らい
2016-05-08 23:06:50
3995文字
Public レオいず
 

プロローグをご鑑賞の皆さまへ

Knights×瀬名版ワンドロ・ワンライ様/テーマ「噛み癖」/レオいず

 ドレミファソラシド、ハニホヘトイロハ、CDEFGABC!

 何の変哲もない放課後の廊下だって、音楽の化学式はいつだって宙に浮いているんだ。脳みそさえ稼働してりゃあ、おれ専用の花道に光の速さで早変わり。大気中の窒素、酸素、アルゴンその他もろもろ、元素オールスターの皆さんがおれの呼吸と一つになって、鼻歌という名の小劇場が出来上がる。

 「そろそろ練習に行くか?」「その前に購買でスポーツドリンク買ってからでもいい?」―――いいぞいいぞ、水分補給はたいせつだ!通りすがりのギャラリーAとギャラリーBの肩をバシッと叩いて、おれは逸る心とともにステップを踏む。そうして視界のあちこちに踊っているメロディーを取り寄せて、メモ帳に音符を走らせた。もっとも作曲に適しているのは朝イチだけど、夕方の時間帯はおれが二番目に好むところだ。日中はなにかと集中できないことが多いしなあ。授業中に曲を書いていたら、せんせいに教科書の角でぶん殴られるし。休憩時間にラジカセを担いで裏庭で踊っていたら、妖精さんの仲間―――ええと、なんだっけ、そうだ!―――ケイトに「弓道部の恥晒しめ!」と注意されるし。おれ幽霊部員なんだけどなあ。おばけ、おばけ。ねないこだ~れだ!ちなみにこの絵本、おれ嫌い。おれの愛するウルトララブリーな妹るかたんが昔わんわん泣いちゃったから。許すまじ、がるるるるるるる!

 ―――って、話が脱線しちゃったけど、念願の放課後がようやく訪れたわけで。おれの世界はキャンバス全体にキラキラトーン高濃度貼り。心の有様を畳語でスパッ!と断言するならば、まさにワクワク状態なのだった!愛すべき放課後と数年ぶりの再会を果たしたって感じがするよなあ。とはいえ朝のおはようございますから放課後のキンコンカンコンまで宇宙の五線譜を調律していたから、クロに首根っこを掴まれて外に放り出されるまで気付かなかったけどな。いつの間にか放課後を迎えていたことに!わはは!

 とりあえず今からおれが向かうのは、おれの愛するKnights専用のスタジオルーム。新曲を披露することになったから、衣装合わせも兼ねてみんなに集まってもらうことになったわけ。おおっと、曲を作りながら歩いていたらレオご一行様、あっという間にご到着~!ご一行様っつっても、おれ一人なんだけどさあ。あっ、でも、おれの愛する音楽の卵たち(ペン、メモ帳、五線譜)をカウントしたら、ひとりじゃないかあ?まぁいいや。細かいことは掃除機でブイーーーン!とさようなら!


「うっちゅー!」


 おれの考えた宇宙一の挨拶とともにスタジオの扉をひらけゴマ!すると、『し~ん』という擬音がぴったりの静けさが全身に絡みついた。なぁんだ、だぁれも来てないのか?―――と思ったら、扉の影から突然ナルが現れる。おれより身長が高くて、目もきらっきら輝いていて、王子様のような金髪を煌かせて。全国の姫君の心臓を射抜いてしまうほどの美麗さ!―――の、はずなのに、動きがクネクネしていておもしろいナル。おおっ、ナルッ!うっちゅー!右手を掲げると、その手首をぎゅっと掴まれた。ナルは突然のストップに続いて、唇にシーッ!と人差し指を当てながらおれを制止する。


「王さま、さっそくで悪いけど、ちょっとの間だけ静かにしてね」
「ちょっと待って、考えさせっ……いや、待たずに答えを教えてもらったほうが賢明か?」
「うーん。そうねえ。泉ちゃんのことなんだけど―――


 いま、気持ちよくおやすみしてるところなのよ。ナルがてのひらを向けて、スタジオの奥を指し示す。プロデューサーのあの子が設置してくれたリッツ専用の布団に、くたびれた銀髪が埋もれているのが見えた。
 セナじゃん!こんな時間からお昼寝しちゃうなんて、ああ、もったいないっ!夢の世界でキャッキャウフフしてるあいだに、今おれたちが立っている現実世界には宇宙の数ほど旋律のヒントが生み出されているというのに!おれは瞬時に駆けよって、セナの寝顔の近くにすとんと座り込んだ。普段の気の強い猫みたいな鋭い眼差しはどこへやら、向日葵に寄り添う子どものような寝息を立てている。あんまり見たことがない表情だったから、おれはごくり、と息を呑んだ。その後ろでナルがくすくす、と笑う。


