らい
2020-10-04 21:24:38
4725文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀⑳「シュガーレス・ハピネス」

お題「調理実習」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)


「うふふふふ」


 満面の笑みを浮かべた奏汰が教室に戻ってきたのは、昼休みが終わる1分前のことである。席替えで隣になったばかりのレオは、奏汰とそこまで親密な間柄ではなかったけれど───にこやかに目を細めているその姿に、つられて笑ってしまった。
 昼休憩のあいだも、ずっと走らせていたペンを止めて、レオは声を掛ける。ともすれば音符が泳いでいそうな、朗らかな表情。その理由に、おもわず触れたくなったのだ。


「うれしそうだな~。幸せっていいなっ、おれも満たされた気分になる~♪」


 奏汰は一瞬きょとんとしたけれど、ぷかぷか、と海を散歩するくらげみたいに揺れながら、幸せいっぱいに返事する。


「はい~♪ちあきの『かっぷけぇき』のおかげです♪」


 カップケーキといえば、ひとりぶんの小さなケーキだ。家に帰ると、たまに母親が焼いている。妹の前では格好をつけたくて、深夜にこっそり食べる程度だけれど。
 そして『ちあき』は確か、流星隊でもっとも目立つ人物だ。ついでに隣のクラスだったような気がするが、彼とお菓子づくりが、どうしてもイコールで繋がらない。
 レオが考えあぐねていると、奏汰はブレザーのポケットを漁りはじめる。ゆっくり、ゆっくりと手を動かして、青いリボンを取りだした。皺が刻まれたそれは、若干よれている。『なにか』を縛っていた形跡が残されていた。


「ちあきがね、つくってくれたんです」
「つくった」
「『りゅうせいたい』のこどもたちと、ぼくのために
「ほほう」
「『くらす』の
「くらす」
「『ちょうりじっしゅう』で
「ちょうりじっしゅう」
「たくさん『かっぷけぇき』をつくってくれました」
「かっぷけぇき」
「『りぼん』はもったいないので、とっておきたくて」
「おお~!」
「ぼくの『たからもの』がふえました、ぷかぷか♪」


 どうやら3年A組では、調理実習が行われていたようである。奏汰は、A組の『ちあき』が作ったカップケーキに、たいそう喜んでいたようだった。だれかになにかをもらうと、うれしい。食べ物であろうとなかろうと、人類共通の幸せといえよう。


『別に、王さまのために作ったんじゃないんだからさぁ。勘違いしないでよねぇ、チョ~うざぁい……!』


 レオのつむじに桃色のけむりがモコモコと立ち上がり、エプロン姿の泉がぼんやり浮かぶ。ったく、セナはしょうがないやつだなぁ~。ほっぺが落ちても、しらんからな~?───真っ赤な薔薇が咲き誇る妄想のなか、レオはまんざらでもない表情になる。


「き、期待してしまう


 レオは、机に広げていたノートで、にやける口元を隠した。妄想といえども、ちょっぴり恥ずかしい。


「うふふ。『らいおん』さんも、たのしそうですね~」


 ぷか、ぷか、と揺らめく奏汰のとなりで、レオは「せなのかっぷけ~き……」と呟いた。






 それから放課後のこと。Knightsのスタジオに向かう道すがら、廊下のとちゅうで泉と鉢合わせしたのは、まったくの偶然だった。ふたり一緒に待ち合わせしてから向かうなんて滅多になかったし、大抵はどちらかが遅れて合流する。遅刻回数は、圧倒的にレオが上回っているけれど。


「ふぅん。王さまと出くわすなんて、めずらしい」
「おれだって、たまには寄り道せずにまっすぐ向かうこともある!」
「それが『普通』だし、『常識』なの」


 泉はツン、とそっぽを向いて、足早に歩いてしまう。月色の髪がふわりと揺れて、目尻がふやけてしまうほど、いいにおいがした。女の子はどうして、すれ違っただけで甘い香りがするんだろう。たんぽぽの綿毛のように、千鳥足になりそうだった。
 しかし、いささか冷たく感じてしまうのは、気のせいだろうか。いつもどおりの泉といえば、そうなのだけれど。いや、間違いなく『いつも』の泉なのだ。違和感を覚えてしまうのは、きっと期待しているからだ。妄想の世界で繰り広げた、しあわせな光景を。
 レオは早歩きで、泉の肩に並ぶ。くるりと上向きになったまつ毛は、あいかわらずお姫さまのように麗しく伸びていた。ライブのない日は薄化粧だけれど、それでも美しい。口角が、だらしなく緩んでしまうほどに。


