白のワンピースをたくし上げ、車から降りる。快晴の空に、入道雲が咲いているのが見えた。新調したばかりのサンダルで踏みしめる土は熱く、照りつける陽ざしも眩しいけれど、高台に吹く風が、ほてった肌を冷ましてくれる。
泉は、後部座席のドアを閉め、目的地の方角に視線を向けた。静かに揺れるひまわり畑が、小道を囲っている。穏やかな風とともに踊る黄色い花たちは、まるで来訪者を歓迎しているかのようだった。
泉はつい、無垢な少女のように「わあ…」と驚いた。だが、ふにゃりと頬をゆるませるレオと目が合って、すぐさまツンとした表情に戻る。高圧的に腕を組み、いつもどおりに振る舞った。
「……なによ」
「今のちょっと、かわいかったな……。はじめて外の世界を体験した箱入り娘みたいで。気の抜けたセナも好き♪」
「はあ?私が世間知らずのお嬢様だって言いたいわけぇ。……でも、きれい」
「だろ~。気に入った?」
「まぁね。誰もいないし、静かだし」
「わはは、よかった。別荘は、こっち」
むぎわら帽子をかぶったレオが、一足先にひまわりの道を進んでいく。「あんたが帽子を被るなんて、めずらしい」と問えば、「だって、夏っぽいだろ」と人懐こい八重歯をのぞかせた。
まるで無邪気な少年のようで、泉もまた、ちいさな足で駆けまわっていたころの少女時代を思い出しそうになる。
もちろん、二十歳を迎えたレオは成人男性である。十一月に誕生日を控えた泉はまだ十九歳だけれど、それでも少女と呼ぶには、とっくの昔に年齢を重ねすぎていた。
「セ~ナ」
前方を歩いていたレオが、とつぜん立ち止まる。すると突然、からだを持ち上げられた。
いわゆるお姫さま抱っこの状態で、レオはくるくると回る。頭上に広がる青空が、陽気にきらめくひまわりが、やさしく吹きつける涼しい風が、まぶしい陽ざしが、わははと笑い飛ばすレオの声が──すべてが混ざって、ひとつになる。
「はあ?」
「セ~ナセナを~たいように~♪すかしてみ~れ~ば~♪」
「なにぃ?」
「ま~っかに~なが~れる~♪おれのち~し~お~♪っと!」
けらけらと笑いながら、レオはようやく泉を下ろす。そうして、何事もなかったかのように再び歩きはじめた。ふんふん、と鼻歌を奏でるレオは、上機嫌にさっさと進む。泉もぷりぷりと怒りながら、早歩きで追いついていく。
「もう。なんなのぉ?」
「わはは。楽しくなっちゃってさ」
「だからってさぁ」
「いいだろ、たまには」
「でもねえ」
「夏だし」
「はあ?」
「夏なんだよ、セナ!」
夜空の打ち上げ花火みたいに両手を広げて、レオが振り返った。
晴れ渡る青空と、ひまわり畑の真ん中で笑う、むぎわら帽子の男の子。どこか懐かしい気持ちになる。
「だってさ、おれたち。ふたりきりで夏を満喫したこと、ないだろ」
「……言われてみれば、そうかもね」
「高校一年生のころは、あんまり親密じゃなかったし。高校二年生のころは」
「殺しあいでそれどころじゃなかった」
「……うん。高校三年生のころは……おれ、そもそも学校いってなかったし。卒業したあとも……セナと、しばらく離ればなれだったし」
「ことごとく夏にきらわれてるよねえ、私たち」
「わはは、なんでだろうな。……だから、嬉しくってしょうがない!」
「うれしい?」
「はじめての夏が、やっと訪れたんだ。おれと、セナの。ずっと待ち詫びていた、あつくて、まぶしい夏」
レオは、愛しげに目を細めながら、むぎわら帽子を脱いだ。草花のにおいをまとった風が、ふたりのあいだを吹き抜ける。
「セナ」
「なぁに?」
「すきだ」
レオは、むぎわら帽子で泉を隠しながら──そっと、くちづけた。やわらかな感触に、泉は静かにまぶたを閉じる。閉じられた視界のむこうで、ひまわりの葉っぱが、さらさらと笑っているのが聞こえた。
いま思い返せば、少女だったころに、少女らしいことをしたことなんてなかった。いつのまにか年を重ねて、数ヶ月後の誕生日には、大人の女になってしまうけれど──今この瞬間だけは、穢れのない白いワンピースを着た、夏の少女になれた。
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