近ごろの泉は、バスソルトに凝っている。ローズ、シトラス、アプリコット──香りも、形状も、さまざまな種類が売られているそれを一つひとつ試して、SNSにアップするのが習慣になりつつあった。
同時にアップする自撮りも、おおむね好評だ。「泉ちゃん、毎日綺麗になってるね」と褒められると嬉しくなるし、「泉ちゃんとおそろいの入浴剤、買ったよ!」と報告されると喜ばしい。
乳白色の湯水を二の腕に垂らしながら、泉はつかの間の入浴を楽しむ。本日は、うるおい効果たっぷりの甘いハニーミルク。洗練されたボトルデザインに一目ぼれして購入したが、はやくもお気に入りのひとつになりそうだ。
白く、細い脚を高く上げながら、泉はふふ、と笑った。
もっと美しくなって、世界中の人間に綺麗って、いわせたい。お風呂上がりは、新しく買ったボディクリームを試してみよう。デコルテの保湿、リンパマッサージ、バストの脂肪ケア、あとは──本日の美容ミッションを復習していると、浴室の扉になにやら物影がうつる。半透明のドア越しに映るオレンジ色のそれが、もぞもぞと動いていた。
「ちょっとぉ。ゆっくりお風呂に入ってるんだから、勝手に入ってこないでよねえ」
ちゃぷ、と水音を響かせながら問いかけると、ドアの向こうの人影が揺らめく。「すまん、すまん」と軽々しく返事したのは、同居人のレオだった。
「セナぁ。おれのスマホ、知らない?」
「はあ?」
「今、仕事関係のひとたちとリモートで会議してるんだけど……。『あれ、月永さん。今朝、スマホに詳細を送ったんですけど、見てませんか?』って聞かれてさ~」
「ったく。まぁ~た紛失したのぉ?」
湯水を肩に慣らしながら、泉は扉越しに問いかける。レオが、ちょこまかと動いた。
「いや、今回は落としてない!断じて!ただ、単純にスマホを見てないだけ!でも、どこに置いたか忘れちゃって、今くまなく探してるとこ!」
「だからって、浴室にあるわけでもないでしょお……」
「セナがお風呂に入るまえに、ここに来たんだよ。明日から泊まりの仕事だから、今のうちにぱんつ用意しとこうと思って。ちゃんと準備しないとセナ、ぷんすこ怒るし!」
「当たり前でしょ~?……で、見つかったのぉ?」
「ないんだよなぁ……。洗濯機の近くに置いた気がしたのに……。今日のおれは一歩も外に出てないから、この家のどこかにあるのは確かなんだけどなあ。偉いひとに、パソコンに送り直して~ってお願いできるわけないし。ああ~っ、おれのばか!困った!」
「ちょっとぉ……。社会人なんだから、しっかりしてよねえ」
泉の記憶が確かならば。昼ごろ、キッチンの電気ポッドの近くに置いていたような、そうでないような。その後、レオはカップ麺を片手に部屋に戻っていったから、いまも同じ場所にあるかどうかわからない。
ただ確実にいえるのは、なんの落ち度もない仕事相手を待たせているということである。泉ははぁ、とため息を吐いて、湯船からでた。薄白の水滴が、肌から垂れる。
「おお~」
「なぁ~にが『おお~』よ」
浴室の扉を開けると、レオはたまご型にくちびるを開いた。同棲してから随分と日が経って、はだかを見られることには慣れているけれど、しっかりと眺められると気恥ずかしい。泉はバスタオルで、ふくらんだ胸を隠した。
そこからシャツを身につけて、行方不明のスマートフォンを探すつもりでいたけれど──下着の収納ケースを物色していたレオが、「あった!」と叫ぶ。わはは、と高笑いする表情ともに、赤く点灯しているレオのそれが現れた。
「もぉ……。なんでパンツと一緒に、スマホが出てくるわけぇ?」
「新曲のメロディーがふと浮かんだから、スマホのアプリに打っておこうと思ったんだけど……。やっぱり紙のほうがしっかり書き留められる気がして、そのまんま駆け出した!そうしたら、棚のなかに忘れてっちゃったみたい!ぱんつともども!わはは。そうだった、そうだったっ!」
「ったく。人騒がせなやつ」
「ごめんセナ~っ、ありがとうセナ~っ!探そうとしてくれて嬉しいっ、だいすきだっ、愛してるよ!」
レオは礼をいうなり、スマートフォンを手にとって、どたばたと出ていった。
もう、せっかくの入浴タイムが、だいなし……。
泉は、短い息を吐く。だが、間髪入れずにレオが戻ってきた。居間へと繋がるドアの隙間から、ひょっこり顔をのぞかせる。
「セナ、ありがとう!」
「はいはい。さっきも聞いたよぉ」
「今日の香り、おれ結構好き!」
「そりゃあ、どうも」
「セナは毎日、綺麗になってくな~。世界で一番きれい!」
「はやく行きな」
「いつだって、コメント一番乗りのおれ~♪」
「は、や、く、行、き、な」
ぎろりと睨みつけると、レオはそそくさと逃げていく。泉はタオルを剥いで、ふたたびバスタブに足を踏み入れた。
セナは、世界で一番きれい。
明日もちょっとだけ可愛くなれる気がすることば。
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