らい
2018-04-15 23:33:27
5276文字
Public レオいず
 

春の名前を教えて

レオいず/辻蛇(辻斬り×蛇)、妖怪パラレル/ワンライテーマ「桜」(で、投稿する予定だったのですが普通に書きました)

 蛇は、数いる妖怪のなかでも美しい生き物とされている。年老いても変わらない肉体の若さと、両眼が釘付けになるほどの美しさ。とある貴族は檻に捕らえて鑑賞し、またある貴族は夜枷の相手として飼い慣らすこともあるという。要するに蛇という妖怪は、人間たちのあいだで高値で売れるらしかった。


 野蛮な人間どもめ。ああ、これだから人間どもは嫌いなんだ。
 緑にうねった森をくぐり抜け、セナはまるで縋るようにして大木にもたれかかった。頬にふれる樹皮の息遣いはみょうに心地よい。人間界に生えている木々といえども、自然のぬくもりは妖怪の里と変わらない。重い首をもたげると、緩やかな風に踊る桜がゆらめいていた。空にむらがる花びらはどこまでも楽しそうだ。あの空の果てに妖怪の里もまた繋がっているのだと思うと、ふしぎな気分になる。
 セナは肩でおおきく息をしながら、着流しをかっ開いた。白い鎖骨に刻まれたあざに、一本の矢が埋まっている。忌々しいそれを右手で引っこ抜いて、地面に放り投げた。


 妖力を確保するために、セナはしょっちゅう人間界を訪れる。そこで、妖怪狩りの人間に出くわすことも度々あった。人間たちは、蛇を発見するなり血眼で襲いかかってくる。槍でつつかれ矢を撃ちこまれ、妖術を駆使しながら命からがら逃げてきた。ところが、まさか人間たちが妖術封じの武器をこしらえているとは。これは、大きな誤算だった。突き刺さった矢は肉体をえぐることはなく、しかしながら麻痺の効能をもたらすらしい。セナの全身はびくりと震え続けていた。辛うじて追っ手を撒いたものの、しばらくは動けまい。

 ふわりと桜の花びらが落ちてくる。身動きを封じられた四肢に、甘い春の香りが漂った。双子の狐や、やんちゃな烏たち。お腹を空かせた鎌鼬の子は、果たして元気に待っているだろうか。時を同じくして、狩りに出かけた酒呑童子も───妖怪と呼ばれる者たちが住まう里に思いを馳せる。戻ろうにも、戻れない。もしかすると、もう戻れないかもしれない。


「そこのおまえ、だいじょうぶ?」


 脳神経まで麻痺しているというのか。声がするまで気配を察知できなかった。ひょいと顔を覗きこまれていることに気がついて、セナは絶句した。人間である。


っ、あ……!」


 セナはとっさに妖術を使おうと右手を持ち上げた。しかし指先がしびれてかなわない。すぐに発動するはずの妖術は、青い光を灯すだけで消えてしまう。
 目の前に立っている男は、後頭部に伸びる橙色のしっぽを揺らしながら「ははあ」と頷く。どこか薄汚れている着物から腕を伸ばして、地面に落ちている矢を拾い上げた。今しがた、セナが捨てた一本の矢だ。


「対妖怪の、魔封じの矢かあ。……まっしろけのお肌と、鎖骨に散らばるあざ。さてはおまえ、蛇の妖怪さんだな~?」
っ!」
「ふふん。日ノ本最強の妖刀使い・辻斬りレオさまには、なぁんでもお見通しなんだぞ~。わはは!おれはやっぱり天才だなっ!どうだ!思い知ったか~!?……思い知ったよなあ」


 レオと名乗る男は、自身の腰に手をかけた。
 まずい。やられる。
 セナはなけなしの力を振り絞って、腕を持ち上げようとする。ところがレオは、腰の刀に手をかけることなく───胸元から一本の小瓶を取りだした。


………はあ?」
「身体を動かしたくても動かせないのって、辛いよなあ。おれもね、今よりもうんと昔、ちいさい子どもの頃の話なんだけど。無抵抗の子猫をいじめてる奴らを追い返そうとしたら、逆に返り討ちにあったことがあってさあ。通りすがりのお侍さんが、『四荒八極!弱い者いじめは許さないぞお!』って助けてくれたけど───とにかく、人間であろうと妖怪であろうと、罪なき者をむやみに傷つけるやつは許さん!がるるるるるる!せっかく静かに暮らしてるんだ。放っといてやればいいのにな~?うんうん」
………………
「そういうわけだから、蛇の妖怪さん!くち、開けて。はい、あ~ん」


