らい
2020-10-07 21:09:27
2148文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀㉓「異端にキックオフ」

お題「太陽」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

 からだを動かすのは嫌いではないが、スポーツでの集団行動はとても疲れる。体育の授業でサッカーのチーム戦を終えたレオは、「一時休戦!」と独り言を叫びながら、グラウンド横の芝生に横たわった。
 不登校から復活して、すこしずつクラスの授業にも参加するようになってきたけれど、同級生の顔と名前は未だにおぼろげだ。「月永、パス!」と叫ばれると反応に遅れてしまうし、素性の知らない人間から「あそこで、ボールを渡してくれないと困る!」と文句をぶつけられると、もうそれだけで面倒くさくなってしまった。
 B組の朔間零は「月永くんは、好きにさせるのが一番じゃぞい」と寛容だが、全員が全員、零のように自由にやらせてくれるわけではない。色んなひとがいるのがクラスであって、それが果ての社会につながることも分かっている。しかし、いわゆる普通の人間社会に慣れるには、まだ時間が掛かりそうである。
 青く澄んだ空に、雲が流れている。あんなふうに、ゆったりと泳いでいられたらいいのに。そんなことを考えていると、急に仏頂面の美人が現れた。


「わあっ!?」


 レオは慌てて飛び起きた。均整のとれた二重幅に、くるんと伸びたまつ毛。それらが海色の瞳に影をつくり、ふきげんに揺れている。A組の泉が、むすっと見下ろしていた。


「あっ、セナぁ~」


 疲れきって固まっていたはずの頬が、あっという間に甘くとろけていく。しかし、どうして泉がいるのだろうという疑問が頭のなかを駆け抜けた。今週の体育はA組とB組の合同授業だが、女子の種目は短距離走。つまりは陸上競技のはずである。
 周囲を見渡せば、多くの女子がサッカーを観に来ていた。計測を終えた者から、休憩に入っているのだろう。「千秋く~ん、がんばってぇ~!」とか、「青葉くん、ファイト~!」とか、黄色い歓声が乱れ飛んでいる。


「こんなところで、大の字になって寝ないの。特にあんたの髪の毛、男にしては綺麗なんだから、汚れるようなことしちゃダメでしょお?」
「わはは。少々くたびれたので、母なる大地に包まれてた!」
「アホなこと言ってないでさあ」


 体育座りをした泉が、頭の葉っぱを払う。レオはふにゃりと笑った。もぉ、と泉は呆れたけれど、そこには不器用な優しさが詰まっている。レオは、この瞬間がたまらなく好きだった。普通じゃないとか、脳がいかれてるとか、簡単に突き放すのではなくて───ちゃんと袖をつかんで、正しい道に連れていってくれる。泉のとなりにいるだけで、ホッとするのだ。頭上に流れる白い雲のように、のびのびと生きられる。
 レオは、芝生に両手をついて、両足をばたつかせた。


「それで、セナはなんでこっちに来たの?……ははあ、さてはおれがサッカーしてる輝かしい場面を、その美しい瞳に焼きつけるべく登場したんだな~?」


 ハーフパンツから伸びる細い足で、泉がレオの膝をキックする。レオは「トンネル!」とふざけながら太腿をあげて、泉の攻撃をかわした。
 泉はふん、と鼻を鳴らして、耳たぶに髪をかける。毛穴ひとつない頬が、陽ざしにきらめいた。やっぱりセナは、いつだって可愛いなあ。口角が、自然とゆるんでしまう。


「よくもまぁ、根拠もなしにそんなこと言えるよねえ」
「ええ~。違うのか?」
「当たり前でしょお。どうせあっちに居てもやることないし、暇つぶしに見に来てやっただけ。勘違いしないでよねえ?」
「なんだあ。……がっくし」
「こぉら。寝ないの」


 地面に溶けゆくからだを、腕ごと引っ張られる。むきだしの肌に触れる泉の指先は、心地よい。こころまで浸透していく、おだやかな陽ざしのような熱を帯びていた。


「レオちん~、出番だぞ~!」


 同チームのなずなが駆け寄ってくる。休憩時間は、あっという間だ。レオはよいしょ、と立ち上がる。


「あっ、泉ちん!レオちんのサッカーを応援しにきたのか?」
「やっぱりおれの試合を観に来てくれたのかっ、セナ~!?」
「違うったら……。チョ~うざぁい。なずにゃんも、誤解しないでよねえ?」
「怒りゅにゃよ……って、ほりゃほらっ、行くぞレオちん!」


 小柄なうさぎが、グラウンドに駆けていく。レオは、太陽に向かってうんと腕を伸ばした。他人と協調しながら動かなければいけない苦行がまた、始まる。サッカーだけじゃない、これからの人生もずっと続いていくだろう。それはきっと、ひどく疲れるに決まっているが───レオは、ふと泉を見やった。美しい膝に顎を乗せて、泉がぼそりと呟いた。


……てっきり学校、休んでるかと思ったけど。ちゃんと来てて、よかった」
「え?」
「んーん。なんでもなぁい」


 本当は、しっかりと聞こえていたけれど。鼓膜をどこかに忘れてきたことにして、レオは高らかに笑った。


「じゃあな、セナ!」
「はぁい。かっこいいゴール、決めてきなよぉ」
「おおっ、やる気でてきた!」
「単純なやつ」


 この世界は、どうしても生きづらい。けれども、優しい光が照らしてくれるから、すこしだけ頑張れる。
 レオはぱぁっと顔を綻ばせながら、走りだす。太陽のきらめきを携えて、チームのなかに飛びこんだ。