らい
2020-10-13 21:01:58
1789文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀㉙「美しき人生のしらべ」

お題「上着」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

 炭火焼のTボーンステーキは柔らかく、なんどでも口に運びたくなるほどの食べ応え。行きつけのレストランでのディナーを終えたレオは、満足げに腕を伸ばして、後ろに視線を投げた。


「うまかったなあ~、セナ」
「シャツ、飛びでてるんだけどぉ?」


 すこし遅れて出てきた泉が、上品にヒールを鳴らしながらレオの背中を引っ張る。
 よそ行きのジャケットで格好をつけたつもりだが、ぼろは隠しきれない。人間というものは、そう簡単には変われない生き物である。だが、そんな男の欠けた部分をすぐフォローしてくれるのが、瀬名泉という女だった。


「さすがセナ~。デキる嫁♪」


 まだ、入籍はしていないけれど。レオは、空に飛んでいく綿毛のように、ふわふわと笑った。夜にきらめく街灯の下、泉は「もぉ」と腰に手を当てる。
 呆れながら怒っている姿は幼くて、なんだか可愛かった。



 フィレンツェの夜空に、ちいさな星くずが散らばっている。すっかりと見慣れたものだけれど、泉と一緒に過ごす世界は、どんな場所だって絶景に早変わりする。真っ黒な宇宙を照らす光が一斉に踊りだし、流星群のパレードが始まるのだ。望遠鏡がなくたって、天体観測を味わえるのだった。
 美味しい夜ごはんと、きらめく夜の帳。今日は早めに仕事が終わったから、泉に連絡して正解だった。デート気分のレオは、軽やかな足取りで進んでいく。身体じゅうに音符があふれて、いまにも歌い出してしまいそうになる。
 この世界は、美しいメロディーを奏でる楽譜そのものだ。部屋に引きこもって、無心に作曲していたあのころには、けっして想像できなかった音楽が、ここにある。


……くしゅっ」


 ポケットに手を突っ込み、上機嫌に歩いていると、背後でくしゃみをする音がした。レオは振り返って、後ろ足に進みながら泉を見やる。往来には風が吹き始めていて、厚着をしているレオも、すこしばかり涼しく感じた。


「さむい?」
「急に、冷えてきた……。近いからって、調子に乗りすぎたかなぁ。でも、大丈夫」


 シフォン生地に透ける美しい二の腕が、月の光にきらめく。あと五分ほど歩けばふたりの家に到着するし、「大丈夫」は言葉どおりなのだろう。
 しかし、レオは唐突にひらめいた。頭のなかに電球をぴこん、と光らせながら、ジャケットに手を掛ける。仕事用の装いではあるが、せっかく着飾っているのだし───騎士として、紳士的に振る舞いたくなったのである。


「どうしたのぉ?不審者みたいな動きして」


 訝しんでいる泉だが、きっと惚れ直してくれるだろう。「れおくんったら別にあっためてほしいなんて、頼んでないんだけどぉ?」と頬を赤らめる泉を想像して、せっせと上着を脱ぐ。
 だが、ワイシャツ姿になったところで、レオは身震いした。着込んでいたので忘れていたが、意外と冷える。
 寒がりのレオは、ぶるぶると背筋を揺らしながら、耐えた。大好きな女の子に、かっこいいと思われたい。それが男の性なのだ。


「どうぞ、おひめさま……ぶぇっくうっちゅっ!」


 姫に忠誠を誓う騎士のごとく肩に掛けてやるつもりが、くしゃみが出てしまった。急に上着を渡された泉は、きょとんとしながらレオを見る。いっそ「はあ?」と罵ってくれたらいいのに、綺羅星のように美しく反射する瞳は、戸惑っていた。
 こんなはずじゃなかった。妙に恥ずかしくなったレオは、もう一度ポケットに手を入れた。そして、冷たい風に吹かれながら早歩きで進む。すれ違った高身長の男が、可憐な彼女の肩をスマートに抱いていた。残念な現実が背伸びしたって、綺麗な理想には近づけない。いつだってこうだ。ふとした瞬間、劣等感に苛まれる。かっこいい男になるって、むずかしい。


「れおくん」


 華奢な肩には若干余るジャケットを羽織った泉が、小走りで追いついてくる。無性に照れくさくて、視線も合わせられなかったけれど───口元に笑みを携えた泉が、レオの腕にぎゅっと絡んだ。
 レオはおもわず目を見開いた。


「やるじゃん」


 さ、帰ろ。れおくん。あったかいおうちにさあ。
 泉は機嫌よく笑って、レオの肩にふわりと頭を預ける。白いシャツ越しに伝わる肌寒さはまたたく間に吹き飛んで、胸の奥に、あたたかな旋律が燃えはじめた。