夢ノ咲学院では時折、外部に向けたファンイベントを行っている。今回のイベントでは”秋”をテーマにしたユニット別のPVを上映するため、その撮影を一週間後に行うことになった。
PVといっても歌って踊るようなパフォーマンスではない。「この秋、彼氏と来るなら」を前提としたイメージビデオのようなものである。紅葉が連なる庭園、ランチが併設されている図書館、シックな美術館―――”秋”らしいデートスポットはいくらでもあるというのに、Knightsに振り分けられた場所は『海』であった。海といえば夏のイメージが先行するが、プロデューサーの転校生によれば、秋の海は存外、人気があるのだという。シーズンオフの秋の海は人影がまばらで、周囲の目線を憚らずに密着できる恋人御用達のスポットであるらしい。まったく女子の理想ってやつは、本当によく分からない。泉はその話をしかめっつらで聞きながら、一週間後に控える撮影日のことを考えた。長時間、海にいるだなんてまっぴらごめんである。さっさと終わらせたい。ただ、それだけを考えた。
さっさと終わらせるはずだったのに。
撮影日の当日になって、泉は一週間前の決意と現在の状況に差異が生じていることに苛立っていた。ささやかな波音、心地よい潮風、秋晴れの空―――最高のロケーションであるのに、撮影開始直後からNGを連発しているせいである。いつもならば簡単に出せるはずの笑顔が引きつり、数多の女の子を射抜いてきた甘い演技も”咳”で掻き消えた。要するに風邪を引いてしまったせいで、本調子が出ないのだ。
大ブレーキ状態の自分とは正反対に、他のメンバーは次々と撮影をこなしている。一発OKの嵐、緊張しながらも素の表情で撮れている司。このふたりはいいとして、のっけから眠そうにしている凛月と、電波全開のレオまでOKを出している。己の不甲斐なさに、腸が煮えくり返りそうだった。
転校生とアシスタントのスタッフが映像を確認しているあいだ、泉は転校生が用意した簡易椅子に腰掛けて、ブルブルと背を震わせる。気の利く転校生から貰ったブランケットを羽織っても、なお寒い。そんな泉をよそに、レオは忙しなく騒ぎ立てた。
「おいおい、どーしたセナ~!この神秘的な大海原を前にして、ありのままの自分を出せないなんて!ぜ~んぜんおまえらしくないぞ~!」
まっ、病気属性とかいう追加要素で新ジャンルを開拓しようとしてるその感じ、おれは未知数って感じでだいすきだけどな~!わっはっは!―――レオは泉の両肩を揺さぶりながら盛大に笑い飛ばす。
「はあ?べつに好きで風邪を引いてるわけじゃないんだけど?」
「おおっ、おれの中のうっちゅ~がゼロからイチに質量変動するぐらいの秀逸な褒め言葉だな~!おれは嬉しいぞっ!」
「Leader!瀬名先輩はちっとも褒めてません!」
「司ちゃん、王さまにツッコミなんて無駄よぉ。…でも泉ちゃん、ほんとうに調子わるそうねえ」
お熱はないかしら?―――嵐が泉の額に手を当てる。まるで子ども扱いされているようで、泉は反射的に「ないから!」と手を跳ねのけた。やぁね、あいかわらず強気なんだからぁ、と頬を膨らませる嵐の横で、凛月がニヤリと笑う。「なに笑ってんの!」と凛月を睨みつけると、ふたたびレオが泉の前に飛び出した。凛月の姿が見えなくなって、泉は思わず「うわっ」と声を上げる。レオは無邪気に笑いながら、ベラベラと続けた。
「今、猛烈に思ったんだけどさあ!喉が痛い、鼻水がヒドい、熱が下がらない!それを”風邪“の二文字で片づけるなんて、表現としてベタすぎない!?っつーかベタだわ、王道中の王道すぎるわ!そういうわけだから、ボツな!」
「はあ!?」
