インターネットで知り合った音楽プロデューサー仲間とは、たまに通話ツールでやりとりを交わしている。会話の大半は、別名義で携わっている作曲仕事の話題で占められる。駆け出しのクリエイターと共同作業でPVを作らないかとか、音楽と映像のコラボ展に作曲魔人Xさん(またの名は聖天使ルカたんのお兄ちゃんP、使用名義はその他諸々)も参加してくれないかとか、そういった誘いの話がほとんどだ。もちろん交流を重ねて仲良くなると、他愛ない世間話に花を咲かせることもあった。そのうちの一人は溺愛している彼女がいるらしく、いつも幸せそうに、こう切り出す。
「彼女ができると、毎日が潤うよ」
へえ、ふうん、そうなんだ!それ、いいな!おれも潤いがほしいっ!───独り身だったころは、まるで縁のない話だった。どこか遠い世界で流れているラジオでも聞いているかのように。
「…おくん。れおくん」
ふわりと溶ける雲のような微睡みから目を覚ます。むにゃ、と寝ぼけながら上半身をひねると、心地よい重みが足元に折り重なっていることに気がついた。金縛り!?それとも何だ、おれは宇宙人に連れ去られ、人体実験の被験者として生物学の進歩に貢献してる!?わはは、光栄で何よりです!ばか言え、んなわけあるか!───果てしなく繰り広げられる妄想のなか、メスを片手ににんまり微笑む宇宙人に抗議する。とにかく、『なにか』が乗っかっていることに変わりはない。レオはすぐさま瞼を開けた。
「ようやく起きた?このバカ殿」
当然ながら、人体実験をもくろむ宇宙人の一味はいない。そのかわり、前のめりでレオを覗きこむ泉の姿がそこにあった。いつもだったらこの時間、早起きして作曲に励んでるのにねえ、珍しい。泉はそう呟きながら、レオの頬をふたつの指でつねる。かすかな痛みがレオの触覚を刺激して、しかしそれ以上に視覚を殴られそうになっていた。爽やかな朝にふさわしい白のシャツに、細い首筋と鎖骨が映える。きちんと留めていないボタンの隙間から見える胸元は、健全な朝にしてはいささか色彩が強すぎた。レオは性欲旺盛な体質でなければ、なにかにつけて興奮を膨らませるタイプでもなかったけれど、『昨晩』からの流れもあって───黙っていれば気品のある顔立ちが、わたあめさながらにふにゃり、と溶けてしまう。レオはおもむろに手を伸ばして、泉のからだごと布団のなかに引き込んだ。ぽふん、と間抜けな音とともに、泉がベッドに倒れこむ。
「朝からバカやってんじゃないよ。遅刻するでしょ、とっとと退いてよねえ」
「ん~。もうちょっとだけ……」
「ちょっとも何もないっつの。俺の話が聞こえないわけぇ?」
「セナはやっぱり抱き心地がいいな~…。このまま飲み込まれて、まるで海の底に沈んじゃいそうな浮遊感~……おれとセナは、幸福たゆたう深海の渦に心中するのだ~………」
「ばかじゃないの」
「わはは~」
泉のシャツの襟を親指で撫でながら、レオは上機嫌に笑ってのける。
元々、泉を泊める予定はなかった。翌日は互いに仕事があったし、夕飯の時間を一緒に過ごしたあとは、家にそのまま帰すつもりだったのだ。結局はそういう雰囲気に変わってしまって、一晩中盛り上がってしまったけれども。しかも、着衣のままで。ジャケットやジーンズはどうにかなるとして、皺になったシャツを着用するわけにはいかない。だから仕方なく着替えを貸しているのだけれど、思いのほか破壊力は絶大だった。積極的に着させるつもりは毛頭なかったが、意外と悪くない。
「……なぁなぁ。今日はどうする?今日も、おれの家に泊まってく?」
レオは泉の腰に両手を回して、舌ったらずの甘い声で尋ねた。
「はあ?……あんた、どれだけ俺としたいわけ」
「こらっ!カラダが目的みたいに言うな!がるるるる!」
「だってさあ。あんた昨晩……まぁ、その話はいいや。ていうか別に泊まってやってもいいけど、それだったら一旦、家に帰らせてよねえ」
着替えとか持ってきたいからさぁ。泉はそう言って、レオの拘束をほどく。昨晩の熱が未だに残留しているシーツを抜けて、ベッドから下りた。シャツから伸びる足が、「それはそれとして、いいかげん起きろっつの。チョ~うざぁい」とレオの太腿をつっつく。
「ひとのからだを、足でいじるなっ!」
「あんたがとっとと起きないからでしょ?てか、ぐうたら寝てたいのはむしろ俺のほうだと思うんだけど。俺のペースも考えないで、調子に乗りやがってさあ……」
「ぐぬぬ……。それは、おれも悪いとおもってるよ。でもさあ、セナだってトンカチでぼこぼこ壊してくるだろ。おれの理性を完膚なきまでに!」
「なぁに、この俺にまだ文句でもあるわけ?」
泉は形の整った眉を歪めながら、ベッドに手をついて前かがみになった。立派な男であるので胸はなく、けれども露わになったシャツの空洞からは、劣情の足音がひしめいた。おれ、死んじゃう!レオは髪のしっぽを震わせながら、左胸を抑えこんだ。そうでもしないと、心臓が静止してしまいそうだった。
「……うるおいがありすぎる……」
「はあ?」
いつかどこかで聞き続けた、まるで遠い国のラジオみたいな話。レオは頭のなかでこっそり投書した。おれ、水になっちゃいそうだよ。
RN:H2Kingはラジオネーム:エイチツーオーと読みます(くだらな~~~!)
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