レオいず/ワンライテーマ「看病」(で昨年、投稿する予定だったのですが時間オーバーにつき普通に書きました…)※卒業後設定、当たり前のように同棲(あるいは通い妻)しています
「燃える陽射しに焼かれるように額が熱いわけを、今いちど妄想してみよう。おれの乗っていた船はきっと転覆して、大海原の地平線をゴムボートでさまよっている最中なんだと思う。渇いた喉をつばで潤し、あついあついと呻きながら救助を待っている漂流者のおれ。水がない、食糧がない、コンパスもない!首をぐるりと回しても、島ひとつさえ見つからない!東西南北の概念さえ失われた海の世界……。途方に暮れたおれはゴムボートの真ん中で大の字になって、空から降りそそぐ直射日光にあぶられている……。きらめく陽射しがおれを焼きつくす…波の音が耳をくすぐる…そしておれの鼻をくちばしでツンツンするカモメさんがいる~...。やめろ~、おれは美味しくないぞ~...?あ~あっ!海は広いなっ、大きいな~っ!」
喉がいたい。咳がひどい。ざぶんと波打つ海のさざめきが、鼻水の濁流にのみこまれていく。明るく澄み切った青空。揺れるゴムボート。潮風に乗るカモメたち───雄大な海はすぐさま蒸発して、そのかわり視界いっぱいに四角い部屋が広がった。当たり前ながらここは日本、それも月永の表札が貼られているマンションの一室である。洗濯したての柔らかなシーツの上、そこに広がる無限の海などありはしない。空想劇場で上映されていたレオの漂流日記は、瞬く間に幕を閉じた。
「妄想も大概にしなよねえ。つうか今37度9分も熱でてるんだから、もう喋らないで。ちゃんと布団に入って寝て」
買い物に出かけていたはずの泉はいつの間にか帰ってきた。ゴミ箱に入ったティッシュまみれのビニール袋に封をして、新しいものに取り換えている。カサカサ、と妙に安心する音を耳に受けながら、レオは「おお。セナ。おかえりぃ…」と上半身を起こした。まるで酒焼けのようにしわくちゃの声が、部屋に反響する。こんな声ではしばらく歌えまい。全国ツアー前でよかった。これがツアー中だったら死んでいた。イガイガする喉をおさえて、レオは泉にもういちど「おかえり」と声をぶつける。泉は「ただいま」とだけ返すと、レオの身体をベッドに押し戻した。ぎゅむ、とシーツが擦れて、布団に半強制的に送還される。
「…おお?なんだなんだ。おれを押し倒すなんて随分と積極的だな~。そういうのも結構わるくない!…けど、シ~ンと黙ったまんまで何の予告もなく押し倒されてもふつ~に驚くだけなので、残念ながら75点!今度みっちり補習するか~、わはは!へっくちゅっ!ごほっごほっ!」
「はあ?ばか言ってんじゃないよ。咳も止まってないんだし…。おとなしく休んでなって言ってんの、あんたは日本語をいちから学び直してよねえ」
「病人に対して酷だなあ。これでも高校の頃と比べたら、本を読むようになったしニュースも見るようになったんだぞ。語彙力は増えたっ!……たぶん」
「はいはい」
泉はレオの額から冷却シートを剥がすと、露わになったそこをてのひらで覆い隠した。泉は「まぁ、出かける前よりは下がったかな」と呟いて、ぬるく冷めきったシートを新たなそれに張り替える。想像の物語で猛威を振るっていた熱射光線はどこへやら。真冬のつららを彷彿とさせる冷たさが、レオの額に広がっていく。
「ありがとう、セナ~…。……でも、つべたい」
「我慢しな。これで少しはマシになるでしょ」