「セナ」
「なぁに」
「なんか忘れてないか?」
「はあ?」


 泉は、威圧感たっぷりの瞳をぎらつかせながら、立ち止まった。通りすがりの生徒が、「ヒエッ!」と狼狽えながら逃げていく。黙っていれば、満月の夜のお人形さんみたいに綺麗なのに。レオはそんなことを考えつつ、後頭部に腕をまわしながら、泉を取り囲むようにくるくる歩く。


……別に、なにもないけど。あんたがサインを忘れてあやうく無効化しそうだった書類も、なんとか提出できたしぃ?」
「ぐさっ……。それは悪かったよ。ごめんなさい。……でもさぁ、他にもこう…………あるだろ!大切なことが!」
「ない。マジで意味わかんない」


 歩きだす泉の前方に立ち塞がって、レオは両手でジェスチャーする。まるい形をつくって、ぱくりと食べるしぐさを繰り返した。
 直接「おれのカップケーキ、ある?」と聞けば済む話である。だが、正攻法で尋ねるのはつまらない。泉に察してほしくて、レオはちょこまかと動きまわった。


「『か』!『か』から始まる言葉はな~んだ?」
「かぁ~?……『か』さくんが危ない……とか?」
「ちが~う!……でもあいつ何でもひとりで抱えこもうとするから、それはそれでしっかり見守っていきたい気持ちがあるのは、合ってる!」
「へえ……。優しいところ、あるじゃん」


 私も、あのクソガキがアホな行動しないように見張ってるけど。いつも一緒にいられるわけじゃないし。私視点じゃ見逃しちゃう部分も、出てくるからさぁ───泉の表情が少しばかり柔らかくなる。異性に免疫のない中学生男子ならば、うっかり勘違いしてしまいそうなほどの眩しさだった。
 しかし、やはり泉はスタスタと歩き始めてしまう。まっすぐ伸びた背筋は美しかったが、いまだけは恨めしい。レオは、ふたたび泉の先頭に踊りでた。


「ちょっと待ってセナっ、生き急ぐなっ!」
「ええ~……。その意味不明なクイズ、まだ続くわけぇ……?」
「当たり前だろ~、正解を導きだせてないんだから!考えろっ、想像しろっ!小学生だってまだ粘るわ!」
「もぉ。あんまり下らないことばっかり繰り返すようだったら、お説教するよぉ?ついでに、最近こたつでウトウトしてばかりで、大事な話を聞き逃しがちのくまくんも、一緒にねえ~?」
「コラ~ッ!リッツを人質にとるな~っ!」
「あんたがしつこいからでしょお~?」


 心の友を、巻き添えにするわけにはいかない。レオは、ぐぬぬと歯ぎしりして、不機嫌な泉に向き合った。


……これで最後にするから!ほとんど答えに近いけど、もう一個ヒントやるから!」
「はあ」
「『ちょうり』……ほにゃらら!」


 三角巾を被り、みそ汁を味見するシーンを再現をする。ケーキづくりにみそ汁は微塵も関係ないが、とにかく思い出してほしかった。本日の授業で、なにかしらの『調理』を経験したことを!───泉は少し考えて、首をかしげた。


「ちょうり?」
「うん!」
「調理実習?」
「うんうん!」
「調理実習だったら、今日うちのクラスでやったけど」
「その意気だっ、セナ!」
「『か』は…………ああ、わかった。『カップケーキ』のことか」


