らい
2015-10-17 22:08:16
4305文字
Public りついず
 

どこにいたって助けにいくよ

りついず♀/瀬名女体化※モブ注意


「あう。セッちゃん、いたい。ねむい。いたい。寝かせて。ねむい。いたい」
「収録前にそんな悠長なこと言ってる場合!?」


 某日、某局の廊下。ねぼけ眼をぶら下げた凛月の首ねっこを掴んで、泉はズカズカと歩いていた。コツコツ、と床をたたく泉の靴音に共鳴するように、凛月は「ねむい」、「いたい」と呟いている。おぼつかない足取りで後ろ向きにウォーキングする凛月を、犬の散歩さながらに引っ張っている泉の図。端から見ると、異様な光景に映るのだろう。すれ違うスタッフたちはこぞって、「お、おつかれさまです?」と戸惑いの表情を滲ませた。

 ああ、もう、こんなことしてるから、週刊誌に『Knightsの意外な上下関係~真の女王様は瀬名泉~』なぁんて書かれるんだってば!―――大声で叫びたい衝動をグッとおさえて、泉は「お疲れ様で~す」と営業スマイルつきで会釈した。


「ほら、くまくん。着いたけど?」


 ようやく”目的地”―――これからの番組収録で共演する大物俳優の楽屋にたどり着く。キッズモデルの頃から芸能界で活動している泉にとって、本番前の挨拶は常識中の常識である。今は瀬名泉の個人名のみならず、Knightsの名を連れているのだ。ひとりの悪評が、グループ全体の失墜に繋がりかねない。だからこそ、"いい顔"を徹底しなければならなかった。


「ちょっと、くまくん!聞いてんの?起きて?」
「うう」


 本番ではまるで別人のように覚醒するのに、本番前は要介護状態になるのだから手に負えない。泉はムニャムニャと瞼をこする凛月のほっぺたをつねった。夢心地の微睡みからようやく現世に帰ってきた凛月は、徐々にまぶたを開いてゆく。視界が完全に開き切るまで数秒を要したあとで、楽屋前に張り出されている名前を見た凛月は、「げ」と顔をしかめた。凛月が他人に対して嫌悪感を露わにするのは珍しい。普段は”きょーみない”か、”まぁ悪くないんじゃない?”の二種類しかないのだ。泉はちいさく首を傾げた。


……くまくん、共演したことあるっけ?」
「過去に一回だけね」


 不愛想な返事をよこす凛月に、泉は脳の片隅に想像を走らせる。この冷ややかな態度から察するに、”大物俳優”とは恐らく馬が合わなかったのだろう。泉はまだ”大物俳優”との直接の面識はないが、「気に入った」・「気に食わない」の偏った物差しで選り好みするタイプの男だと風の噂で聞いている。

 いつの日だったか、嵐に「泉ちゃんも、気をつけなさいね。あんた、黙ってれば可愛いんだから」と警告されたことを思い出す。「なに、そいつ。チョーめんどくさぁい」が率直な感想であったけれども、だからといって鬱陶しさを前面に押し出すわけにはいかなかった。嫌いな奴は嫌いというスタンスで無傷でいられるほど、芸能界は甘くないのだ。少なくとも、”大御所”という立場にのし上がらない限りは―――今から対峙しようとしている”大物俳優”のように。

 芸能界にはいけ好かないタイプの人間がごまんといる。泉はひとまず、これからの付き合いに支障が生まれない程度に愛想笑いを投げておこうと考えた。


「くまくん。とっとと行くよ」
「あー、待って」


 楽屋のドアをノックしようとした泉の手首が、凛月の左手に掴まれる。


「こういうのは男が先陣を切ったほうがいいでしょ」
あっそ」


 発言の真意は判断しかねるが、泉はとりあえず手を引っ込めた。素直に従ったことが意外だったのか、凛月はふふ、と笑いながら手の甲でドアを叩く。トントン、と小気味のよい音が鳴った。


「失礼します~。Knightsの朔間凛月と、瀬名泉です~」


 扉の向こうから、「どうぞ」と低い声が聞こえる。凛月はもういちど「失礼します」と言って、ドアを開けた。

 まっしろな壁に、畳が敷き詰められた楽屋には、スマートフォンを片手にくつろいでいる男がいた。年齢のわりには若々しいジャケットを羽織り、清潔感も携えているその男は、”パッと見”、軽薄さを感じさせない知的な風貌をしている。


「『どうも、ご無沙汰してます』」


 半ば棒読み気味に頭を下げる凛月に、泉はつい声が出そうになる。くまくん!感情、こもってなさすぎだから!―――うっかり零れそうになる文句を喉の奥に飲み込んで、泉も後に続く。


――初めまして。本日共演させていただく瀬名泉です。よろしくお願いします」


 何万人ものファンを虜にしてきたビジネス用の笑顔を向ける。仕事上で見せる”美顔に見える完璧な角度”には相当の自信があった。自他ともに認める”猫かぶり”に、どうか騙されてくれるとありがたいのだけれど。―――作りものの微笑みに呼応するように、男は緩慢な動作で立ち上がる。そうして、ふたりのそばに歩み寄ってきた。


「ああ、朔間くん。お久しぶり。相変わらず生気のない、じゃなくて、眠そうな顔だね」


 感じがわるい、の一言に尽きる。凛月は少しばかり眉を歪めて、「それは、どうも。色んな人からよく言われます♪」とよそ行きの笑みを浮かべた。何だかんだでアイドルをやっているのだ。嫌味の第一波を軽やかに受け流す術は、さすがの凛月にも身についている。しかしながら、凛月のリアクションは及第点といったところであった。なぜなら、凛月の瞳はちっとも笑っていなかったのである。

