らい
2020-09-17 21:00:13
3132文字
Public レオいず
 

今日のレオいず③「シャル・ウィ・ダンス」

お題「メモ帳」※泉女体化(性転換、呼称改変注意)

「ふんふんふ~ん♪」


 放課後の教室。床一面に楽譜を敷き詰めながら、レオが作曲に明け暮れている。無邪気に足をばたつかせる姿は、らくがきに夢中の子どものそのものだ。紙と鉛筆さえあれば、創造の海で、自由気ままに泳げるのだから羨ましい。泉は、ため息をついた。
 机に広げたノートは白いままで、握りしめたペンは一向に動かない。頭の奥でひねりだした言葉たちが浮かんでは消え、脳がしんと静まり返る。まるで、客人のいない無人の城に取り残されているかのようだった。
 窓から射し込む夕陽は色濃くなっていて、いやでも時間の経過を感じさせる。頬杖をつき、指でとんとん、と紙を叩いたが、当然ながら『文字』が浮上することはない。
 泉は、頬に垂れたつややかな髪を人差し指に絡めながら、もういちど長い息を吐いた。


「セナぁ~、どうしたっ?むずかしい顔して!」


 すると泉の視線に気がついたレオが、小走りで駆け寄ってくる。そうして椅子に後ろ向きに座って、首をかしげた。その顔には、花が咲いているように見える。きっと頭のなかのメロディーを、理想の形に仕上げたに違いない。
 しかし、夢と希望にあふれた花園さながらの表情は、いまの泉にはすこし眩しい。天才と、凡人の差を、否が応にも思い知らされるのだ。


……思い浮かばないのぉ」
「なにが?妄想……したいところだけど、一旦ここは素直に話を聞いとく!」
「あんたにしては、珍しいじゃん」
「ふふん。偉いだろ」
「べつに誉めてない。……苦戦してるの。作詞に」
「ふぅん。難産してるかんじ?」
「うん」


 作曲はレオの仕事だが、作詞は泉の担当である。ときおり外注する場合もあるが、レオが『繊細に紡ぎだされるセナの美しい詩に、おれの曲を乗せたいんだよ~!』と懇願するのだ。
 凛月には「セッちゃん、ちょろ……」と淡々と呟かれたが(腹が立ったので、ほっぺたをつねってやった)、かといってNOと首を振る理由もない。だから、よほどの事態をのぞいては、泉が歌詞を書いている。そしてその詞に、レオが曲をつけるという工程になっていた。
 だが、Knightsにふさわしい楽曲の詞が、どうしても思い浮かばない。泉は、ふと思いたって、レオにぐいと顔を近づける。
 きょとんとするレオに、泉はふふ、と微笑んだ。


「ねえ……。たまには、あんたの曲から詞を考えてみたいんだけど、どうかなぁ。今、いくつか曲を作ってたでしょ?鼻歌でいいから口ずさんでみてよ。なにか、思い浮かぶかも」
「おれは、別に構わんけど……。いま作ってた曲はオバちゃんに頼まれたやつだから、セナの詞は実際に付けられないぞ~?」
「ぐぐ……。まぁ、そうなるよねぇ…………だったらさ、あんたネタ帳とか持ってない?」
「ある!」


 レオは、ブレザーの裏ポケットから、メモ帳をとりだした。


「それ、見せてよ」
「むむっ。なにを企んでるセナ!?」
「なんなのぉ、ひとを悪者みたいな目つきで見ちゃってさぁ。ほらぁ、なにかに行き詰まったときは、他人の作品からインプットする……って、言うじゃん」
「う~ん、参考にならんと思うけどな~。おれのネタ帳って基本、走り書きだし」
「はあ?私のお願いが聞けないわけぇ?」
「つ、つよい……


 レオは狼狽えつつも、「しかたないなぁ、見せてやるよ」と自慢げにネタ帳を掲げた。近所のスーパーに売っているような、素朴な表紙のそれ。目玉のついた音符の絵が、愉快に笑っている。
 上手くはないけれど下手でもない、愛嬌のあるイラストだ。


