らい
2020-09-20 21:10:24
1709文字
Public レオいず
 

今日のレオいず♀⑥「うさぎの騎士」

お題「りんご」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

 せきは静まり、のどの痛みもほとんど無くなったが、額の熱は、いまだにしつこく群がりつづけている。
 体調には細心の注意を払っていたけれど、まさか風邪をひくなんて───泉は、ベッドの上で寝返りを打ちながら、布団をかぶり直した。確かに熱は出ているのに、足の先は冷えている。暑さと寒さが交互に訪れる倦怠感が、不快で仕方ない。カチ、カチと響きわたる時計の音も、いやにむなしく聞こえてしまう。仕事に穴を開けてしまったわけだし、こうして寝ているあいだにも同業のライバルたちが活躍しているのだとおもうと、焦燥感を禁じえない。
 世界一美しいモデルになる夢が、また、すこし遠ざかってしまった。ぼうっとした意識のなか、泉はため息をつく。


(汗、かいちゃったし。ちょっと、着替えようかな)


 身体じゅうが蒸れているような気がして、泉はゆっくりと上半身を起こす。ひとりぼっちの空間に部屋着でひきこもっていては、精神も滅入ってしまう。
 せめて清潔な格好で、気持ちだけでもすっきりしなくっちゃ───泉がベッドから降りようとしたとき、やかましく駆ける足音が炸裂した。どたばたと近づいてくるそれは、やがて部屋のなかに入ってくる。


「セナ~、体調はどうだ~?」
……れおくん。……おかえり」
「ただいま♪」


 仕事から帰ってきたのか、よそ行きの小綺麗なジャケットを着たレオが現れる。レオは鞄を床に放り投げると、すぐさま泉に歩み寄った。
 男にしてはちいさな、だが泉にとってはおおきなてのひらを、額に当てる。


「う~ん。昨日に比べたらちょっと下がったけど、まぁ~だ無理はきんもつだな~」
……ほんと、風邪こじらせるなんてばかみたい。プロ失格だよねえ……
「あのなあ。風邪って呼ぶからマイルドに聞こえるけど、やつの正体はウイルス感染症だぞ。生身の人類が、ウイルスの毒牙に掛かることなく一生を過ごせると思うか?飲み過ぎて翌日の生放送に遅刻~、真っ裸で寒中水泳して具合悪くなっちゃった~、なら、わかるけど。セナは、普段からちゃあ~んと気をつけてただろ~?」
「それでも、『瀬名泉』は完璧でありたいの。『仕方ない』は、嫌」
……セナのそういうとこが好きだけどさぁ」


 レオはシーツに頬杖をついて、困ったように笑った。


「今はとにかく、安静にしてなさいっ!」
……そうするよぉ。……ありがと」
「おいしいもの、しっかり食べて──あっ。そうだ!」


 ちょっと待ってろ!と立ち上がると、レオは小走りで部屋を後にする。ところが床に放置したままの鞄を忘れて、Uターン。「わすれもの!」と人懐こく笑って、今度こそ出ていった。
 泉は、「はあ?」と首をかしげつつ、レオの帰りを待つ。リビングの方角からビニールの袋を剥ぐ音が聞こえた。やがて、それらはトン、トン、とまな板を打つ包丁の音に切り替わる。
 そして十分後、レオはふたたび戻ってきた。


「セナ~。お待たせっ!」


 満面の笑みを浮かべたレオは、泉のとなりにぽふん、と座る。手に持たれた食器には、赤いふたつの小さな物体が乗っかっていた。うさぎ型に切られたりんごである。


「ふぅん。かわいいねえ。れおくんってりんごのうさぎ、剥けるんだ?」
「昔、ルカたんがしょっちゅうお熱を出してたからな~。よく剥いてあげてたっ、お母さんと一緒にっ!」
「意外」


 よく見ればりんごの形はいびつで、ところどころ角ばっている。しかし、キッチンで真剣に切っているレオの姿を想像すると、胸の奥に愛しさが込みあげてくる。泉は、ふふ、と笑って、フォークを握りしめた。


「食べていいの?」
「おう、食え食え~。帰りに寄った市場でさ、『おれの彼女が風邪ひいちゃって元気ない!』って話をしたら、お店のおっちゃんがリンゴ、おまけしてくれた!」
……へえ。………ありがと、れおくん」
「はやく治るといいな」


 今、こうして停滞しているあいだにも、世界のだれかは動きまわっている。けれども、舌に染み込む甘酸っぱい優しさが、愛が、頭のなかに渦巻いている焦燥を、すこしだけ忘れさせた。