らい
2020-10-11 21:02:37
2567文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀㉗「無自覚主演男優賞」

お題「映画」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

「あんたって本当、いくつになっても幼稚園児みたいなスキンシップが好きだよねえ」


 寝室で雑誌を読んでいる泉の頬にキスしたり、キッチンで料理している泉に抱きついたり───家のどこにいても、常にくっついていたい。甘えたがりのレオだけれど、泉の一言に、ふいに気付かされたことがある。
 もうじき25歳、いわゆるアラサーを迎えるレオは、いつまで経っても泉にこども扱いされているのだ。好きだからキスするし、抱きつくし、からだを繋げるのに。直情的なふれあいを好むレオを、泉は「幼稚園児みたい」と揶揄するのである。
 これには、レオも納得がいかなかった。だいいち、ほんとうの未就学児であるのならば、夜の営みだって不可能なはずだ。むろん、泉がそういった趣旨の話をしているわけではないというのはわかる。要するに、「年齢相応の誘い方ができないのね」という意味合いなのだろう。
 そこでレオは、一念発起しようと考えた。もちろん、世間一般でいうところの『大人』を無理やり目指すつもりはないが、ただのお子様ではないということを存分にアピールしようと思い立ったのである。
 おれだって、もういい歳なんだぞ~、セナ!───隙を見て、作戦を決行せねばなるまい。その晩、レオは「れおくん、意外」と頬をあからめる泉を想像しながら、ぐっすりと眠った。




「私、ずっと待ってたのよ」
「遅れて、ごめん」
「でも、来てくれたのね」


 液晶テレビに、抱きあう男女が映しだされている。先ほどから流れているのは動画配信サービスで登場したばかりの邦画、日本中を涙の渦に巻き込んだという恋愛映画である。物語の終盤、死んでしまったはずの旦那が幽霊になって妻の前に登場するシーン。言ってしまえばよくある展開なのだが、台詞、映像、特に音楽の使いどころが秀逸で、使い古された王道ストーリーを好まないレオでさえ、うっかり涙ぐみそうになる。
 レオはソファーにふんぞり返りながら、今か今かとチャンスをうかがっていた。感動に震えている彼女の手をそっと握りしめて、「おれがいるよ」という安心感を与える彼氏を、なんとしてでも演出しようと目論んでいたのである。
 ところが、泉は平然とした表情で水を飲みながら、足を組んでいた。ようやくティッシュを手に取ったかと思えば、床に落ちていたクッキーのかけらを───昼間、レオが作曲の息抜きに食べたものだった───拾うだけで、涙の気配は、ちっとも見られない。
 画面の中では、これまでに登場した主要人物の『その後』が描かれる。エンディングも終わりに近づいていた。
 セナっ、おまえは簡単に泣くような女じゃないし、むしろそこが好きだけどっ、いくらなんでも淡々と観すぎじゃないのか!?───レオはちらっ、ちらっと何度も隣の泉を見やる。美しく澄んだ蒼の瞳が交差した。


「次、食べかす落っことしたら全部の部屋、掃除機かけてもらうからねえ」


 ドスの効いた声色で告げる泉の頬には、涙のかすも落ちやしない。そうじゃないんだよなあ。レオは「はい」と力なく返事して、行き場の失われた指を、膝の上に置く。
 スタッフの名前が連なるエンディングロールが、下から上に流れだす。「あっという間だねえ」と呟く泉が腕を伸ばしながら、細く美しい足を組み直した。
 評判が高いと聞いていたから、今夜はふたりで映画を観ようと誘ってみたけれど。それ自体が、失敗だったかもしれない。あらゆる賞を総舐めした名作映画をふたりで鑑賞しました、小学生の作文で完結するような事実が残るだけである。レオはがっくりと肩を落として、泉に尋ねた。


「どうだった、おれのおすすめは……?」
「ええ?ああ……うん、良い映画だったよぉ。すこし泣きそうになっちゃったし」
「なに!?」


 レオは、がばっと飛び起きた。そんな雰囲気は微塵も感じられなかったが、一体いつ、どのシーンで!?───泉の肩をつかみ、ぐっと顔を近づける。


「今すぐ妄想したいところだけどっ、気になって仕方がないので直接聞くっ!具体的には!?」
「う~ん……。やっぱり最後のシーンかな。旦那が嫁に会いに行くところ」
「!?……おれが見るかぎり、涙のなの字もなかったのに!?」
「妙にこっちの顔を見るなあって思ってたら、やっぱり?」
「ば、ばれてる……!」
「気づかないほうが難しいっての。じろじろ見てくるもんだから、涙も引っ込んじゃうよねえ。………まぁ、でも」


 突然、ふわりと甘い香りが漂った。腕に密着しているのは、透き通る糸のような美しい髪。クッションを抱き締めた泉が、肩に寄りかかっていた。


「死んじゃった旦那の、ちょっぴりアホで、騒がしいところ。なんか、あんたに似てたから……
「あ?」
「あんたが死んじゃったみたいで、そこは……正直チョ~腹立つけど、泣けちゃった」


 気高い瞳が、海に浮かんだ宝石みたいに蒼く潤む。魔王にさらわれたお姫様のようなか弱い涙は、流さなかったけれど───ふいに抱き締めたくなって、レオは唾を飲み込んだ。ソファーの背もたれに腕を乗せながら、文句を連ねる泉を眺める。


「ああ、もう。ムカつくなあ。死んでから会いに来るとか、マジで腹立つんだけどぉ。チョ~うざぁい!」
「セナ………
「この際だから忠告しとくけど、いい?あんたも、気をつけなよぉ。私より先に死んだら、絶対に許さないから」


 柔らかな頬に、透明な線が流れていく。強気な眼差しはそのままに、一滴だけ、ぽつりと落っこちた。
 映画を観ている最中、なんとしてでも大人の男性として振る舞いたいと考えていたのは、ほんとうだ。しかし、少なくともその時のレオは、なにも考えずに───ただ、静かに、しっとりと濡れた頬にキスをしていた。


「ふぅん。……れおくんも、そういうキス、できるんだ」
「おれも、大変おどろいております……
「ええ?……へんな、れおくん」


 照れくさそうにツンとする泉に、レオもつられて恥ずかしくなる。だが、おかげで気づけた。
 幼稚園児みたいなスキンシップしかできない、わけではないし、しっかりと意識しないと大人の男性になれない、わけでもない。その時が来れば存外、この身体は動くのだ。