゃないけど……。でも、おはなしを聞くことはできるな~?」
「春川さん……
「テトリスみたいに、一個ずつ消していきましょう!そうしたら、最後にはドカ~ン!と全消しです?」
「ですが……
「デモデモダッテは禁止、遠慮はの~せんきゅ~、『おとといきやがれ』です!みつちゃんも、そう言ってました!だから、つかちゃんは、もっと、お友達を………


 『お友達』のなかでも、いちばんに宙を、頼ってほしいな。
 最後まで言い終えるまえに、ぶわっ、と風が吹き抜けた。突然の風圧に、宙はおもわず司に寄りかかる。
 意気消沈していたはずの司がとっさに腕を持ち上げて、宙のからだを受け止めた。
 舞い散る落ち葉と、渇いた秋の香り。それらに混ざって、憂いのある司のまなざしが、宙の視界いっぱいに飛びこんでくる。
 ちいさな心臓が、とくりと跳ねた。
 普段の凛とした眉は影ひとつなく、水彩画のような繊細な輪郭が揺れている。日常的に『大人っぽい』と称される、彼のうらがわを見たような気がした。


「春川さん、大丈夫ですか?」


 それでも、朱桜司という男の子は、どんな場面であろうとも、騎士さながらに守ってくれる。突然の風に、びっくりしただけなのに。こころが弱っているときでさえ、手を差し伸べるのだ。
 宙のほっぺたが、またたく間に熱くなった。まるで焚き火のなかで微笑んでいる、ほくほくの焼きいもだ。宙は、めらめらと燃えるけむりを想像しながら、かぁっと熱くなった頬を押さえる。


「宙は、だいじょうぶ……です?」
「疑問形ですか?」


 貴方は、ほんとうに面白いひとですね。
 司の口角が、柔らかな曲線を描く。眩しくて、まぶしくて、宙の心音が、木琴を飛び跳ねるマレットのように、美しく跳ねた。
 この感情を、普通はなんて呼ぶのだろうか。擬音に例えるならば、『ドキドキ』が当てはまるだろう。しかし、ライブ前の緊張とはまた異なる、未知の鼓動がする。はじめて知る楽器の音だった。


「ところで、その……心配してくれて、ありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。この朱桜司、例えどんな困難に道を阻まれようとも、必ずや立ち向かってみせます!」


 ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
 高鳴る心臓の裏で、司はそう笑った。「王として、みなを牽引しますとも!」と強気に振る舞ってみせる司に、宙の胸はすこしばかりズキズキと痛む。
 こころが弱っているときは、誰だって守られたいはずなのだ。辛いなら、つらいって打ち明けてほしい。思いっきり頼ってほしい。かつて、逆先夏目や青葉つむぎが、暗闇の底から手を引っ張ってくれたみたいに。笑顔になれる魔法を、ちちんぷいぷい、と唱えてあげたかった。だって、友達だから。それに、大好きだから。大好き。大好き、だいすき、だいすき、だいすき!───だいすき、の四文字を噛みしめるたび、宙の頬は熱くなる。Switchのふたりも、親友の葵ひなたや天満光も、皆みんな大好きだけれど、司のことを考えると、炎の魔法が発動してしまうのはなぜなのだろう。守られて嬉しいし、守りたいから傍にいたい。これまでに味わったことのない気持ちが、胸の奥で燃えさかる。
 宙が考えあぐねていると、「Knightsの王とは」とか、「朱桜家に代々受け継がれてきた家訓とは」とか、ひたすら演説を続ける司のつむじに、ふいに何かが落っこちてきた。黄色のいちょうである。


「試練の壁は高ければ高いほど、乗り越えがいがあるというものです。苦難を経験してこそ、真の騎士として輝けるというもの……!ですから、私は」
「つかちゃん。あたまに葉っぱさんがついてるな~?」


 宙は、すこしばかり腰を持ち上げて、司の頭に乗っかったそれを取ってみせた。赤は、つかちゃんの色。だったら黄色は、なんの色?


「つかちゃん。黄色の葉っぱさんを見て、なにか想像するものはありますか?」
「?連想ゲームですか?貴方はいつも突然ですね……?」
「アイドルたるもの、すぐに『ぱっ』て答えることが重要な~。『バラエティ番組の基本ですよ~ん!』って、だいししょ~が教えてくれたので!」
「はあ。ええと……そうですね。Yellowといえば……


 カナリアでしょうか?
 あごに指を当てながら、司はそう答えた。宙は「Ho~」とくちびるを丸くして、いちょうを秋空に透かす。葉っぱ一枚で、彼の気持ちをはかることはできないのは当然だ。RPGみたいに、アイテムひとつで進行する物語などありはしない。
 今は、多分きっとそれでも構わない。けれども、いつかの未来があるとしたら───宙は、おてんばなウサギのみたいに、元気よく立ち上がって、司の手を拾った。背丈はそんなに大きくないけれど、女の子よりもひとまわり大きいてのひら。温かなそれを、ぎゅっと握りしめる。


「simpleな回答は、つまらないでしょうか?Yellowといえば、あとはなんでしょう……向日葵?菜の花?それとも蒲公英?ああ、花に固執しすぎるのもよくありませんね……?」


 問題を放り投げられたままの司が、困惑しながら宙に尋ねる。並べられた言葉のどれもが正解で、間違いなんてない。でも、たったひとつの答えしか存在しない日が、そのうち訪れますように。
 宙は、甘い夢を指先に絡めて、困惑する司を仰いだ。


「つかちゃん。やっぱり宙に、おはなしを聞かせて?」
「?いえ、しかし春川さんに負担をかけるわけには………
「宙は、つかちゃんの力になりたいんです!」
「わわわっ」
「HuHu~、春川宙のお悩み相談塾『テトリス』、ただいま開講な~♪」


 宙は、遠慮する司をいささか強引に引っ張りながら、校舎へと駆けていく。やわらかな頬に、ほくほくの焼きいもをくっつけて、色とりどりの紅葉を踏みしめた。

 いつかは、テトリスに誘わなくても。つかちゃんから頼ってくれますように。
 いつかは、黄色といえば春川さんって。つかちゃんに答えてもらえますように。
 いつかは、二階から飛び下りなくたって。つかちゃんから、迎えに来てくれますように。

 煌びやかなドレスも、黄金のティアラもないけれど。騎士の傍にいるお姫様になりたいと願ったのは、きっと生まれてはじめてのことだった。