らい
2020-09-25 21:10:54
3336文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀⑪「Don't take my heart!」

お題「怪盗」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)/怪盗レオ×女刑事泉♀


 蒼の宝石『アイロニックブルー』の展示室。刑事の泉は、ふん、と鼻で笑いながら、パンプスの音を高らかに響かせる。パチン、と指を鳴らせば、薄明かりのシャンデリアから鉄の檻が落ち、白のタキシードを身にまとった男が、包囲された。


「とうとう追い詰めたよぉ!」


 泉は、肩に流れる美しい髪をはらいながら、進んでいく。「今宵も華麗にMission Completeさせていただきます」───被害総額は数百億円超え、盗んだ宝石も数知れず。わざわざ予告状を送っては、警察を翻弄して宝を持ち去っていく怪盗ライオンハート。
 世間を賑わしてきた大泥棒を、ようやくこの手で捕まえるときが訪れたのだ。若くして活躍している女刑事・瀬名泉の伝説に、新たな1ページが加わることだろう。泉は自らの功を誇り、得意顔で男を見つめた。


「どぉ?独房に閉じ込められた気持ちは?」
「う~ん、困ったなあ。外は騒がしいのに、中はやたらと警備が手薄だとおもったら。まさか、女の刑事さんが待ち構えてるとは!」
「これまでのポンコツ警部たちと、一緒にしないでくれるぅ?堪忍しなよねえ。ほらほらぁ、『ごめんなさい』って謝んなよぉ?」
「うんうん、人生は予想だにしていないピンチの連続っ!ああっ、インスピレーションが刺激される~っ!」


 黄昏色の髪の房を振り乱しながら、『怪盗ライオンハート』は頭を抱えていた。
 背を向けているために、その表情を窺い知ることはできない。だが、とんちんかんな発言は強がりで、きっと困り眉になっているに違いない。手錠をはめられて号泣しているライオンハートの姿を想像して、泉はほくそ笑む。そして、檻のすきまから、造作もなく語りかけた。


「なぁに、ぶつくさ呟いてんのぉ?とっとと降参しなよぉ、どうせあんたは逃げられないんだからさぁ?」
「ふぅん。絶対に?」
「当たり前でしょ?」


 外にはヘリが待機しているし、この展示室にも間もなく他の部隊が駆けつけるだろう。徹底的に包囲されたこの美術館から逃亡を図るなど、不可能に決まっている。泉は、ライオンハートの背に、余裕たっぷりに笑ってみせた。
 帰ったら、祝杯をあげなくっちゃ。買ったばかりの入浴剤も試したいよねえ。お風呂のなかで足を伸ばして、身体をゆっくりと労っちゃうんだからねえ~!?───少なくとも、しあわせな妄想に明け暮れてしまう程度には、勝利を確信していたのだ。
 ところが、絶対的な希望は、またたく間に崩れ去る。


「試してみるか?」
……え?」
「うっちゅ~☆」


 幼子のような舌ったらずの声色が響いたかと思えば、閃光弾が炸裂したのである。泉はきゅっとまぶたを閉じた。
 しまった!───泉は慌てて背後を振り返る。ひゅっと喉が鳴った。オレンジの髪をなびかせて、ニカッと八重歯を見せつける翠の瞳。怪盗ライオンハートが、真後ろに立っていたのだ。


「ッ……!この………っ」


 泉は、美しい足でかかと落としをお見舞いする。だが、ライオンハートはあくびをしながら、華麗にひょいっと交わした。バランスを崩して、泉は転びそうになる。しかしそれを、ライオンハートが食い止めた。泉の腰をぎゅっと掴んで、顔を近づける。
 これまで遠目からしか確認したことのない輪郭が、鮮明に飛びこんでくる。小動物を彷彿とさせる喋り方とは正反対に、肉食動物のような雄らしい顔つきがそこにあった。
 キュウウウウウン……
 心臓の高鳴りが加速する。泉はくちびるを震わせながら戸惑った。
 よりにもよって、宿敵の男にチョ~ありえないんだけどぉ!?───ライオンハートの瞳を眺めてしまうが、本能には抗えない。正直なところ、泉のタイプだったのだ。