「そうと決まれば、話は早い!おれが新たな病名をつけてやるよ!太陽系の端から端まで高速遊泳する銀河的インスピレーションで!でもちょっと待って、考えさせて!とか言ってたら新しい曲が浮かんできた~っペン!ペンないの!?ないから砂に書いていい!?」
「Leader!それは書かなくても結構です!」
ほら、私達も先程の映像をcheckしに参りますよ!――端正な顔を歪ませた司はレオの首ねっこを掴んで、転校生のもとに引きずっていく。「宇宙から飛来した未確認生物による特異なウイルスってのはB級映画にありがちな設定だから、絶対にナシな!」とあぐらを掻きながら連行されるレオを見送って、嵐がフフ、とほほ笑んだ。
「カメラ越しのキュートな美貌、アタシも確認しに行かなくっちゃ~!泉ちゃん、ムリはしちゃダメよお」
嵐はウインクをして、泉の鼻のてっぺんに人差し指を当てた。そうして去っていく嵐の背中に、泉は「勝手にさわんないでよねえ!」と声を投げる。ったくもう、と息を吐いた泉の隣には、堂々とあくびを漏らす凛月だけが残っていた。
「…ふあぁふ。……あいかわらず『王さま』は、破天荒だねえ」
「頭のネジごと宇宙に飛んでっちゃったんじゃないの。一体なにを食べたらああなるんだか」
「まぁ、王さまのことは、このへんで終わるとして。………風邪、平気なの」
「…ぜんぜん平気。ちょっとダルいけど、熱は出てないから」
でも、体調管理に失敗するとか、ほんっとありえなぁい。泉は鼻をすすりながら、訝しげに目を細める。
「…ここ最近、セッちゃんは忙しかったからねえ」
「忙しいだろうかなんだろうが、そんなの言い訳にならないでしょ。どんなに多忙でも風邪を引かないヤツは引かないし、仮に風邪を引いたとしても、……こんなふうにNG連発するとかさぁ、ありえないから!」
「プロ意識たっか」
「当たり前でしょ。…だから、俺は自分に一番イラついてるわけ!」
あんた達の拘束時間も伸びるしねえ。小さくぼやくと、ブランケットを肩からずり落ちた。元に戻そうと手を伸ばす泉よりも先に、凛月の手がそろりと伸びる。凛月はブランケットを泉の肩に掛けながら、そっと呟いた。
「はやく風邪なおるといいね」
「……そりゃあ、どうも。……でも、その前に撮影を終わらせないとねえ」
「セッちゃんは、真面目だねえ。でも、あんまり気負わないほうがいいんじゃない」
「……くまくんの気持ちは、ありがたいけど」
「本当に仕事人間だね。……俺は、なんにもしてやれないけど―――」
凛月は周りの様子を確認すると、椅子に座っている泉の視線に合うようにしゃがみ込んだ。そうしてブランケットの端っこを掴み、周囲からは見えないように、ふたりの顔を覆い隠す。
「?くまくん、なにして」
「元気になぁれの、おまじない」
凛月はおもむろに顔を傾けると、唇にそっと触れるだけのキスをした。ほんの一瞬だけ秋風が凪いで、ざば、と波打つ音がいやにおおきく響きわたる。わずか3秒のくちづけであるはずなのに、泉の頬は瞬時に熱くなった。
「ちょっと、くまくん。…何してくれちゃってんの?」
「わぁお、セッちゃん鬼嫁みたいな顔してるね。その顔が出来るってことは元気じゃん。よかった、よかった」
「全然よくないんだけど!っていうか、こんなところで、馬鹿じゃないの!?」
「それじゃあ、今度はふたりだけで来る?」
秋の海って、夏みたいに人がいるわけでもないし。いくらでも好き勝手できるけど。セッちゃんのお望みとあらば、いくらでも―――ふふふ、と口角を吊り上げる凛月に、泉は思わず「チョ~うざぁい!」と拳を向ける。凛月は「わ~、残像だ~」と余裕の笑みで攻撃を交わす。この秋、彼氏と来るなら―――ファンの理想とは大方かけ離れたふたりの戯れは、延々と続いた。
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