らい
2020-09-28 21:19:23
3100文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀⑭「高嶺のシヴァルリィ」

お題「おんぶ」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

「痛っ!」


 貸し切りのレッスン室で練習しているさなか、その事故は起きた。新曲の見せ場であるターンの振り付けで、泉が転倒したのである。
 部屋の角でバック転を繰り返していたレオは、少々バランスを崩したが───気合で踏ん張って、すぐさま泉に駆け寄った。隣には既に嵐がおり、その周りを囲むようにして凛月、司が立っている。


「セッちゃん、大丈夫……?」
「はあ?私を誰だと思ってんの。これくらい、大丈………っつぅ~………
「嘘おっしゃい。足、ひねっちゃったんじゃない?」
「それは由々しき事態です。今すぐ医務室に参りましょう、瀬名先輩!」
「だからぁ、平気だって言っ……
「大丈夫なわけないだろ。無理すんなよ」


 たとえ十字架にくくられても、絶対に泣き叫ばないような気高い女である。随分と強がってはいるが、泉の額には汗の粒が浮きあがっていた。上品なくちびるを噛みしめ、襲いくる痛みに耐えているのが見てとれる。


「泉ちゃん、立てそう?」


 深刻な顔をした嵐が、優しく肩を貸す。しかし、立ち上がるのがやっとなのか、泉は頼りなくよろめいた。レオはとっさに泉を抱き寄せる。ごめん、と小さな声で泉が詫びた。


「セッちゃん。いったん素直になって、医務室に行こっか」


 助けようとして先を越され、慌てて手を引っ込める司の背をポンと押しながら、凛月が提案する。泉は苦笑いを浮かべながら、今度は「うん……」と力なく返事した。
 普段ならば、自尊心を傷つけられると突っぱねるのに。すんなり従うなんて、よほど痛いのだろう。明日は、雨でも降るのかもしれない。だが、レオは少しばかり安堵した。完璧主義者ゆえに無理しがちな性質なのだ。出会った頃から、ずっとそう。インターネットの住民たちに悪口を叩かれたって、体調不良で気だるくたって、平然と振る舞ってみせる女だ。たまには、十八歳の女子らしく、存分に甘えさせてやりたいところである。
 泉本人に告げたら、確実に怒るだろうけれど。


「申し訳ないけど、そうさせてもらっていい……?」
「うんうん、そうするべき!無理してのちのライブに響いたら、本末転倒だしな~。王さまの命令は、ぜ~ったいっ!セナは医務室送りで決定~っ!」
「そうね……。でも泉ちゃん、そこまで歩くのもキツいんじゃないかしら?」
「でしたら、この朱桜司が」
「おれが連れてってやるよ。ほらセナ、乗りな」


 またしても出遅れた司の肩に、凛月がポン、と手を置いた。後輩の活躍を奪ってしまうのは気が引けるが、適材適所というものがある。レオはその場にしゃがみこんだ。
 女の子をおんぶするのは、子どものころから妹で慣れているのだ。


「ひとりで歩けるってば。ガキじゃないんだし……
「でも、痛いんだろ?」
「それは、そうだけどぉ……
「セッちゃん、イチャイチャの前座を俺たちに見せつけないで。とっとと乗って」
「あら?アタシはこのやりとり、なんだか初々しくって好きよォ。ドキドキしちゃう♡」
「なっ……!おふたりはそういう関係なのですか!?」
「はあ!?付き合ってるわけないでしょお~!?」
「セ~ナ~。外野がうるさくなってきたし、そろそろ乗ってくれ!ほらほら」


 レオは後ろ手をばたばたと動かして、ためらう泉を誘導する。それから少しばかり間を置いて、泉がようやく歩み寄った。


「『重い!』とか言ったら、怒るからねえ」
「わかってるわかってる。セナはいつだって羽のように軽いし、美しいぞ~」
「なにその投げやりな言い方ぁ、チョ~うざぁい。……よろしくお願いします」