 顎をクイ、と持とうとするので、セナはぶるぶると首を振った。己の身の上話で共感したふりをしているが、騙そうったってそうはいかない。ぷいと顔を背けて、親切めいた手を振り払う。


「さては、疑ってるな~?大丈夫、安心してっ!これは毒薬じゃないから!むしろその逆、効果てきめんの解毒剤だぞ~?」
……いらない」
「むむっ。さすがは蛇、疑い深い妖怪さんだな~!賢いな、そういうの大好きだっ!」
………いらない」
「そっか。確かにいきなり薬を渡されても、にわかには信じられないだろうしな~。いいぞ、わかった!このおれが、いちから説明してやろう!耳の穴をかっぽじってよく聞け!」
………いらないってば」
「この薬はおれの知り合いの、腕利きの薬屋からくすねてきた特効薬……!生まれつきの病のせいで不自由してるおれの妹のために、あいつなりに試行錯誤して調合してくれた秘薬だぞ~。ふふん、すごいだろ!」
…………いらないって言ってるでしょ」
「成分は、桜の……なんだったかなあ。わすれた!ええと、なんだっけ……。ああっ、待って!言わないで!答えを導きだすから!……ちなみにその薬屋、おれより2つ下の小僧なんだけど、海の向こうのことばをよく知ってる奴で。歳のわりには博識なんだけど~……って、ああっ!霊感が下りてきた……っ!そうそう、『えきす』っていってたな!解毒作用のある、桜の『えきす』が入ってるんですって、得意げに語ってたぞ~。だから、蛇の妖怪さんにもよく効くと思う!わはは!よかったな~!」
「人間から貰った薬なんていらない」


 嬉々として近づいてくるレオの顔を避けるように、セナはそっぽを向いた。妖怪を助けようとする人間なんて初めてだ。大抵の人間は、あの手この手で捕まえて、永遠に閉じこめようとする。それで帰ってこなかった仲間も山ほどいた。
 人間の言うことなんて到底、信じられない。なにか罠があるに違いなかった。


……あのさあ」


 レオの目つきが鋭く変化する。ほぉら見ろ、汚れきった本性は隠せない。セナが見上げると、レオは木に腕をついてセナをじっと見つめた。翠にきらめく瞳の輝きはすっかりと薄れ、月夜に煌めく刀のような禍々しさに変わる。


「ばか言え、つまらん意地を張ってる場合じゃないだろ。こんなところで寝そべってたら、まぁた人間たちに見つかっちゃうぞ」
「あんただって人間のくせに。……なにを企んでるつもり?この俺を欺こうったって、そうはいかない」
「強情なやつだな~。いまにも死にそうなやつを放っておけるわけないだろ、このわからず屋め!ここは刀と刀がぶつかり合い、弓矢が飛び交い続ける血生臭い戦場じゃないんだぞ。大将の首を賭けた合戦の途中ならまだしも───みすみす無駄死するやつがあるか?おまえ、お月さんみたいに綺麗だし頭もよさそうだけど、ばか!本当にばか!ば~かば~か!」
「なっ……!人間の分際で……!」


 セナは眉を吊りあげる。身体を動かせないのが恨めしい。


「いい加減、しつこいっつーの……!」
「事態を長引かせてるのはおまえのほうだろ~?おれだって妹を待たせてるんだ。とっとと飲んでくれないと帰れないから、すごく困ってる!ふん!」
「あんたの事情なんて知ったこっちゃないし。それよりも妖怪なんか助けてどうするの?何がしたいの?身ぐるみ剥いで商人に売り飛ばして、女に飢えた人間どもの見世物にでもする気?」
「頑固だなあ、おまえ。……どうしても、飲む気ない?」
「当たり前でしょ」


 これ以上なくつっぱねると、レオは「あっそ」と低い声で切り返す。ようやく諦めたのだろうか。セナは横目でレオを見る。先ほどの小瓶に手をかけていた。


……まぁいいや。こうなったら───」


 治療を強行する!
 玩具を見つけた幼子のように笑むと、レオは一気に小瓶を飲んだ。いきなり何を始めようってわけ、この男は?───その疑問の答えは、生ぬるい感触でかき消された。セナの唇を指でこじ開け、レオが口に含んだ液体を流し込んだのだ。


「んんっ!?」


 人間の男に接吻されて、解毒作用のある特効薬とやらを無理やり飲まされている。抵抗しようにも四肢の神経が封じられているために、指先ひとつさえ動かすことができない。それならば吐きだそうと思い、左右にいやいやと首を振る。しかしながら後頭部を抑えられ、甘苦い液体が注がれた。仲睦まじい男女の口吸いのように、深く激しく、舌とともに押し流される。