 ようやく答えに辿り着く。レオは両手を広げて、めいっぱい喜んだ。クイズにやる気がなかったはずの泉も、どこか誇らしげな表情になる。


「正解っ!大正解だセナ~っ、さすがはおれのセナっ!」
「なんだ、意外と簡単じゃん」
「わはは、苦戦してたくせにっ!」
「でもさぁ。それが一体なんだっていうわけぇ?」
………。」


 カップケーキは、もらえない。答えが出る前から、分かりきっていた話である。だが、実際にこうも脈がないと、覚悟していた以上に愕然としてしまった。
 とはいえ、当然の結果だろう。学院でさんざん暴れまわったあげくに不登校になって、長いあいだKnightsの王座を放っぼりだしたのだ。そんな男に、無条件で『なにか』をあげる義理などありはしない。


「っはぁ~~~……


 レオは意気消沈して、長い息を吐いた。そうして、とぼとぼと歩きだす。スタジオまでの道のりが、いやに遠く感じてしまう。一歩ずつ、鈍くて重い足を踏みだして───泉の指先が、レオの制服の裾を引っ張った。レオは慌てて振り返る。


「セナ!?」
「ねえ。あんた、もしかして……


 泉の瞳が、訝しげにうるんだ。上品に結ばれたくちびるが、開かれる。
 これは、もしや察したか!?───レオの胸は期待に膨らんだ。


「お昼、抜いたでしょ?」
「あ?」
「やっぱりっ!」


 呆気にとられるレオに、泉は腰に手を当てながらぷりぷりと怒る。
 たしかに今日の昼休みは、ずっと作曲をしていた。お弁当を抜いてしまったのは、事実である。だが、昼休みを終えたあと、しっかりと食べたのだ。五限目の最中に、教科書で弁当箱を隠しながら───これを打ち明けるとさらに叱られるので、黙秘権を行使するけれども。


「なるほど。だからあんたは、私に『調理実習で作ったカップケーキ、残ってない!?』って聞きたかったわけぇ?」


 ちがう。カップケーキを食べたかったのは本当の話だが、空腹に起因するものではない。あくまで泉の作ったものがほしかったのだ。
 限りなく正解に近いのに、肝心なところでズレている。ひどく惜しくて、かゆいところに手が届かない。
 レオは弁解しようとしたが、泉がそれよりも早く、レオの腕を握りしめた。強く、つよく、絶対に離してたまるものかといわんばかりの握力で、しっかりと掴む。


「お昼ごはんを抜くとか、チョ~ありえなぁい!不摂生っ、栄養不足でフラついたらどうすんのぉ!?このバカ殿っ、考えなしっ!脳みそに音符しか詰まってないんだからっ!」
「セナは大げさだなぁ~……って、どこ行くんだよ~っ?いくら方向音痴のおれでもわかるぞっ、こっちはセナハウスじゃないだろ~!?」
「スタジオに向かう前に、あんたを食堂に連れてくの!」
「ええ~……?」
「栄養バランスの取れたメニュー選んであげるから、ちゃんと食べなよねえ!」
「そこまで……?」
「だって」


 あんたが具合悪そうにしてるの、もう嫌なんだよ。膝から崩れ落ちるところ、二度と見たくない。
 数秒前までの怒りはどこへやら、泉が、ぼそりと呟いた。


「セナぁ?」


 力強く、腕を引っ張られる。後方に飛ぶように流れる掲示板を眺めながら、レオはもういちど泉を見やる。つやのある銀髪に隠れて、どんな瞳をしているのか、さっぱりわからなかった。


「わはは。おれのこと、心配してんのか?」


 妄想の世界みたいに、甘い対応なんてしてくれない。現実は塩のようにしょっぱくて、けれども、それはそれで、幸せかもしれなかった。砂糖たっぷりのお菓子をもらえなくたって、別にいい。ちゃんと想われていることがわかるなら。
 不正解のなかに、思わぬ正解が埋もれていることもある。レオはすこし嬉しくなって、鼻歌を奏ではじめた。もちろん、泉にぽかん、と頭を叩かれたけれども。なんだか懐かしかった。
 今度は「カップケーキ、ちょうだい!」と、素直におねだりしてみよう。