らい
2018-10-28 22:00:07
1981文字
Public レオいず
 

執行までの片道切符

レオいず♀(瀬名女体化)※卒業前

 終電前のバス停は無人の抜けがらで、空から降る雪の呼吸だけが夜道をまたたいている。三月の卒業を控えた今は練習漬けとライブ尽くしのスケジュールで、連日こうして帰りが遅くなっていた。
 冬のバイク運転は得意ではないので、泉は公共交通機関で帰る。ちょっと前までは電車に乗っていたけれど、ここ数日はずっとバスに揺られていた。バスは住宅街をぐるりと遠回りしてから、海沿いの道へと向かう。電車で帰ったほうが圧倒的に早いというのに、横にいる男がバスで帰りたがるので───制服のポケットに手を突っ込んだまま、屈伸運動をしている。運動会前の小学生のようで恥ずかしい───仕方なく付き合っている。そう、仕方なく。
 鼻のてっぺんに、雪のかけらが落ちてくる。泉はマフラーに口元を埋めた。わずかな隙間から白い息が立ちのぼって、冬の空に溶けていく。


「さっきから落ち着かないよねえ。バスぐらい黙って待てないわけえ?」


 泉が怪訝な眼差しをぶつけると、レオはモグラ叩きのごとく飛びあがった。なにかを言いたそうに、泉の緩やかな毛先に指を絡める。ところがすぐに手を離して、再びポケットに五本指を引っ込めてしまった。
 ぴょこぴょこと跳ねながら忙しない挙動を再開するレオに、泉は首を傾げる。小刻みに手足を動かすことで、身体の冷えをごまかしているのだろうか。なにせ普段から寒がりな体質なのだ。どういうわけだかセナハウスと呼ばれているKnightsのスタジオで、凛月とくっついて炬燵に籠城している程度には。
 それにしても───泉はくちびるからマフラーをずらして、訝しげにレオを見やった。


「真横でちょこまか動かれると、気になるんだけど」
「あっ!」
「え?」


 泉の肩を貫通させるように、レオが驚いた声をあげる。バスが来る方角に指を差したので、泉は反射的に背後を振り返った。
 ところがバスが近づいてくる気配はない。腕時計に視線を下ろすと、到着予定の時刻から1分ほど過ぎていた。雪が降っているので、遅れているのかもしれない。


「もう。なんなの」


 溜め息を吐いて向き直ると、間近にレオの顔があった。翠に染まったふたつの瞳がまっすぐ泉を射抜いて、やがて斜めに傾きはじめる。
 どうして顔を曲げているんだろう。
 そんな状況をのんきに分析しているうちに、片手で肩を抱かれてキスされた。冬の冷気で頬が張っているのに、触れたくちびるから熱が溢れてとろけていく。
 数秒もしないうちにレオのくちびるは離れていったけれど、そこは火花さながらにちりちりと熱をはためかせた。夜のドラマで大人たちがしているような、情熱的で激しいキスとは程遠いもので。しかしながら永遠に燃え続ける種火のように、くちびるが焼けていく。


「寒そうだったからさ」


 おれも大概、寒がりだけど。───レオは八重歯をのぞかせながら笑った。最近になって、ようやく取り戻しつつある屈託のない笑顔だった。高校二年生の頃の面影がふわりと浮かんで、目の前のレオとゆっくり一体化していく。
 部屋に引きこもってボサボサの髪でペンを握りしめて。ごめんなさい、ごめんなさい、と紙に謝ってるばかりだったあの頃のあんたへ。ごめんなさいを連発したくちびるで、私にキスしやがったよ。いい御身分だよねえ、チョ~うざぁい。───カーテンで締め切られた思い出の部屋が、まっしろな雪の花で埋まっていく。
 泉が「ばか」と呟くと、ぶろろろろ、と車の音が近づいてきた。


「お~、ようやく来た」


 ビー、と扉が開く。王さまのお通りだ〜、と先に入ったレオは振り返って、泉に手を差し伸べた。
 なによ。その手。お姫様を手招く一国の王でも気取ってるわけ。


「なんだ、その顔!」
……べつに」


 寄越された手を振り払って、泉はさっさと乗り込んだ。座るのはふたりがけの席だ。泉が窓側に詰めて、その隣にレオが腰かける。


「怒ってるのか?」
……怒ってないよ」
……そっか」
……急にされたから驚いただけ」
……ごめんな」
「顔が近い」
「そう?」
「だから、近いっつの」
「わはは。セナの顔は、いつ見てもきれいだな!」
「そりゃあどうも」
「おれさ」
「ん」
「おまえとずっと一緒にいたいな」


 卒業したあとも。
 バスの扉が閉まり、発車する。


いれるかな」


 ぼそっと呟いて、白く曇った窓硝子をなぞる。人差し指一本分の視界が開けて、うっすらと明かりが灯る夢ノ咲学院が見えた。
 冬の帰り道。どちらかが停車ボタンを押すまで、バスは走り続ける。くちびるの熱をこらえながら、泉はレオの肩に頭を預けた。
 終点が、うんと先にあればいい。この時が、永遠に続けばいい。




『執行までの片道切符』2018/02/22