「んっ。は、っんんん……っ」
……んっ。……ぷはあ!」


 ほんの一瞬の、けれども永遠を感じさせる口移しから解放される。セナは口の端から垂れる液体を親指でぬぐい、けほけほと咳をした。


「あらら。苦しかった?平気?」


 半ば強制的に仕掛けた張本人が、とんとんと背筋をさする。上下に行き交う手の平の動きは、思いのほか優しかった。妖怪を発見するなり、武器をしっかりと握りしめて襲いかかってくるこれまでの人間たちとは違う。嘘のない、穏やかな温度がそこにあった。気を抜けば瞼を閉じて、身体のすべてを預けてしまいそうになるほどの暖かさが───いや、そう簡単に騙されるわけにはいかない。セナはくちびるを引き結び、ひどく心配そうに顔を覗きこんでくる男を直視する。

 ぐうぜん出会った妖怪を捕獲するどころか、窮地から救おうとした。しかも、得体の知れない薬を、強引な接吻で飲ませるなんて。本当にありえない。人間のくせにありえない。もしも身体が動かせたなら、妖術を使う前に一発ぶん殴ってやるのに!───セナは拳を持ち上げた。するりと空気のように持ち上がったので、セナはぽかんと口を開けた。からだが動いている。麻痺状態がみるみる治っていく。腕が、足が、つま先が、指の爪が、軽くなっていくのが分かった。


「お~!?即効性があるとは聞いてたけど、こんなに早く効き目が出るとは思わなかったな~!?どうだ?身体、動かせそうか?おれが妄想するまでもなく動かせそうだな……って、うわっ!」


 セナは瞬時に立ち上がり、木の枝に跳躍する。すぐさま妖術を発動させ、レオの足元をめがけて火の玉をぶつけた。レオはすばしっこく動いて、玉蹴りを楽しむ幼子のように回避する。


「わはは!さすがスオ~の特効薬~!むしろ効き目がありすぎるぐらいだけど、まぁ元気になってよかったよかった!」
……ちっ。俺の妖術を交わしたうえに笑い呆ける余裕もあるとか、チョ~うざぁい……!」
「ふふん。なんてたっておれは最強の辻斬りだからな~。……というかおまえ、いくらなんでも元気が有り余りすぎじゃないの?気だるげで儚げな雰囲気だったから声かけてみたけど、こんなにも腕白な妖怪さんなら別に助ける必要もなかった感じ?」


 せっかくだから、降りてこいよ!もっとおまえの顔を見せて!───桜の木の下で、レオがぶんぶんと両手を振る。


「おまえ、面白いやつだなっ!気に入った!なあなあ、この辺に住んでるのか?また会いたいな~、城下町の団子屋さんとかで!そうだっ、なんなら今度、そこに連れてってやるよ。ナルが作った団子は、ほっぺたが落っこちるくらいにおいしいぞ~!」
「はあ!?ばかじゃないの。人間と妖怪の馴れ合いなんて、数千年の歴史で一度も聞いたことないんだけど?」
「だったら、これからは『聞いたことある!』にしよう!そうしよう!決定!」


 どこまで馬鹿な男なのか。セナは眉をゆがめてレオを見下ろす。きっと悪いやつじゃない。どこかでそう思ってしまうことが気に食わなかった。
 助けてくれたなんて思わない。ろくでもない人間なんかに絆されてたまるものか。セナは五本指を広げながら妖術に集中する。渦巻く空気から火種が飛びだして、それは一瞬のうちに炎に変わった。

 命だけは見逃してやるが、金輪際、この男と関わる気はない。ボッと燃える火柱を宿らせ、再びレオにぶつけようとした。その時だった。


「おれ、おまえのこともっと知りたいんだけど!おまえの名前、おれに教えて~!」
……セナ……


 なぜ、名乗ってしまったのか。なぜか反射的に飛びだした名前に、セナはハッとする。人間相手に、どうして自分の名前を!苦し紛れに火の玉を連発しながら、セナはその場を後にした。木から木に飛び移り、胸に散らばる苛立ちを噛みしめる。これだから人間どもは嫌いなんだ。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。嫌いの一言が無限に沸いてくるのに、それらはどういう訳だか、レオと名乗る男の屈託のない笑みに塗りつぶされてしまった。

 やがて頭のてっぺんにくっついていた桜のはなびらがはらりと落ちて、唇にくっついた。セナは忌々しげにそれを振り払う。しかし体内をめぐる桜の温度が消えることはなかった。