……はっ!」


 女刑事の人格を取り戻して、泉はふと我に返る。細い腰をなぞる指先を振りはらい、ふたたび凛々しいまなざしを向けた。


「ちょっとぉ……。気安く触れないでくれるぅ?」
「なんだよ~、せっかく助けてやったのに」
「誰も頼んでない。それに、あんたが不利であることには、変わりない。なにがなんでも、逮捕してやるんだからねぇ!」


 今度は、ライオンハートの手首をねじろうとする。ところが、またしても交わされてしまった。


「チッ。泥棒のくせにぃ……


 泉はぎゅっと歯を食いしばり、ライオンハートを睨みつける。ライオンハートは、困ったように笑った。その顔もまた可愛らしい。泉の頬は、チョコレートさながらに甘くとろけそうになり───ぶんぶん、と首を振る。騙されちゃだめ、こいつは世紀の大泥棒なんだから!しつこく言い聞かせながら、泉は般若のごとく眉を吊りあげる。


「このおれが不利な状況に追い込まれてる?ばかも休み休み言えっ。いいか、耳の穴をかっぽじってよぉ~く聞いとけっ!怪盗ライオンハートさまは天才なので、どんなリスクも厭わない!世界中に散らばった美しいものを集めるためなら、妖しい微笑を湛えて華麗にMission Completeしてしまうのだっ!わはは~っ!」
「はあ?チョ~うざぁい!何度もいってるけど、あんたはこの場所でチェックメイト!向かう先は、牢獄だよぉ?」
「むむむ……。随分と好戦的なお嬢さんだなあ?」
「あのさあ。さっきからお嬢さんとか、女刑事さんとか軽々しく呼ぶけど、オンナ舐めないでよねえ。ショーケースの中に閉じ込められてるそこの宝石みたいに、大人しくなんかしてられないの。私は、どんな事件も美しく解決する、女刑事の瀬名泉!のうのうと生きてるだけの女じゃ、ないんだからねえ!?」
「ふぅん……。おまえ、セナっていうんだ?」
「ひゃっ」


 ライオンハートは泉の手首をつかみ、冷たい檻に縫いつけた。獅子のごとく獰猛な視線が、泉の胸をつらぬく。泉はたまらず腰をよじるが、股座のあいだに膝を差しこまれてしまった。
 すり、と密着する肌に、恍惚としてしまう。


「なっ……なにすんのぉ………あっ」


 泉のあごの輪郭が、ライオンハートの指でなぞられる。おもわず甘い声を上げてしまう泉をよそに、ライオンハートは続けた。


「今まで、おれをずっと追いかけてきた警部のおじさんが引退するっていうんで、後任はどんなやつが楽しませてくれるのかと思ってたけど………


 大したことないやつだな、とか、弱い女でがっかりだなあ、とか。そんな言葉をぶつけられると思っていた。
 だが、違った。ライオンハートは、砂糖たっぷりのわたあめのように、ふにゃりと真っ赤になったのだ。


「どうしよう。おれ、セナにひとめぼれしちゃった………
「はあ~!?」
「お、おれとしたことが~っ!奪うつもりが奪われちゃうなんてっ、怪盗として失格だ~っ!ああっ、だけどっ、波打つ鼓動は鳴り止まないっ、恋の始まりを祝福する鐘が、反響する~っ!」
「瀬名刑事!」


 怪盗を捕らえるために武装した部隊が、意気揚々と駆けつける。ライオンハートはわはは、と笑って、唖然としている泉の耳元にくちびるを寄せた。


「ちぇっ。結構いいとこだったのに、空気の読めないやつらだな~」
「なっなぁ~にが『いいとこ』なわけぇ!?」
「セナのこと、も~っと知りたかったけど……。お縄になりそうだから、おれもう行かなくっちゃ」
「なっなっ……なに言ってんのぉ!?逃げるなんて、絶対に許さないんだから!」
「そのうち、また会いにくるからさ。予告通りに奪ってやるよ、待っててっ!」
「だっ、だっ、だからぁっ、そうじゃなくってえ!」


 かんしゃくを起こす泉に、ライオンハートは低い声でささやいた。


「I will steal your heart」


 ちゅ、と音を立てながら口づけられて、背筋に甘い電流が走る。くちびるが離れた瞬間、まっしろな煙が展示室いっぱいに充満した。


「くそっ、怪盗ライオンハートめ!」
「おい、外はどうなってる!?」


 悔しがる同胞たちが、通信している。泉は、キスの余韻を忘れられないまま、へたりと座り込む。
 泉の左胸には、青い薔薇が飾られていた。