「泉ちゃんも、そういう顔するのねえ」
「おう。……10万年ぶりくらい久しぶりに見た気がするなあ」
「あらら。王さまですらご無沙汰なのねえ」
「うん。……ていうか熟睡しちゃってんなあ、睡眠薬でも飲まされたみたいに。……リッツの眠り病、うつった?」
「ふふ、うつっちゃったかどうかは分からないけど。……ほら、最近の泉ちゃんって、色んなお仕事で忙しかったでしょ?」
「むむ、そうだっけ?」
「ヤダ、うろ覚えなの?……まぁ、そんな感じで、スタジオに来るなり『チョ~やばい。むり。なるくん、ちょっとのあいだでいいから寝かせて。しぬ』って布団と即合体しちゃったってわけ」
「ふうん」
「凛月ちゃんはテストで赤点を取ったとかで補修を受けなきゃいけないみたいだし、司ちゃんは日直のお仕事があるみたいだし。王さまは―――予想外に早いご到着だったけどね。とにかく全員が揃うまで、ちょっぴり寝かせてあげようと思ったのよ」
「そっかあ」


 ナルは、宇宙一やさしいなあ!そういうところ、だいすきだ!あいしてるよ!―――「やぁねえ、なぁ~んにも出ないわよぉ」と手をぱたぱたさせるナルに笑いながら、すやすやと眠っているセナを見る。セナは眉間に皺を寄せるのがくせで、しょっちゅう「チョ~うざぁい」と低音域で吐き捨てるけど。なぁんにも考えずに己の意識を手放しているときは、こんな風に水のオブジェみたいに透き通った顔つきになるんだ。

 でも、おまえの本体、一応こっちも本物だもんな。おれには分かるよ。さんざん文句を並べながらもKnightsを守り抜いてくれたんだから。あと、おまえが書いた詞、おれは結構すきなんだ。心の底に沈んだメロディーの欠片が浮遊して、壊れたものがひとつの音楽になる。不思議なマジックが掛かってるような気がするよ。おまえはおれが一人でぶっ壊れて、一人で元通りになって、一人で輝きを取り戻したと思ってるみたいだけどさ。まどろっこしい表現は苦手だから、卒業式までは内に秘めておくけど。


よしよし。がんばったがんばった。たいへんよくできました、はなまるっ!」


 おれはこれでもKnightsの中ではいちばん年上なので、せめてものお兄ちゃん風を吹かせて頭を撫でてやる。セナの頭はふわふわ柔らかくて、うっとりするほど気持ちいい。わしゃわしゃと手を動かしていると、セナが「うう」と眉毛を歪めながら呻いた。
 やべっ、起こしちゃったかな。
 おれが慌てて手を退けると、セナは「ん~」と寝ぼけながらおれの手首をガシッと掴んだ。そして―――


「ん、ぅ、は、む、おう、さま……
「セナ、いきなりどうした!?リッツのガジガジ病もうつったかあ~?」
「あらあら、泉ちゃんったら意外と噛み癖あるのねえ」


 セナがおれの人差し指をはむ、と舐めて、形のよい前歯で控えめにかじる。―――かと思えば、今度は「チョ~うざぁい。とっとと武器を補充してよねえ」とムニャムニャ突っぱねて寝返りを打ってしまった。おいおい、赤ちゃんかっ!?いまのモノマネ、セナに似てるかなあ。スオ~なら公平なジャッジを下してくれそうなもんだけど、アイツは今いないしなあ。ざぁ~んねん。こみ上げる笑いを歯で殺しながら、セナの肩に毛布を掛けてやる。ぽんぽん、と肩を叩いて立ち上がると、ナルは口元に手を当てながら笑っていた。


「泉ちゃん、王さまには本当に心を許しているのね」
「ほとんど夢の世界だったけどな、わはは」
「でもねえ、王さま。たとえ夢の世界でも、あの泉ちゃんが噛み癖を発動するだなんて相当のことよ?それにね、こないだみかちゃんと―――ああ、みかちゃんっていうのは、同じクラスの男の子なんだけど。みかちゃんと一緒に読んでいた雑誌に、人間心理のコラムがあって―――


 ナルは頬に手を当てながら宙を見上げる。おれの心臓に隕石が落下したのはその直後のことだった。


「噛み癖ってね。『食べちゃいたいぐらい好き』とか、『飽きるほど甘えたい』とか、ありあまる愛情を伝える無意識の術なんですって」
んあ?」
「つまり王さまは、泉ちゃんに愛されてるってことよォ」
「あいされている?」
「そう」
「おれが、セナに?」
「ええ」

 ……………………

 数秒間のサイレントタイムを経て、なにげなくセナに視線を投げる。再び寝返りを打ったセナの引き締まったくちびるを見て、足のつま先から頭のてっぺんまで、これまでに感じたことのない熱が特急列車のごとく駆けていった。熱い、とにかく熱い、沸騰する!誰だよ、おれの頭ん中に最高温度のやかんを詰めたのは!?ぷしゅーーーって音が鳴ってない!?おれ、大丈夫か!?宇宙でもどこでもない異世界にアブダクションされちゃいそう!―――桃色に渦巻く混沌のなか、脳みそで散り散りになった音符をかき集めようと、ポケットの中にあるメモ帳を引っ張り出す。ナルの台詞、セナの噛み癖、おれの心、すべてが化学反応を引き起こして、一つのメロディーが形成されてゆく。

 今までに何千曲も音楽を作ってきたけれど、こんなに心が躍るのは、Knightsに戻ってきたとき以来のことかもしれない。でも、この気持ちって一体なんなんだ!?今のおれにはちっとも分からん!でも、ちょっと考えたいなあ。曲を作ってから考えるから、少しのあいだ時間をくれよ。心ゆくまで妄想させて、どうか、おれの劇場で!