らい
2015-11-03 17:55:38
3803文字
Public レオいず
 

スーパーノヴァ

レオいず♀/もしもレオくんと泉ちゃんが元カレと元カノだったらシリーズ①※瀬名女体化、シリアス注意

※2015年(チェクメ前)の産物











「おれたちさあ、付き合わない?」

 図書室にふたりきり。頬杖をつきながら窓の外を眺めていた泉は、その声にゆっくりと意識を呼び戻された。高校一年生の泉はほとんど恋をしたことはなかったけれど、それでも”付き合わない?”の温度感を把握できるくらいの情緒は育っている。泉はそっと息を吸い込んで、真向いのレオを見返した。

 レオの視線は、机の上に広げたプリントの裏に向かっている。ふんふんと鼻歌を奏でながら、一心不乱にペンを走らせていた。夕陽のひかりとともに綴られる五線譜が、静寂のなかで踊りつづけている。


「王さまの奇行は、いまに始まったことじゃないけどさあ。急にどうしたの」
「”急に”じゃないぞ。別に、いま思いついたわけじゃないし。1万年と2千年前から温めていた熟成ワインってやつだな、うん」
「わけわかんないんだけど」
「んあ?マジで?装備品ぜんぶ外した状態で、単刀直入にストレート投げたほうがいい?」
「最初からそう言ってるでしょ。あんたの投球、ナックルカーブだの消える魔球だの、試合にならない変化球ばっかりなんだからねえ?」
「おおっ、そうか。それじゃあ簡潔に伝えるわ。おれは、おまえがすきだ」


 レオはペンを止めて、斜め下から泉を見上げた。愛嬌のある吊り目と、ひとなつこい八重歯が飛び込んでくる。夕焼けのグラデーションが連なるオレンジの髪の毛がまぶしくて、泉はおもわず目を細める。レオは身を乗り出して、泉の頬を両手で包み込んだ。


「セナといっしょにいると、おれのインスピレーションが地の底から湧き上がる!山を越えて、海を渡って、空を昇って、そうして無限大の宇宙へと繋がる大気圏を突き抜けるんだ」
「はあ?」
「夜の帳を走る星くず、銀河に秘められた未知の惑星!おれ、セナとなら、宇宙の果てまでどこまでも飛んでいける気がする。だから、セナ―――


 おれといっしょについてきてよ。

 常人には到底、理解できない言語であるはずなのに。泉は半笑いしながら、「宇宙には行きたかないけど、あんたのその手は一応、取ってあげてもいいよ」と答えていた。遠回しな返答にもかかわらず、レオはたいそう喜んだ。


「セナ!ありがとう、だいすきだ!」
「ちょっと!くっつかないでよねえ!」
「ああっ、ごめん、セナ!とりあえず、これからもよろしくな!」
「はあ~!?」
「おれが、とびっきりの宇宙を連れていってあげるから!」


 ひだまりのような笑みとともに差し伸べられた手のあたたかさ。その温度は今もなお彼の手に宿っているのだろうか。ずっと続くと思っていた永遠の、けれども宇宙の藻屑となったおもいでの色。泉はいまだに忘れられずにいる。








 ドリフェスの手続きには、各ユニットのリーダーが必要である。レオが失踪するのは日常茶飯事のことで、泉はこの日もレオの行方を捜していた。テニス部のなずなから目撃情報を得て、”散々はしゃぎ倒したあげく、本も読まずに爆睡してる男がいる”とよからぬ噂が流れている図書室に向かうところであった。あのバカ殿、こっちがどんだけ迷惑をこうむってると思ってるわけ。こころの中でぶつくさと文句を連ねながら、泉は図書室の扉をしずかに開けた。

 カウンターで作業をしている図書委員の前を横切って、本棚の奥へと向かう。入り口からはもっとも遠い角の席。大量の書籍に囲まれたテーブルに、オレンジ色の髪が一体化している。数十枚の白紙を広げたまま、レオは寝息を立てながら突っ伏していた。窓の外から入り込む夕陽が、レオの身体をほのかに焼いている。泉はその向かい側に腰を下ろして、頬杖をついた。

 あのころを思い出す。
 泉は二年前の、高校一年生のちょっとした思い出を頭に浮かべていた。当時は探しに行くのではなく、むしろ呼び出される側だった。あの日も唐突に連れていかれて、仕方なしに作曲に付き合っていたこと。「おれたちさあ、付き合わない?」となにげなく告白されて、なぜだか頷いてしまったこと。「おれが、とびっきりの宇宙を連れていってあげるから」と、手をぎゅっと握りしめられたこと。まるで昨日の出来事のようによみがえる。よみがえっては、流れ星のように消えていく。


