らい
2020-09-26 21:12:00
4966文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀⑫「ビューティフル・ジャーニー」

お題「妖精」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)/アラビアンナイトのレオ×ランプの精・泉♀

 灼熱の陽ざしに耐え、嵐を乗り越え、盗賊たちの強襲さえも返り討ちにして──いくつもの砂漠を超えた先にある洞窟で、レオは怪しげなランプを見つけた。
 何年も触れられていないのか、金の光沢は剥げている。泥とコケがこびりついていて、ほとんど茶色になっていた。市場に売りだしても、きっと金貨にはならないだろう。
 だが、レオは手に取ったランプを捨てなかった。


「霊感を刺激されるっ……!とくに根拠はないけどっ!」


 珍品を集めるのが趣味というのもあるけれど。運命の波動が、レオの胸をつらぬいたのである。
 ぐるぐるに巻いたターバンを脱ぎ、頭をすっきりさせると、レオはもういちどランプを見つめた。経年劣化で売り物にはならないが、磨けばきれいになりそうだ。レオの家には、各地で拾った『おたから』を飾る倉庫がある。きっと、コレクションの仲間入りを果たせるに違いない。


「それにしたって、汚れがひどいなぁ……。ちょっとやそっとのお手入れじゃ、落っこちないかもしれない。でも大丈夫だっ、安心してっ!帰りはオアシスに寄り道して、見違えるほど綺麗に洗ってやるから!」


 レオは、短いつめでランプを引っかいた。
 その時である。薄汚れたそれが、青白い光に包まれた。


「なんだなんだ~っ!?雷!?落盤!?ちょっと待ってっ、妄想させて!」


 想像の世界が膨らむまえに、まばゆい光が強くなっていく。やがて、ランプの入り口から、まっしろな煙が湧き───ぽふんっ!と音が響いた。


「はい、セナイズミだけどぉ~」
………。」
「ちょっとぉ~……。悠久の時を超えてせっかく出てきてやったのに、なぁに?その顔はぁ~!?」


 突如として現れたのは、月色の髪を揺らめかせる美女だった。
 紺にあしらわれた上質な衣装。腰からは、清く美しいオアシスの水を彷彿とさせるようなヴェールが垂れている。ほっそりと伸びたおみ足は、風に乗っていまにも踊りだしそうな、麗しい曲線だ。
 まるで高級な陶器のような白い肌には、蒼い瞳が埋まっている。いままでに手に入れてきたどの宝石よりも美しく、レオの頭にはただひとつの言葉がよぎった。


(ほ、ほしい……!)


 要するにレオは、ひとめぼれしてしまったのである。


「なぁなぁっ、おまえはこの洞窟に住んでる子っ!?きれいだな~っ、お月さまみたいだっ!今おれの心臓には、美しい弦が奏でる旋律のような想いが走ってるっ、ああっ、こんなの初めてだ………!」
「私が美しいのは当ったり前でしょお……って、あんたさぁ。この私を、一体なんだと思ってんのぉ?だれもが欲しがる、ランプの精なんだけどぉ~?」
「らんぷのせい?」


 レオが反芻すると、月色の美女はふん、と鼻を鳴らして、美しく伸びた足を、空中で組んだ。ヴェールのすきまから太ももが露わになっているのに、それでいて下品さを感じさせない。まさしくレオの好みを刺激する女である。


「そ。私は世界一美しいランプの精、セナイズミ。あるじの願いを、みっつまで叶えてあげる」
「おれの願い!?セナが!?」
「私は、強くて賢くて美しい精霊様なんだけど。気安く呼び捨てにしないでくれるぅ?」
「別にいいだろ~、呼びやすいし!なぁなぁ、おれのことも『れお』って呼んで!」
「イヤ」


 ランプの精である美女ことセナは、つんとそっぽを向いて、足を組みなおす。ふきげんに吊りあがった眉は均等に整っていて、きゅっと引き結んだくちびるの角度も、なにもかも完璧な美だった。
 髪のしっぽをふんわりと浮かせながら、レオは続ける。


「ほんとに願いごとを叶えてくれるのか?」
「お安い御用だよぉ~。ただし、さっきも言ったけど、お願いごとはみっつまで。死者蘇生と、他者の精神操作以外なら、なんでも叶えてあげるよぉ~?」
「ふぅん。禁忌は犯さないってことか」
「人間界の流れに介入するのは、掟で禁止されてるの」
「らんぷの精も、規則があって大変だなぁ~」
「ふん。そうとわかったら、とっととお願いごとを考えてよねえ」


 セナは肩に垂れた髪をかきあげながら、自慢げにまぶたを閉じた。伸びたまつ毛さえも、夜空の砂漠に映る月の影を想起させるほど美しい。
 大金持ちにしてもらう?宝石をたんまり用意してもらう?世界じゅうに散らばった珍品の場所を教えてもらう?───願いごとは、そのいずれでもない。今のレオには、たったひとつの願いごとしかなかった。
 おれのお嫁さんになって、セナ!


