らい
2015-10-30 23:48:31
2907文字
Public りついず
 

人の振り見て我が振り直せ

りついず版ワンドロ・ワンライ企画様/テーマ「デート」

 チョーうざぁい!
 喉に染みついた口癖が、商店街のざわめきに溶ける。賑やかな往来を足早に進む泉の後ろには、ねむい、と半目をぶら下げた凛月がいる。まるで赤子のようにウトウトしている凛月の腕を引っ張りながら、泉は整った眉を吊り上げた。学院周辺を歩き回るのはただでさえ嫌だっていうのに、どうして万年寝太郎の子守もしなきゃならないわけ!?この俺が!!!――次から次へと零れ落ちる不平不満の大雪崩には、泉自身も辟易してしまう。しかしながら、この”任務"を放棄するわけにもいかない。ミッションを遂行しないことには、Knightsの活動をろくに進めることが出来ないからである。


(チョ~ありえない!あの、社会不適合者!)


 泉は今日も今日とて、”予測不可能の王さま”の行方を追っていた。



 ドリフェスの手続きにユニットのリーダーを介さなければならないのは、夢ノ咲学院の絶対的な決まりごとである。例によって、”王さま”こと月永レオが失踪してしまったKnightsの面々は、放課後、二手に分かれて捜索することにした。
 この俺がどうして睡眠過多の留年問題児を引率しなければならないのか。泉はムシャクシャしながら、あてのない旅路を歩む。もっと適任な組み合わせがあるだろうに、例えば、面倒見のよい嵐と、いま後ろでムニャムニャと微睡んでいる要介護状態の凛月とか。ところが嵐は、「先週は泉ちゃんと組んだわね。その前は凛月ちゃんとペアだったから、今日は司ちゃんね!」と女子のようにはしゃいで、さっさと司を捕まえてしまったのだ。よって、今日は泉と凛月がコンビなのである。


「ったく、あのバカ殿!一体どこをほっつき歩いているわけぇ!?チョ~迷惑なんだけど!」
「もぉいいんじゃない、ほっといて。っていうか、せっかく商店街に来てるんだからさあ。俺、とっとと美味しいもの食べて帰りたいんだけど」
「はあ?」
「学院からは近いけど、昼間はずっと寝てるからあんまり来ることないし。なんにも食べさせてくれないなら、いますぐ寝かせて。家に帰らせて。ああ、やっぱり家は兄者がいるからダメ。紅茶部の部室。そこでお願い」
「ったく、くまくんは楽でいいよねえ!」


 俺が寝たいぐらいなんだけど!と怒気のこもった声を飛ばす。子どもと手を繋いで買い物をする主婦、ありがとうございました、と愛想よく客を見送る店員、スマホを覗き合って自撮りに興じる高校生たち―――すれ違う人々の表情は楽しげに弾んでいるのに、苛立ちを前面に押し出しているのはどうやら自分だけのようだった。つまるところ場違いな気がしてならない。早々にレオを捕獲して、商店街など出て行ってしまいたかった。


「うわ。すご。最近の若い子ってすごいね」


 行き場のない感情を頭に閉じ込めていると、凛月がふいに前方を指差した。泉は反射的にその指先に続く光景に視線を走らせる。仲睦まじげに腕を組む学生のカップルが、向こう側からやって来た。
 小柄な女子生徒が背をちょこんと伸ばして、その隣に肩を並べる男子生徒の頬にキスをしていた。

 堂々と何やってんの、あのカップル。人の苦労も知らないでさあ。TPOも考えられないとか、チョ~ありえないんですけど!―――心の中で舌打ちをしながら、泉は足を止める。


ああ、もう!そんなことよりさあ!この商店街にアイツがいる気配、全ッ然しないんだけど!?一旦なるくんに連絡とるから、くまくんは―――


 泉がなにげなく振り返る。ところが凛月は忽然と姿を消していた。
 アイツまで、一体どこ行ったわけ!?―――泉は360度、辺りを見回した。凛月の姿は、すぐに見つかった。そばに隣接しているクレープの店に並んで、「お姉さん、俺、いちご生クリームね。クリームたっぷりめでよろしく~」と語尾をのんびり伸ばしながら、悠々と注文していたのである。


「セッちゃん、おまたせ」
「くまくん、あのさあ。”おまたせ”じゃないんだけど。こうしてる間にも、あのバカ殿は各地で奇行に走ってるんだけど。クレープなんて悠長に買ってる場合!?」
「セッちゃんのぶんも買ってきたんだけど。ほら―――
「いらない!」
「うわ、ちょっと、セッちゃん、暴れないで、あっ」
いっ」


 目の前に差し出されたクレープが、想定以上の距離感で顔に近づいてきた。泉はそれを避けようとしたが時すでに遅し。凛月が持っているクレープが、泉の顔面をまっしろに汚したのである。ふわふわの生クリームが、泉の左頬から唇の端にかけて、べっとりとこびりついた。


うわ。セッちゃん、ごめん」
チョ~ありえない。ああもう、べとべとじゃん
「セッちゃんが暴れるからでしょ。とはいえ、ごめん。予想以上に勢い余っちゃった」
「勢い余るにも程があるでしょ。マジで何やってんの、くまくんのくせに」


 泉は端正な顔を歪めながら、制服のポケットに手を突っ込む。ところがハンカチの感触はどこにもない。学校のカバンの中に入れてきたことを思い出して、泉は長い息を吐いた。クリームをくっつけたままで外を出歩くなど考えられない。ただでさえ頭のネジがぶっ飛んでいる宇宙人を飼っているというのに、これ以上、Knightsは評判をだだ下がりにしてたまるものか。
 凛月のハンカチを借りて汚すわけにもいかないし、一体どうすればいいだろう。クレープ屋に事情を説明して、なにか拭くものをもらおうか。

 あれこれ考えを巡らせていると、凛月がとつぜん泉の腕を引っ張った。


「セッちゃん、こっち」


 行き交う人たちに見えない角度になるように、顔を引き寄せられる。生ぬるい感触が頬を伝って、泉はおもわず呻いた。ぺろり、と頬を撫でるそれが舌であることに気が付いて、泉はようやく顔を上げる。


「んっ!ちょっと、くまくん!何やってんの!」
「何やってんのって。ほかに拭くものなさそうだったし」
「だからってねえ、っ!」


 凛月の細長い指が、クリームを掬い取る。指先についたそれをぱくりと口にくわえて、凛月は「甘い」と満足げにつぶやいた。


「さっきのカップル見てるセッちゃん、ちょっと面白かったから」
「はあ?」
「実際に当事者になったら一体どういう顔するのか、見てみたかったんだよねえ」
「な」
「たまには、こういうバカな暇つぶしをするのもいいんじゃない。クレープ食べて、てきとーに喋りながら歩いて。若い子のことばで言うと、制服デートっていうの?」
「でっ


 こんなのがデートなわけないでしょ!泉は凛月のほっぺたをぐりぐり引っ張った。あう、あう、と幼児のような声を上げて、凛月が呻く。


「ああ~っ、インスピレーションが舞い降りてくる!おれの銀河に再び新たな星が生まれるぞ~っ!わはははははははは~!」


 その後ろをくるくる回転して横切るレオの姿に、ふたりはまるで気が付かない。くまくんチョ~うざい。セッちゃんのばか。今日も無自覚に、ふたりきりの世界を作り上げている。