 細くて長い指が、レオの肩にそっと触れる。泉のからだが背中いっぱいに預けられたのを確認すると、レオはよいしょと膝を伸ばした。そして、ジャージ越しの太ももを持ち、首の後ろから伸びた泉の手首を、ぎゅっと掴む。
 妹のおんぶを重ねてきたおかげで、ずいぶんと手慣れたものである。
 しかし、レオは気が付いてしまった。『妹』と『泉』で、あきらかに勝手が違うことに。


(おっぱい…………


 神に誓ってもいい。おんぶを志願した時点で、下心はまったくなかったのだ。だが、薄い背から伝わる胸の質量に、レオのからだは凄まじい汗を噴く。まるで、潮のシャワーを撒き散らすクジラになったような気分だった。更には泉にぎゅっと密着されているものだから、シャンプーの香りも、息づかいも、直球で感じてしまう。
 女の子のにおいにあてられた意識が、シャボン玉みたいに、ふわふわと飛んでしまいそうになる。
 けれども、優美な騎士として、欲望に屈するわけにはいかない。レオは、妹にしか見せないような高貴な表情を演出して、しっかりと抱え直した。


「うう……。私では力不足なのでしょうか……
「それじゃあ、今度は俺をおんぶしてよ。動くの面倒くさいし~」
「凛月先輩は、ご自分の力で歩いてください!」
「んもォ、喧嘩しないの。それじゃあ王さま、泉ちゃんをお願いねェ?」
「任せてくれ」
「えっ。声、低っ……誰?」


 真剣な顔つきに引っ張られて、うっかり声色まで別人設定にしてしまった。レオは、冷静な泉のツッコミを受け流して、レッスン室をあとにする。
 ぱたん、とドアを閉じて、廊下に一歩、踏み出す。レオはふう、と息を吐いた。女の子の胸を満喫したくて、おんぶしたわけではない。しっかりと、気を引き締めなくては。


……重い?」
「いや。全然」
「そう……。なら、いいけど」


 泉はそう呟いて、レオの背に柔らかな胸を押しつける。おもわず跳ねそうになり、レオはぐっとこらえた。おれは騎士、おれは騎士。大量生産されるつばを飲み込み、喉を鳴らしながらゆっくりと足を進める。


「王さま」


 消え入るような声量で、泉が呟いた。レオは、ほんの少しだけ首を動かして、聞き返す。


「ん。どうした?」
……………まさか、おんぶしてくれるとは思わなかったなぁって」
「当然だろ~。歩けない女の子を、ほっとけるわけないだろ」


 それは、紛れもない事実である。騎士のプライドとともに、レオは『おんぶ』を申し出たときの平常心を取り戻した。『妹』のだっこと同等の感覚を思い出しながら、晴れやかなこころで歩いていく。
 よぉし、この調子だ。レオはふん、と鼻息を鳴らしながら、医務室へと急ぐ。
 ところが、それも───つかの間の平和だった。


「王さまのそういうところ、かっこいいよねえ」
……え?」
「ふふ。………きらいじゃないよ。結構……ううん、だいぶ。………かなり」


 茶目っ気たっぷりに笑う泉が、レオの首筋にしがみつく。レオは、「おう」と返事するのがせいいっぱいで、それ以外の言葉は、ちっとも出てこなかった。
 鼻孔をつらぬく甘い香り、無邪気にキスを仕掛けてくる胸のふくらみ。それらは既に、レオの意識からさっぱり消えていたけれど、そのかわり身体じゅうの血液が、マグマのごとく沸騰する。心臓の鼓動が跳ねあがり、その高鳴りはまるで過激な旋律を刻むドラムのようだった。華麗な騎士とは、遥か対極にある楽器である。ハープが奏でる繊細な心音なんて、今この場に聞こえはしなかった。
 女の子の胸に気をとられて、甘くふやけたり。素直に誉められると、からだごと燃え盛ってしまったり。
 困っている女の子を、優雅にエスコートする騎士でありたいのに。思い描いた理想からみるみる遠ざかってしまうのだから、恋というものはやっかいだった。