「あんたは結局、ひとりでどっかにいっちゃったね。宇宙でもどこでもないところにさあ」


 泉は苦笑しながら、レオの髪の毛に指を絡ませる。

 結局、ふたりの恋は長続きしなかった。レオが勝手に終わらせた。皇帝に敗北したあのときからレオは変わってしまった。おれはおまえにまもられてばかりで、おまえのことをまもることができない。おれはもうおまえに宇宙を見せてあげられるだけの力がない。だからおれは、ひとりで宇宙をゆらゆら遊泳することにする。大丈夫、おまえには他にもっとお似合いの星の王子様がいるはずだから。それは、おれが保証するから。だから―――レオの瞳には、銀河にきらめく星々のような光はなくなっていた。光沢感のない石ころのような翠のまなざしだけがそこにあった。


王さま、起きて」


 泉は片手でレオの肩を揺さぶった。レオはうう、と呻いている。あの凛月ほどではないけれど、熟睡しているときのレオは起こすのに多少、手こずることがある。泉は立ち上がって、今度は両手でレオに触れた。これでも起きなければ、耳たぶをつねってやろう。もしくは分厚い辞書で殴ってやろうか。

 そんなことを考えていると、レオの手が唐突に泉の手首に伸びた。突然のことに驚いて、泉は僅かによろけた。その時だった。


「おれはおまえがいまでもすきだ」


 ガタ、と机が揺れ動く。レオは急速に飛び起きて、茫然とした表情の泉を見上げた。遠い日の記憶にある愛嬌のある吊り目と、ひとなつこい八重歯はどこにもない。暗闇に取り残されて光を探す幼子のように、おおきく眼孔を開いていた。ふたりのあいだに沈黙が走る。しんとした空気が全身を伝った。


王さま?」


 レオに掴まれた手首をじっと見下ろす。レオの表情がすこしずつ柔らかさを取り戻す。10秒ほど経って、レオはようやく笑みを零しながら、泉の顔をとらえた。


なぁんだ、セナかあ!ごめん、ごめん!」
もう。驚かせないでよね」
「ごめんな!寝ぼけてた!『長編映画か!?』ってぐらい濃厚な夢を満喫してたらさあ、そのまんま現実世界に飛び出しちゃったっていうかさあ。3D月永レオだな、わっはっは!」
「悪いけど何にも面白くないから、それ。っていうか、とっととドリフェスの手続きを済ませたいんだけどお。だから、一緒に来てくんないと困―――
「~~~っと、ちょっと待って、インスピレーションが舞い降りてきたからっ!せっかくのメロディーが消えちゃうから~っ!紙、紙、紙~っ!」


 あさっての方向を見つめながら、レオは目の前の紙にペンを走らせた。作曲モードになると、レオは止まらない。こうなると泉にもどうしようもない。泉は溜め息を吐いた。あの頃とおなじ。あの頃とちがうのは、あんたのこころ。


「ねえ、王さま。覚えてる?」
「宇宙の彼方から聞こえる銀河の旋律がっ!」
「ここで『すきだよ』って言ってくれたこと」
「光の剣となって、おれの心臓に突き刺さる~!」
「もう覚えてないか」
「加速する、加速するぞーっ!」
「そのぶんだと忘れちゃってるよねえ」
「おれのインスピレーションがーっ!」
「まぁ別にいいんだけど」
「やっぱりおれは、てんさ」
いいんだけど」


 目頭がじわりと熱くなっていることに気が付いて、泉はとっさに手の甲でまぶたを隠そうとした。だが、その前に”別のなにか”が触れていることに気が付いた。心地よい温かさを伴ったそれは、レオの親指だった。


「おぼえてるよ」


 あの日のように、笑ってくれたらよかったのに。レオは眉を下げたまま、口角だけを上げた。こわれる前のレオと、こわれた後のレオ。その半分ずつが構成されたへたくそな笑顔を見せつけられた。
 ねえ、こんなのってない。ありえない。
 泉は衝動的に立ち上がり、そのまま図書室を飛び出た。

 いっそ壊れるんだったら、完璧に壊れてほしい。おまえのことなんて宇宙のごみと一緒に捨ててきたって笑ってほしい。おれはおまえがいまでもすきだなんて、うそでも言わないでほしい。うそでも言わないでほしいのに、期待してしまう。


 図書室を飛び出したところで、廊下の角から現れた影にぶつかった。凛月だった。そのまま受け止められて、泉は凛月の腕にすっぽりと顔を埋めた。


「おっと。危ないなあ、セッちゃん。廊下は走っちゃだめだよ、交通違反で逮捕します。ふぁぁふ

「あれっ、反応なし?珍しいねえ。ところで、王さまはみつかった?」
「宇宙」
「え?」
「連れていってくれるって、言った」
「セッちゃん?」
「言ったのに」


 その約束は、ひとつの思い出とともに跡形もなく消滅したはずだったのに。こころの奥で光となって、星のように膨れ上がる想いの行き場がわからない。脳の片隅に焼きついた彼のあたたかさを、まぶしさを、泉は今になっても捨てられずにいる。