「あんたにそっくりじゃん」
「むむっ。おれ、こんなにまんまるおにぎりじゃないぞ!」
「自分で描いたくせに」


 あはは、と笑いながら、泉は最初のページに手をかける。
 天才の発想とは、果たしてどんなものだろう。さんざん知っているつもりでいたが、実際にまじまじと眺めるのは初めてのことだった。
 泉は、まるで華やかな舞踏会のいりぐちに触れるかのように、慎重に開いていく。一枚のページに、箇条書きで文字が記されていた。


………『聖天使ルカたんは世界一かわいい音頭』『お父さんとお母さんがプラモのことで大喧嘩してるときに流れてくるBGM』『ママはおれにとってのヒーロー&リズム&ブルース』………


 つい、静かに読み上げてしまう。殴り書きのタイトルが、びっしりと埋まっていた。藁にもすがる思いで作詞のヒントを得たかった泉だが、天才作曲家・月永レオの霊感は、どうやら一般人には触れられない代物のようだった。
 レオの懸念どおり、まったく参考にならないのである。


「いや……なにこれ」
「露骨にがっかりすんなよ……。だから言ったろ~、参考にならないって!」


 天才の考えていることは、やっぱり理解できない。いくら紙をめくっても、飛び出してくるのは意味不明なタイトルばかり。まじめな作曲の痕跡が見られるページもあったが、『おれの死後、貴重な遺品を管理してくれている愛すべき子孫たちへ!つづきは、おれのUSBに入ってるファイル見て!』という文言とともに途切れている。
 後世まで語り継ぐつもりかっ!──泉は、途中で読むのを諦めようとした。ところが、比較的まともな文章で綴られているページに、指が止まる。


「おっ、どうしたセナ~。まさか霊感が刺激されたか!?」
……『セナの』……
「んあ?」


 自身の名前を発見した泉は、惹かれるままに読み上げた。


……『さいきん』……『セナのことを考えると』………『胸がはりさけそうで』……『みけんがあつくなる』………『このきもちを』…………『恋とよばずしてなんとよぶ?』……………『おれの青春がはしりだす』……『とまらない』……『ああ』………『セナ』………『う~ん、すきだなぁ~』………『すきだぁ~』………『セナ、だぁ~いすきのうた』…………………え?」
…………え?」
「えっ?」
「えっ!?」


 レオは飛ぶように起立して、泉からネタ帳を取り上げる。そして目にも止まらぬ速さで該当のページに辿り着き、かぁっと頬を赤くした。
 レオが露骨に照れることは滅多にない。泉もつられて、頬をおさえた。両手が熱い。その部分だけ、まるで常夏のリゾートだ。


「おれのばか、ばか、ばか~!ちょっとまえに衝動的に書き殴って、すこんと忘れてたっ!」
「ばっ……ばか、ほんとにばか!あんた一体なに書いてんのぉ~!?」
「ばかばか叫ぶなっ、誹謗中傷反対っ!ああ~っ、実際に読み上げられると死ぬほど恥ずかしい~っ!」
「そういう問題ぃ!?」
「大昔の日記を発掘された文豪たちも、こんな気持ちなのか~!?ぐあぁあぁぁっ、耐えられん~!」
「耐えられないってどういうことぉ!?一時の気の迷いで書いたにしても、それってチョ~失礼なんじゃなぁい!?」
「気の迷いだと!?てきとうな気持ちで書くわけないだろ~っ、セナのばかっ!」
「ばかなのは、あんたでしょ~!?」
「だっておれはっ、いつだってセナのことが………


 だぁいすき、と弱々しく告げられる言葉に、泉はおもわず息をのんだ。
 ほぼ同時に、まっしろだったはずのノートに、色づいた文字が踊りはじめる。天井にきらめく橙のシャンデリア、真っ赤なドレス、ガラスの靴の透明なきらめき。
 王子様に、好きだと伝えられたお姫様の気持ち。いまなら詞にできる。


「ありがとうれおくん、やる気でた」
「ええ……?」


 静寂に包まれた城の扉が、胸の鼓動とともに開かれる。シャープペンシルの先に、にぎやかな舞踏会がはじまった。