らい
2020-11-20 23:04:16
2508文字
Public こはひめ
 

放課後名鑑

こはひめ60min様/テーマ「制服」

 高校には、ほとんど通ったことはない。芸能特化のアイドル養成学校は、仕事さえこなしていれば単位をもらえるからである。
 とはいえ、月1回、いま目指している方向性とか、人間関係で悩みごとはないかとか、申し訳程度の面談のために、校門をくぐらねばならなかった。いまだに着なれない制服に袖を通して、形式上の担任と30分間、ふたりきり。青春ドラマで見るような、生徒たちであふれた教室の影はない。白い粉が残る黒板だけが、こはくの視界に色濃く刻まれる。


「今月も、問題なさそうでよかったよ」
「おおきに」
「頑張るんだよ、桜河くん」


 一ヶ月前とまったく同様のやりとりで、締めくくる。とくに嫌悪感はないけれど、変わり映えのないルーチンワークは、いささか面倒だった。




 個人面談を終えたあとは、カフェシナモンで暇をつぶすのが月課となっている。ライブ、テレビ収録といった大仕事でなくとも、喋るだけで小腹が空く。十五歳のこはくにとっては、なんの変哲もない毎日が一大イベントであって、多大なエネルギーを消費するものだ。
 今日がいつもと違うのは、お気に入りの角席に、先客がいることだった。しかも、よく見ると、HiMERUが座っている。それも、秀越学園の制服を着ていた。
 HiMERUも、こはくと同様に、高校には籍を置いているだけである。いわゆる学園生活は、謳歌していないはずだが───ぱっと視線が合うなり、HiMERUがにこりと微笑んだ。こはくは柔らかな笑みにつられて、野に咲く花のように表情を綻ばせる。肩に掛けたスクールバッグの持ち手をぎゅっと握りしめ、小走りで駆け寄った。


「HiMERUはん。制服姿で、どないしたん?」
「桜河こそ。補習ですか?」


 そういえば先日、友人の藍良が、「補習やだよォ~~~!」と泣き喚いていた。どうやら一般的な学生は、テストで赤点とやらを取ってしまうと勉強会に強制参加らしい。むろん、今のこはくには、縁のない話だけれど。


「わし学校に行ってへんし、補修もなんもあらへんで」


 こはくは、HiMERUの向かい席に腰を下ろす。HiMERUがコーヒーを置き、「『しゅくだい』も、ですか?」と笑った。まるで子どもに言い聞かせるようなイントネーションだ。こはくは頬を膨らませながら、続ける。


「わし、幼子とちゃうよ……………玲明、月イチで面談があるんよ。ESビルとは逆で、学校んなかに入るんやったら制服を着なあかんし………それで」
「なるほど、奇遇ですね。今日のHiMERUも、面談でした」
「HiMERUはんも?」
「ええ。事務所で上手くいっているのか、ユニットの上下関係に苦労していないか、などなど……ふふ。めったに袖を通さない不自然な制服姿で、『高校生』らしい悩みに、たくさん言及されましたよ」
「なんや笑ってまうわ。飛び級の大卒やのに」
「HiMERUは、これでも表向き、『高校生』ですから」


 1/4ほど減っているシフォンケーキにフォークを刺して、HiMERUが微笑む。ぐう、と腹の虫が鳴り、こはくは慌ててメニュー表をとった。成長途上の15歳、夕飯はいくらでも入るから、しっかりと胃が満たされるものを食べたい。新メニューの、生チョコたっぷりふっくらパンケーキを頼んだ。
 店内が空いているせいか、注文のデザートはすぐに届いた。特大のいちごが添えられた分厚い生地に、濃厚なクリームとバニラアイスが乗っかっている。なめらかなチョコソースが垂れるパンケーキに、こはくは唾をのんだ。


「美味しそうですね」


 なにげなく呟くHiMERUに、こはくは「一口、ええよ」と提案する。ところが、HiMERUは首を振った。


「いえ。HiMERUは、遠慮しておきます」
「ええの?せっかくの新メニューやのに……
「悲しい顔、しないでください……………では、ほんの少しだけ貰いましょうか」


 HiMERUのフォークが、パンケーキの端に突き刺さる。しっかりと持っていったのを確認して、こはくも濃密なチョコソースの生地をすくいとった。舌の上で広がるとろける甘さに、無抵抗の頬がゆるむ。


「うま……
「絶品、ですね」
「せやね……
「椎名にも伝えておきましょう。今回の新メニューは、永久に残しておくべきだと」
「もぐ……
「食べ盛りのお年頃ですね、桜河。……HiMERUのシフォンケーキも、食べますか?」
「ええの?」
「構いませんよ」


 ぱくぱく、と食べるこはくに、HiMERUはスマートフォンを向けた。どうやら写真を撮るつもりらしい。


「SNSに上げるん?」
「それもありますが。……制服を着ている高校生の日常は、きっと、こんな感じなのでしょうね。とても『放課後』らしくて、良いな………と」
「ほうかご?」
「はい。HiMERUは、学園生活にさほど興味はありませんが…………今日は、桜河も制服を着ていることですしね。せっかくなので……束の間ではありますが、『普通』の高校生を満喫しようと思うのです」


 桜河は、どうか知りませんが。
 涼しげに付け加えながらも、HiMERUの目尻に、幼いしわができた。普段は実年齢以上に落ち着いていて、10代の学生とは思えないほどの大人っぽさを漂わせているHiMERUが、この時はじめて、年相応の高校生に見えた。
 こはくは一旦、パンケーキを貪るくちびるを休めて、自身と、HiMERUの制服姿を交互に見比べる。これまで、書籍、テレビ、インターネット、知人からの又聞き話を通した疑似体験でしか、『高校生』を知らなかった。いまだに真新しい制服だって、面談を受けるための通行許可証に過ぎない。
 しかしながら、学校帰りに、他愛のない話でスイーツをつつきながら、だらだらと過ごして、写真を撮る。現実でありながら、なかば幻想と化していた『高校生』の当事者になるのも存外、悪くないものだ。
『高校生』らしいこと、他にもあるだろうか。こはくは、高校生のHiMERUと過ごす放課後を、もうすこしだけ、知りたくなった。