「おれの」
「あっ、そうそう。言うの忘れてた。これは個人的に拒否してるお願いごとだけど……。『おれのお嫁さんになって』系のお願いごとは、絶対にやめてよねえ」
「なにぃ!?」


 まさかの先制防御である。
 頭の中身を覗かれているのか不安になって、レオは地面に放り投げているターバンを被り直した。ちっとも意味をなさないが、せめて気持ちだけでも、思考回路を保護したい。その一心で、瞳が隠れるぎりぎりの位置まで、ターバンを身につける。


「だってさぁ……。これまでにランプをこすって私を召喚してきた男たち、みぃ~んな声を揃えて『イズミ、結婚して!』なぁんてお願いしてくるんだもん。しつこくって、嫌になっちゃうよねぇ。いったい私をなんだと思ってんのかなぁ。たかだか人間の男が、強くて賢くて美しいランプの精霊セナイズミに釣り合うと思ってるわけぇ?チョ~うざぁい!」


 よ、余計なことすんな~!───顔も、声も知らない過去の男たちにがるるるるる、と牙を剥きながら、レオは愕然とする。
 しかし、セナには透視能力があるわけではないらしい。その点にはすこしばかり安心して、レオは再度ターバンを脱ぎ捨てる。
 つい男たちを恨んでしまったが、よくよく考えれば「なんでもいい」と豪語したセナの責任である。


「なんだよ、それ~!強くて賢いかどうかは知らんけど、美しい精霊さまに『なんでも叶えてあげる』とかいわれたら、ちょっぴり期待しちゃうだろ~!職務怠慢っ、詐欺だ詐欺っ!騙すほうが絶対に悪いのに、騙されるほうが悪いとかいう意見が多いの反対っ!」
「なっ……。ちょっと、なぁにその言い方ぁ~!?人間のくせにっ、生意気なんだけどぉ!?」


 美人が凄むと、恐ろしい顔になる。だが、レオも負けじと顔を近づけた。


「仕方ないだろ~、セナにひとめぼれしちゃったんだから!」
「えっ」
「お月さんにそっくりの髪色がすきっ、深海に沈んだ宝石みたいな蒼い瞳もすきっ!足は細くてきれいだし、ちょっと露出しすぎだろとは思うけど、過度な色っぽさを感じさせない気品があってだいすきだっ!まぶたを閉じていても眩しいっ!だめと首を振られても、一秒おきに欲しくなるっ!」
「えっ。えっ?えっ!?……はぁ~!?」
「おれの願いは『セナがほしい』っ!なぁセナぁ、『おれのお嫁さんになって』っ!出会ったばかりのおれが信用できないなら、『おれと一緒に来て』っ!判断するのは、それからで構わないから!」


 空中に浮かんでいたセナは呆気にとられて、地面にぽとん、と落ちる。やわらかな尻をぶつけて、「チョ~痛ぁ~いっ!」と叫んだ。


「わはは~、ランプの精さまも尻もちつくんだなっ。ますます気に入ったっ、ちょっぴりドジなセナもかわいい~♪」
「こらっ、触るなぁっ、チョ~うざぁいっ!もぉ知らないっ、帰る!」
「わわわっ」


 薄暗い洞窟に、清く美しい水のごとき光がほとばしる。ぽふんっ、と可愛らしい音が響きわたり、そこに残ったのはまっしろな煙だけ。頬を赤らめたセナは、ランプのなかに戻ってしまった。


「セナ~、怒ってるのか?」


 手の甲でコンコン、とランプをノックすると、ドン!と叩き返される。レオはたじたじしながら、ひとまず洞窟をでることにした。






 どこまでも広がる砂漠の向こうに、雲ひとつない空が続いている。数時間ぶりに吸う新鮮な外気に、レオは腕をいっぱい伸ばして、背を反らした。
 胸に抱えたランプは太陽のひかりに照らされて、より汚さが際立ってみえる。あれきり、セナは出てこない。控えめなノックにも、反応しなくなっていた。


