泉は、隔週でライブ配信をしている。メイクの工程、コスメの紹介、オリジナルレシピの実演。日によって配信の中身は異なるけれど、今夜のテーマはパジャマ姿で、ゆったり雑談。ファンからの質問にできるだけ答えながら、ゆるやかな時間を過ごすつもりであった。
薄明るい橙色の照明の下、ガラスマグに注いだジャスミンティーを飲めば、次々とコメントが飛んでくる。泉は、ファンの声援が流れる液晶に、にこりと微笑んだ。
『泉ちゃん、すっぴんでも可愛い』
「ありがと」
『なぜか通知が来なくて今配信に気づいた…絶望』
「アーカイブ残しとくから、最初から見てよねぇ~」
『あと少しで夜勤なんだけど、このまま泉ちゃんを見つめていてもいいですか?』
「気持ちはチョ~嬉しいけど、仕事に行かないと怒るよぉ~?責務は果たして。しゃんとして!」
『はい』『はい』『はい』
「軍隊じゃないんだからさぁ~」
一斉に寄せられる返事に、泉はちいさく笑う。『瀬名ちゃん、かわいい~♡』『泉ちゃんのSMILEセットだ!』『笑顔がとっても綺麗~!』『初見だけど姫にされてしまった…』『うちの犬、せないずが大好きでずっとしっぽ振ってる(笑)』『きちんと叱る泉。これだから好きなんだよな…』──老若男女のさまざまな声が届く。泉の応援層はいささか愛が重めだが、基本的には一途で、まっすぐで、純粋な心を持っているファンばかりだ。可愛いね、綺麗だね、大好きだよ。そんな言葉をたくさん送ってくれるから、励みになる。
だからこそ今日の夜は、ファンとの時間を大切に過ごすつもりだ。泉は、ライブ画面の『質問』をタップした。視聴者全員がリアルタイムで確認できるフリーコメントとは違って、あらかじめ募集していた『質問メッセージ』を確認できるシステムである。すべてに回答するのは難しいけれど、可能な限り返したいと考えていた。
『最近、好きな男の子ができたので、でも私スタイル良くなくて、だけど振り向いてほしくってダイエット始めたんですけど、お腹がすいたら、つい食べてしまいます。。。泉ちゃんは、そーゆー時はどぉやってやり過ごしてますか?コツがあったら教えてほしいです。。。』
言葉遣いが気になるけど、努力しようと頑張る女の子は、応援したくなるよねえ。泉は、切実な問いに答えようとして──がたん、と音がした。ライブ配信の画面外、部屋の向こうにいるレオが、パソコンデスクの下でうごめいている。
(ったく。ライブ配信ちゅうだっていうのに、あいつ何やってるわけぇ?)
なにやら机裏の配線をいじっているようだが、正確には何をどうしているのか、泉にはさっぱりわからない。
だが、必要以上に音を出されては困る。ファンには、というよりも、世間には内密にしているのだ。同ユニットのメンバー、月永レオと同棲しているという重大な事実を。
『泉ちゃん、どうしたの?』
『疲れちゃった?』
『早めに寝てゆっくりしてね!』
『私たちはいつでも待ってるよ♪』
『俺だったら、そんな顔はさせないのに…』
「あはは…。ごめんねえ、今ちょっとだけ配信の画面、止まっちゃって」
辛うじて音は拾われていないようだが、レオは「うむむ…」と独り言をつぶやいている。泉は、気が気ではなかった。インターネットの海には特定班がいて、身に付けているアクセサリがお揃いだとか、部屋に置いてあるコップの型番が同一だとか、芸能人のプライベートを暴きたがる者がいるのだ。匿名掲示板に「声紋が一致」なんて書き込みが投下された日には、炎上する可能性もある。スキャンダルに発展しようものなら、アイドルとして、Knightsとして、致命的なダメージを受けるだろう。
当の本人は、どこからともなく引っ張ってきた延長コードを持ってきて、小ぶりな尻を揺らしている。なかなか入らないのか、ガコッ、ガコッ、とやかましい音をたてながら。
『泉ちゃん、配信の調子やっぱりおかしい?』
『最近なんか途切れるよね』
『私は普通に見れてるけど』
『環境によるのでは』
『ていうか何か変な音しない?』
ほぉら、言わんこっちゃない!泉は血の気が引いた。ジャスミンティーを飲んで、必死に笑ってみせる。
どんなときも気高く、美しく。それが夢追う望騎士、瀬名泉の在り方なのだ。
「え、ええ~と……か、風っ!風、強くってさぁ…。その音かもねえ~…?」
『理解』
『なるほど』
『ひとり暮らしだと、ちょっとした音にもびっくりしちゃうよね』
『どれぐらい強いのかな?』
『気を付けてね~』
『俺が傍にいようか?』
「うん。ありが……」
コンセントを差し終えたレオと目が合った。泉の苦労も知らないで、人懐こく笑ってみせるレオは、勢いよく立ち上がり──デスクからはみ出していたデュアルディスプレイに頭を、ぶつけた。それはもう、大きな音で。がこん、と、まるで石でも割るみたいに。
「れっ……!」
いってぇ~!とレオが叫ぶまえに、泉は慌てて配信を止めた。今にもげんこつが発動しそうな右手を、ファンに見せることなく。
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