 色気より眠気、ファンサービスはその時の気まぐれである凛月のこと。ファンでも何でもない、ましてや男に対する笑みにはさほど期待していないが、いま目の前にいる相手は、曲がりなりにも”大物”と呼ばれる存在なのである。仮に自分がこういうことを言われたら、一体どういう対応で交わしたらいいだろう。笑い過ぎるとかえって勘に触るだろうし、あるいは―――あらゆる考えを巡らせていたところに、今度は俳優の手が泉の肩にポン、と伸びてきた。角ばった指が一本ずつうごめいて、布越しの肌に食い込む。

 何こいつ。チョー慣れなれしいんだけど。―――肩にへばりつく男の指を見つめながら、泉はどうしたものかと渇いた笑みをこぼした。


「きみが泉ちゃんね。テレビで何度か見てるけど、やっぱり画面で見るより顔が小さいなあ。あと、実物のほうが数百倍かわいいね」


 ふふ、と口角を上げる男の手が、今度は泉の頬にぺたりと触れる。泉は引きつった笑みを真顔に切り替えた。職業柄、ベタベタと触られることには慣れている。新人アイドルのように、今さら怯えることもない。それでもこうやって触れられるたび、何度でも思うのだ。


(この野郎!不能にされたいわけぇ!?その身体の中心にくっつけてる××を××にして一生××にされたいの!?)


 アイドルが決して口に出してはならないNGワードの数々。おぞましい言葉たちを脳内に浮かべながら、泉はちいさな拳を握りしめる。ところが物騒な思想を燃やしている泉に気付くことなく、次はその手が頬から首筋に降下して、泉の腰にたどり着いた。そこで泉はやっと声を上げた。


「ちょっと。何してらっしゃるんですか。ダメですってば」
「ああ、ごめんごめん」
「!っ!」


 軽々しい調子で謝られるついでに、尻を撫でられる。さわ、と動きまわる男の欲望に、泉の理性はいよいよ限界を迎えていた。大物俳優ということでとびきりの愛敬を振りまいていたが、心底どうでもよくなってきた。Knightsの面々には申し訳ないが、コイツで世を渡るぐらいであれば、別のプロデューサーに媚を売ったほうがマシである。
 はい、邪魔~!マジで邪魔~!っていうか、チョーうざい。
 泉は、男の手を握りつぶそうとして―――それまで黙っていた凛月が、とつぜん声をあげた。


「ねえ、さっきからなんなの」


 男の手を引き摺り下ろして、泉の肩をスッと抱き寄せられる。凛月の鎖骨に頬を寄せる形となった泉は、凛月をぼんやりと見上げた。凛月は色素のない表情で、目の前の男に無機質な声を投げる。男は苦笑しながら、お手上げのポーズを取った。


「なにって、ちょっとした挨拶だけど?」
「”ちょっとした挨拶”ってなに。それはあんたの勝手な定義でしょ。どうでもいいけど、うちの仲間に手ぇ出さないで」
………
………『きょうはよろしくおねがいいたします』」


 凛月はまるで機械のように読み上げる。そして泉の腕を掴み、楽屋の外に踵を返した。「おやおや」と余裕の笑みを浮かべる俳優に「失礼しましたぁ」と頭を下げて、泉はその後ろについていく。
 パタン、とドアが閉まったあとで、凛月は楽屋の方向に向かって歩き始めた。泉の腕をぎゅっと掴んだまま、まっすぐに進んでいる。


「くまくん」


 泉が呼びかけたところで、凛月はようやく背後を振り返った。真っ赤なまなざしが泉を射抜く。妙に気恥ずかしさを覚えるのはなぜだろう。泉は凛月の袖をきゅ、と掴みながら、小声で礼を言った。


………くまくん、………どうもね」
………あー、うん」


 ごめん、腕、掴んだままだった。そう言って、凛月がパッと腕を離す。そこから暫く無言の状態が続く。
 真っ先に沈黙を切り裂いたのは、凛月だった。



ほっぺたに触れた時点で、アイツのこと止められてたらよかったんだけど」
それは」
「一応、アイツ”大物”だしね。様子をうかがってたら、いつの間にかあんなことになってた。セッちゃん、ごめんね」
「なんで謝るわけぇ?別に気にしてないし。っていうか、慣れてるし」
「慣れたらダメだよ」


 凛月の手の平がおもむろに近づく。泉の頬、首筋、肩を順番になぞったところで、その手はすぐに離れた。通りがかりのスタッフが横切ったからである。

 ほんの一瞬の、けれども確かな温度を感じて、泉はどこか切ないような、喜ばしいような、なんとも言いがたい笑みを唇に浮かべた。世間的には”仲間”で通っているけれど、ふたりきりでいるときは”大切なひと”でいてくれる。その事実がどうしようもなく嬉しかった。


とか言ってたら、まぁた眠くなってきちゃった。ふあぁふ」
「えっ、またぁ?一体どんだけ寝たら気が済むわけぇ?」
「もちろん、本番ではしっかりと起きるよ」


 帰ったら、ちゃんと褒めてね。
 凛月はあくびを飛ばしながら、前方を向き直して楽屋の方向へと足を進める。泉はくちびるを引き結んで、凛月のうしろ姿を小走りで追いかけた。