「うっちゅ~☆」


 レオが呪文をつぶやくと、黄昏色のじゅうたんがボン、と飛びだす。魔法の力で、自由自在に空を飛べるすぐれものだ。
 ふかふかの生地によいしょ、と飛び乗って、レオはゆっくりとランプを置く。そうして、物言わぬそれに淡々と話しかけた。
 惚れたのは一瞬で、振られたのも一瞬のこと。けれども諦めきれなくて、一つひとつの言葉を、丁寧に紡ぎだす。


「ごめんなぁ~、セナ………。セナがあんまり綺麗なもんだから、どうしても一緒にいたくって、すぐに結婚、申し込んじゃった………
 でも、これまで色んな男に言い寄られたんだもんな。あのときは、『それぐらいで!』って怒ったけど…………。よく考えたらおれ、セナのこと、なぁんにも知らないんだ。
 おまえが何年、いや何千年ぐらい生きてるのかわからんけど、きっとおれの知らない苦労も、味わってるんだろうな………
 だけど……。これを言ったら、また怒るだろうけど、おれはセナを見た瞬間、『運命だ~!』って、今までに一度もなかった霊感を受信した。目玉が落っこちるぐらい美しくて、おまえの気持ちを考えてしゃべれなくなるぐらい、ひとめぼれしちゃった………
 だから、こんな窮屈なランプのなかに閉じこめるのが、惜しくなって………。もっと、世界じゅうの色んな景色を見せてやりたいって………率直に、そう思ったんだよな。
 でも、セナがそれを望んでないのは、よくわかった。
 おれ、いちから願いごとを考えなおすよ。
 それがきっと、セナにとって一番のねがいごとだから……
「はぁ~?急にいきなり語り始めるとか、チョ~うざぁい!」
「ぎゃ~っ!?」


 ランプのちいさな穴から、セナが現れた。レオはじゅうたんから転げ落ちて、「痛ってぇ!」と後頭部をおさえる。
 細い足を組みながら宙に浮いているセナは、ふん!と顎を反らした。


「急にどうしたっ、もしかして洞窟からお持ち帰りするの、禁止だったりする!?」
「違うっ!……ただ、納得いかないから、言い返してやりたかっただけ!」


 セナは、首をかしげるレオに、美しく整った顔を近づけた。


「あんたさぁ、『おれと一緒にいてほしい』って、何様ぁ~!?」
「えっ。そのまんまの意味ですが……
「そういうことじゃなくってぇ!私は、その一言で簡単な気持ちが揺らぐような、尻軽な精霊さまじゃないってことを言いたいの!」


 ふわり、と浮いた尻を地面に下ろし、セナは正座する。そうして膝に両手を置いて、レオに迫った。


「ただで一緒にいてやるなんて、私の価値が下がっちゃう!」
「う~ん。困ったなあ……。でもおれ、セナのためなら何でもするぞ~?」
「なんでもぉ?ふぅん、簡単に言うよねえ。それじゃあ、私のために毎日、煌びやかな衣装を用意してくれる?外に出るなら、世界で一番美しい衣装で毎日着飾らないとイヤ。過去に出会った男たちは、み~んな『それは、ちょっと』って言葉を濁したよぉ。どうせあんたも、あいつらと同じ台詞を……
「用意してやるよ」
「えっ!?……ど、泥だらけのランプは、強くて賢くて美しい私にふさわしくないから、世界で一番の高級品に変えて!」
「探してやるよ」
「だっ、誰も足を踏み入れたことのない世界で一番美しいオアシスで、水浴びさせて!」
「連れてってやるよ」
「はあ~!?」


 レオは立ち上がり、魔法のじゅうたんにふたたび飛び乗る。そうして、人懐こい八重歯をのぞかせながら、地べたに座っているセナに手を伸ばした。


「さぁ行こう、セナ!ランプの外の世界を案内してやるっ、おれと一緒に、世界でいちばん美しい旅を、はじめよう!」


 金貨より、宝石よりも、心から欲しいもの。生まれてはじめて見つけたのだ。
 暗くて狭い、永遠の時間を過ごしてきた美しき精霊へ、この旅を捧ぐ。