「うう。熱くなったり寒くなったり訳がわからん。会話をすると咳が出るし、呼吸をすれば鼻水がでる。頭がボーッとして思考能力が低下するっ、ああ~っ!時間だけが過ぎていくこの虚無感……!地球はめまぐるしく回転しているのに、おれはベッドの上で停滞しているっ!どうしてっ!?なんでっ!?まって答えないで妄想するから!ああ~っ降りてきたっ降りてきたっ、今のおれはそう!まさに大海原に取り残された漂流者…。……うんうんっ、おれはやっぱり天才だなっ!今この瞬間、おれの妄想世界が現実世界とリンクしたっ!この世にまたひとつ、芸術的表現が産まれてしまった……!げほっげほげほ」
「はあ…」
「次の新曲は悠久の海で奏でられる蒼生の物語といこう、失われた聖地を追い求めて海を渡る騎士団の衣装でっ!せっかくだから演出も凝りたいよな~、押し寄せる敵をサーベルで蹴散らして、新大陸という名の劇場を作り上げよう!そうと決まったら早速ごほっごほっ!あ~~~っ!悔しい!倒れてる時間が惜しいっ!風邪をこじらせるなんて一生の不覚だ~っ!おれのばか!ばかっ!へっくしゅっ!」
布団のなかで両脚をばたつかせる。毛布からはみ出たつま先を、泉は「航海する前に溺れ死んで、どうすんの」と押し込んだ。レオはうう、と眉を下げ、ティッシュで思いきり鼻をかむ。くしゃくしゃに丸めたそれをゴミ箱にポイ、と捨てると、今度は傍らに置いてあるスポーツドリンクをやけくそ気味に飲み干した。爽やかな甘味が歯の裏側まで広がっていく。
「わかってる。わかってるよ…。地に足がつかない場所で暴れたところで、海の底に沈むだけだしな。おとなしく寝る……」
「さんざん喚いておいて、急に弱気になられると調子が狂うんだけど~?」
「…来週の歌番組に支障きたしたくないしな~、今回は初めてスオ~をメインに据えてる曲だし。自分のことだけに集中させてやりたいよ、『Leaderの分まで!』みたいな余計な気を背負わせずに、自然体でやらせたい」
「ふぅん。ちゃんと考えてるじゃん」
「当たり前だろ~。……それに」
セナに、おれの下らん風邪を移したくないし。ぼそっと呟くと、泉は「俺を誰だと思ってるの?体調管理のプロだよ」と人差し指でレオの頬をつついた。
「こらっ!むにむにすなっ!」
「はあ?あんただって俺によくやるでしょ、チョ~うざぁい。……まぁ、風邪を引いたときは静かに寝るのが一番。今日はずっと一日中、温かくして寝てな。これ以上の悪化は、許さないからねえ」
「わかってるってば。……悔しいけど、そうするよ」
「頼むから、そうしてよ。……おやすみ」
泉の影がゆらりと歩み寄り、レオの頬にぷに、と何かがくっついた。なんだ、これ。プリン?マシュマロ?パンケーキ?熱に冒された思考の海を泳ぎながら、やわらかな感触の答えを探し求める。
セナが、おれのほっぺたに、キスした!
レオは布団をがばっと捲りあげて、導きだされた結論とともに上半身を起こした。ところが泉はとっくの昔に立ち去っていて、ばたりとドアを閉じる音がレオの目の前に横たわる。
(セナのくちびる…やらかい…)
心地よい熱さで頬がとろけて、空想世界で煌めいていた太陽よりも日焼けしてしまう。レオはふにゃふにゃと口角をゆるめながら、ふたたび毛布を被り直した。喉がいたい。咳がひどい。寝込んでいる時間が、もったいない───進み続ける日常からたったひとり取り残される虚しさは、まさしく海をさまよう漂流者のようで。しかしながら地平線の向こうで、今もなおきっと帰りを待っていてくれる人間がいるのだ。その事実を認識したとき、曇り空のごとく灰にまみれた現実が、どこまでも澄み渡る海の青に塗り替わった。
ゴムボートで助けなんか待っていられない。妄想の海から、泳いでおまえに会いにいこう!へっくちゅ!───穏やかなまどろみに抱かれながら、くしゃみを響かせる。波に飛び込んだときの水しぶきの音に似てるなあ。眠りに落ちる前、レオは少しだけそんなことを考えた。
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